№9 仲間を探して
ジョンはどこかの冒険者パーティに入ろうとしていた。誰かから教えてもらうことはもうないだろう。あとは存分にこのちからを振るって、あらゆるものを手に入れる。
そのためには仲間が必要だった。ジョンひとりで事足りるのは強さだけだ。知恵や知識ばかりは完璧にマスターすることは不可能だった。見知らぬ地を歩むには、誰かの導きが必要だ。
それに、ジョンは一度でもいいから仲間というものが欲しかった。目的を同じくする同志。今までたったひとりで強くなってきたジョンにとって、仲間とはあこがれの存在だ。
仲間たちと各地を旅して、育ててきたちからを思いっきり発揮する。それが次のジョンの目標だった。
街の検問所を抜けたジョンは、早速その足で街の酒場を目指した。冒険者がたむろしているところと言えば、どこへ行っても酒場と決まっている。きっとこの街にもそういう酒場があるはずだ。
時々ひとに道を聞きながら、ジョンは街で一番大きな酒場へと足を運んだ。
扉を開いて中に入ると、一斉にひと目が集まった。ざわめきが波紋のように広がり、酒場にいる冒険者たちは口々に何かをささやき合う。
自分がウワサのマトになっていることを知らないジョンは、不思議そうな顔をしながらカウンター席に腰かけた。酒など久しぶりだ。ジョンはエールを注文し、やってきたジョッキに口をつける。
「おい、あんたジョン・ドゥーか?」
思い切った冒険者の男がひとり、ジョンに声をかけた。ジョンはエールを飲みながら、
「そうだが?」
怪訝そうに答えると、なにか用か、と言わんばかりの視線で男を見やる。
なんでもない視線に臆した様子の男は、ごくりと唾を飲み込んで言った。
「ど、どうだ? いっしょにパーティを組まないか?」
できる限りにこやかに提案する男に、ジョッキを置いたジョンはまっすぐな視線を向ける。
「ひとつだけ聞く……あんた、俺と同じくらい強いか?」
自分よりも強いものなどいないことはわかっていた。だから、せめて同等の強さを持つ仲間が良かった。
ジョンのウワサを知っていた男は、その一言に怖気づいた。震え上がって首を横に振り、そそくさと去っていく。
再びエールを飲み始めたジョンは、正直落胆していた。
所詮こんなものか。
高望みをしているわけではなかったが、せめてこの強さにふさわしい仲間が欲しかったのだが。
白けた眼差しで酒を飲んでいるジョンに、またしても声がかかった。
「おい、ジョン・ドゥー。俺たちのパーティに入らないか?」
カウンターの隣にジョッキを持った男が座る。さわやかな顔をした女ウケの良さそうな男だった。しかしたしかにからだは鍛えられていて、あちこちに古傷がある。装備もかなり使い込まれている様子だった。
「……おい、あいつ……」
「……ここいらじゃ一番のやり手だろ、あのパーティ……」
「……あー、決まったな……」
酒場中から聞こえるひそひそ話から察するに、この男はこの街で一番強いパーティのリーダーらしい。酒場のどこかに仲間もいるのだろう。
ちょうどいい、とジョンは同じ質問をしようとした。
が、男はきざったらしくジョンのくちびるに人差し指を当てて黙らせ、続ける。
「たぶん、俺は君よりも強いと思うぞ?」
にこりと笑った男が告げる。
「……ふうん?」
「俺たちのところに来れば、君はきっともっと世界を知ることができる。だから、いっしょに来るといい」
ごまかした。ジョンは直感でそう悟った。
ジョンより強い、などとは、相当なビッグマウスでなければ口にできないことだ。実際、ジョンはここ一年で自分より強いものに出会ったことがない。
ハッタリだと踏んで、ジョンは踏み込んだ話をした。
「あんた、俺より強いなら俺を倒せるはずだな? 今すぐ表に出て勝負しろ」
痛いところを突かれたが、男は顔には出さず笑みを浮かべ、
「今日は俺も万全じゃないんだ。だから、ひとまずパーティに入ってから……」
「認めない。今すぐ俺を負かさなければ、あんたは俺より格下ってことだ。格下と組む気はない」
きっぱりと言い切ったジョンに、さすがの男も鼻白んだ。
笑みが消え去り、不機嫌をあらわにした表情が浮かび上がる。
「……こっちが下手に出てりゃ……!」
「認めるのか? 自分は口先だけの男だって」
「女のくせに、調子に乗ってるんじゃねえ!」
どん、とカウンターにジョッキを放り出した男は、その手でいきなりジョンの胸をわしづかみにした。
頭が真っ白になる。
男にはない部位である乳房の感覚が生々しく、ひどい違和感がジョンを襲った。いまだに女体には自己嫌悪を抱いているジョンにとっては、ただただ気持ちが悪いだけだ。皮膚の下を虫が這うようなここちがして、正気ではなくなってしまった。
必死に乳房をつかむ手を振り払いながら、ジョンはその場にうずくまってえづいた。さっきまで飲んでいたエールが逆流し、胃液と共に吐瀉物となって床に広がっていく。
「ははっ、なんだこいつ、きっと処女だぞ!」
男が嘲笑い、酒場にも生ぬるい空気が流れた。
目を回しながら、ジョンはカウンターの椅子に手をかけ、よろけながら立ち上がる。
そして、そのまま椅子で思い切り男の頭を殴りつけた。
「がっ!?」
唐突な逆襲に悲鳴を上げた男は、頭から血を流して床に這いつくばる。ジョンは、その髪をひっつかむと男の頭を床に叩きつけた。
ばき!と床板が割れる勢いで顔面から突っ込んだ男は、おそらく顔面の骨を折っただろう。それでもジョンは容赦しなかった。ばき!ばき!と何度も何度も男の頭を床に打ち付ける。男の意識はとうになくなっているというのに。
酒場の空気が冬空の下のように冷えていく。誰もが青ざめていたが、止めるものは誰もいない。
潔癖症の患者が何度も手を洗うように、ジョンは男の頭をぶつけ続けた。
頭の中に、久しぶりに神の声が響き渡る。
そうです! 戦いなさい、殺しなさい! それがあなたの使命です! その使命を果たさないあなたにはなんの価値もない!
わかっている。自分にできることはこれしかないのだ。戦うことにしがみつかなければ、強さを追い求めなければ、生きている理由を見失う。24時間365日、刹那のいとまもなく、常に闘争しなければならない。
それが、ジョンに課された強者の宿業だった。
我に返った時にはもう遅い。
男は半死半生となり、顔面を潰されてぐったりとしている。酒場からはいつの間にか潮が引くようにひとがはけており、男のパーティメンバーらしき数人が残るのみだった。
きっとウワサはすぐに広がるだろう。
ジョン・ドゥーという女は頭がおかしい、と。
仲間を作ろうとしただけなのに、もう何もかもが手遅れだった。
「……っ!!」
自分のしたことを自覚して、ジョンは顔色を白くする。
そして、そのまま酒場を飛び出していった。
息ひとつ乱さず全力疾走しながら、ぐっと歯を食いしばる。
もう誰もジョンの仲間になどなってくれない。
ジョンはこれからも、ずっとずっとひとりぼっちなのだ。
たったひとり世界に放り出されたジョンは、一気に街を駆け抜け元いた森へと帰っていった。
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