№16 真夜中の来訪者

 ジョンが逃げ去った後、『最強の炎使い』……いや、元『最強の炎使い』を打ち破ったことに対しての、騎士団からのアクションがあった。


 しばらくして落ち着いて、街に顔を出してから知ったのだが、ジョンには懸賞金がかけられていた。


 それはそうだろう、騎士団の魔法師団の顔である『炎使い』を、これ以上ない屈辱的な方法で負かしたのだ、このままジョンを生かしておいては顔に泥を塗られたままということになる。騎士団は威信をかけてジョンを抹殺しようとしていた。


 それがこの懸賞金なのだが、一般人の生涯収入程度あった。そんな大金が懸けられているのか、と思う反面、その程度か、と思うジョンもいた。


 所詮、金で強さは買えないのだ、いくら高値を付けたとしても、強さの象徴としての騎士団の権威が失墜したことに変わりはないだろう。


 だが、これは好都合だった。


 懸賞金を狙って、様々な強者が次々とやってくるのだ。中には『最強』もいるかもしれない。少なくとも、元『最強の炎使い』を撃破したジョンに立ち向かう勇気と自信があるものならば、相手にとって不足はない。


 ジョンはそう期待して自分を狩りにやってくるものを待ったのだが……


「……もう終わりか」


 今日も6組目の冒険者パーティを潰して日が暮れる。死屍累々と倒れ伏したパーティメンバーは、あとで木にくくりつけておこう。ここは街道沿いでひと通りが多いので、おそらくは誰かが見つけてくれるはずだ。ジョンも一応ひとのこころはある。このまま野ざらしにしておくにはこころが痛んだ。


 ここのところ、そんな日々が続いていた。


 たしかに、それなりに手ごたえのある追手がやってきた。剣を使うもの、魔法を使うもの、こぶしで語るもの、罠を仕掛けるもの、様々だ。『最強の炎使い』よりはマシかもしれない連中はぽつぽつといた。


 が、結局は『それなり』だ。誰も彼も、とてもではないがジョンの敵にはならなかった。


 毎日数組の賞金首狩りたちを倒して、ジョンはただただむなしさを感じていた。


 この程度か。


 そんな敵しかやってこないのは、自分がまだまだ弱いからだ。


 敵の強さは自分の強さの写し鏡、この程度の敵が来るのは、この程度の強さだからだ。


 もっと強くならなければ。


 弱い敵を打ち倒すたびに、ジョンは急き立てられるような焦燥感を覚えた。勝利の快楽などまったく感じられず、ただただうっとうしそうに降りかかる炎を払うばかりだった。


 空虚な流れ作業のように敵を倒し、夜も遅くなれば森の奥深くに野営をして眠る。その繰り返しだ。


 そろそろ『最強』にお出まし願いたい。もう限界だ。我慢できない。


 今夜も焚火を眺めつつ、ジョンは膝を抱えて森の奥で天を仰いだ。


 頭上には満天の星空が広がっており、まだ見ぬ『最強』たちもこの星明りの下にいる。そう思うと、早く戦いたい、と胸の奥がうずうずした。


 ……あまり考えすぎると寝付けなくなる。どんな強固な肉体も、不眠を前にしては弱体化せざるを得ない。いかなジョンとて、食って眠らなければ死んでしまうのだ。


 人間の限界だな、とうっすら思いながら、ジョンはそのまま毛布をかぶって寝入ってしまった。


 ……何時間ほど過ぎただろう。


 覚えたのは違和感にも満たない、虫の知らせ程度の感覚だった。


 その感覚に、眠っていたジョンは目を見開いて一気に覚醒し、バネ仕掛けの人形のように跳ね起きる。


 いつの間にか焚火の明かりは消され、喉笛には冷たい金属の感触があった。すでに薄皮が一枚、切り裂かれている。


 やいばの主は、ちっ、と舌打ちをひとつして大きく飛び退った。真っ暗な森の中、ジョンは目をこらしてその姿を探ろうとする。


 やがて、まるで影法師のような輪郭が浮かび上がった。忍者が着るような黒装束に覆面の、黒づくめの人影だ。年齢も性別もわからない。ただ自分よりは小柄であることだけはわかった。


「……完全に気配を消したつもりだったんだが……まさか、目を覚ますとはな」


 出てきたのは男とも女ともつかない、中性的な声だった。焦りひとつないその声音に、ジョンは苦く笑って返す。


「あいにく、寝起きはいい方なんでね」


「あのまま眠っていたらラクに逝けたものを」


「そいつはぞっとしないな」


 この修羅場に対話をするだけの余裕。こいつは今まで倒してきた追手とは格が違うようだ。派手さには欠けるが、鋭い針のような気配がちくちくと肌を刺す。


 間違いない、『最強』だ。


 なんの根拠もないが、ジョンはそう確信した。


「お前、『最強』のなんなんだ?」


 早速尋ねてみると、男は覆面の下の表情を揺るがせもせず、ただポーズとして肩を落として見せた。


「……認知されることははなはだ不名誉なことなのだが……ひとは、勝手に『最強のアサシン』と呼んでいるな」


 やはり、『最強』。ここへきてやっと当たりを引くことができた。


 内心歓喜に沸き立つジョンは、平静を保ちながらつぶやいた。


「なるほどな。今まで一体何人殺してきた?」


 相手はひとごろしのプロフェッショナルの中の、さらに『最強』なのだ。殺人者の心理などわからなかったが、『最強』と謳われるのならばさぞかし山ほど殺してきたのだろう。


 しかし、『最強のアサシン』はため息をついて答える。


「……あんたも、そんな質問をするのか……今まで散々聞かれてきたことだが、数を数えているうちはただのアマチュアだ。1000人殺したところまでは私もアマチュアだったがな」


 つまり、1000人を殺したところで数えるのをやめてしまったらしい。すると、これまで殺してきた数はどれほどだ? 3000人か? 10000人か?? ともかく、戦時中でもないこの世の中で、途方もない数の殺人をこの男は行ってきたのである。


 それを誇ることなく、驕ることなく、『最強のアサシン』は今日も淡々とひとを殺している。


 『最強のアサシン』は、とてもひとごろしとは思えないようなのんびりとした平板な口調で告げた。


「私はプロだ。数を誇るよりも、いかにして静かに殺すかを、成果を優先する。あんたも眠っているうちに殺そうとしたのだが、まさか気付かれるとはな。私もまだまだだ」


 気付いたのは、ほとんど野生の勘のようなものだった。いや、霊感じみたもの、と言った方が近いかもしれない。常人にはたどり着けないある一定の境地にたどり着いたものだけが得ることができる、第六感だ。


 その第六感のおかげで、ジョンは今こうして動いてしゃべっているのである。


「……さすが、『最強』」


 相手を『最強のアサシン』と認め、ジョンはただちに臨戦態勢に入った。夜闇の中、木々の向こうの星明りだけを頼りに、獲物に焦点を合わせる。視覚だけではない、聴覚、嗅覚、皮膚感覚、そして第六感を頼りに、『最強のアサシン』の気配を探った。


「どうせお前も俺を殺しに来たんだろう。だったら、お前の『最強』、狩らせてもらう」


 ジョンが堂々と宣言すると、『最強のアサシン』はあくまで感情のこもらない声音で返してきた。


「いいだろう。私もあんたの首を持って帰って、懸賞金をいただくことにする」


 獰猛な笑みを浮かべるジョンと対峙して、特に構えもせずに『最強のアサシン』が言う。


 戦いの幕開けにしては、あまりにも静かなやり取りだった。

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