№8 最強への道

「たのもう!」


 今日もまた、ジョンは仰々しい門構えの道場で高らかに声を張った。


 ここはとある街にある武道場のひとつである。一番大きいところはどこだ?と聞いて回ったところ、ここに行き当たった。


 ジョンはまず、強い肉体を手に入れようとした。からだをいじめるように鍛え抜き、まさに成長期にあるジョンはぐんぐんと己を肉体的に高めていった。


 ある程度からだが出来上がったところで、次にやったことは道場破りである。各地をふらふらと放浪し、街に入るごとに一番大きな道場で一番強いものを倒して回っていた。


 さて、今日はどんな相手が出てくるか……心中で舌なめずりをする。


「なんだ?……女……?」


 道着を着込んだ丸刈りの巨漢が、ぬっと現れて怪訝そうな目でジョンを見やる。あからさまに見くびっている目だ。鍛え抜かれたとはいえ、女の身であるジョンが道場破りなどという剣呑なことをしているのだ、普通は不審がられる。


 そんな反応ももう慣れっこで、ジョンは巨漢に向かって言い放った。


「誰でもいい、ここで一番強いやつを出せ」


「……その意味がわかっているのか、女?」


「ああ、あんたたちのことはよく知らないが、ここらでは一番大きい道場だと聞いている。その他はどうでもいい。剣でも槍でも徒手空拳でも、なんだっていい。一番強いやつと勝負させろ」


「正気か?」


「もちろん、イカれてるよ」


 冗談で返すと、巨漢はそのまま道場の奥へと引っ込んでいった。


 鬼が出るか蛇が出るか。


 やがてジョンは板張りの道場内へと案内され、少ない荷物を置いた。得物を渡されないところを見ると、ここは格闘技の道場らしい。


 そしてやって来たのは、先ほどの巨漢よりも筋骨隆々とした古強者だった。髪は白くなっているが、からだのあちこちからのぞく傷を見ると、相当な修羅場をくぐってきたようだ。一歩ごとに筋肉が皮膚の下で動くのがわかるほどの、分厚いからだ。


「……ここの師範代をしている」


 道着を着た古強者は地の底から響くような声音でそれだけ告げた。


「あんたがここで一番強いのか?」


「そこまで驕る気はないが、皆が呼んだのは私だな」


「じゃあ一番だ」


 そう言いながら、ジョンはばきばきと指を鳴らした。


「勝負しろ」


「ケガをしても文句は言うなよ?」


「上等だ」


 それがきっかけだった。


 ジョンは猫脚立ちになり、重心をコントロールしながら両手のこぶしを前後に構える。いつ仕掛けられてもいいような、いつでも仕掛けられるような構えだ。


 一方、師範代の方は左足を前にして腰だめにこぶしを握っている。隙のないいでたちに、ジョンはどこから切り崩そうかと思案した。


 ……結局、先に動いたのはジョンの方だった。プレッシャーに負けて動かざるを得なかった、と言う方が正しいかもしれない。


 だんっ!と床が割れるほどの強烈な踏み込みで襲いかかり、強烈なボディブローを叩き込もうとする。


 しかし、師範代の対応は冷静極まりなかった。猫の手のような形にしたこぶしでその超スピードの一撃をいなし、ジョンのからだごと絡め取り、投げ技を決めようとしてくる。


 それを察したジョンは師範代の肩を蹴ってその技から逃れた。あとゼロコンマ数秒反応が遅れていたらアウトだっただろう。


 しなやかな着地をしたジョンは、今度は足を使った攻撃に移る。また踏み込みで床が割れ、ぶん、ぶん、と二連撃の回し蹴り。


 鋭く空を割いたジョンの足を、師範代はあくまでも機械のような精密さで見切り、またしても猫のこぶしで受け流した。


 大ぶりな連続技のあとには隙が生じる。そこを見逃さず、師範代は初めて攻撃を仕掛けてきた。


 たん、とあまりにも静かな足音と共にジョンの背後を取ると、足払いでその体勢を崩す。


 あ、と思ったときにはもう遅かった。足元を崩されたジョンはそのまま寝技で関節を極められ、そのまま外されてしまう。


 脱臼の痛みが全身を駆け抜け、ジョンの右腕は使い物にならなくなった。


「……まだやるか、嬢ちゃん?」


 師範代の言う通り、勝負はこれで決したようなものだった。


 脂汗を流しながら首を横に振るジョンを見て、師範代はようやく極め技を解いてくれる。立ち上がり、右腕を壊したジョンに手を差し伸べ、初めて笑みを向けてもらった。


「まあ、若い女の割にはよくやった方だ」


 敗北した。勝ち取れなかった。だとしたら、やることはひとつだ。


 ジョンは師範代の手を取らずに、その場に土下座をして、


「俺をあんたの弟子にしてくれ!」


「……それは、私の門下に下るということか?」


「ああ、そうだ。あんたを越える日まで、あんたに師事する。雑用だろうと便所掃除だろうとなんだってやる。だから、俺をここで鍛えてくれ!」


 並々ならぬ勢いで頼み込むと、師範代はしばしうなった。


「……若い女だからといって、特別扱いはせんぞ? 他の男どもと同じように生活してもらうことになるが、それでもいいのか?」


「構わない。逆に、そうしてもらった方が助かる」


 女扱いされてしまっては、この世界では終わりなのだ。


 師範代が黙考している間、ジョンは頭を下げ続けた。


 その根気に負けたのか、師範代は強引にジョンの左腕を引いて立たせ、


「いいだろう。私のしごきは厳しいぞ?」


「望むところだ!」


 自分よりも強いものに教えを請い、それを越えてさらなる強者を探す。ジョンはそんなことを繰り返していた。今日も勝ち取ることこそできなかったが、負けたことでより高みへと近づくことができる。


 師範代とがっちり握手をしながらも、ジョンはどうやってこの男を倒してやろうかとその時点から考えていた。


 


 結局、その道場にいたのは三か月の間だった。


 わずか三か月で師範代のすべてを受け継いだジョンは師範代を倒し、見事道場破りを果たして街を出た。


 その後も何度か繰り返したが、次第に負けることが減っていった。


 やがてはどこへ行っても無敗となり、ジョンの肉体的な強さは最大にまで高められていた。


 からだが完成すれば、次は魔法だ。


 前世では魔法のない世界にいたため、ジョンはまったくの初心者だ。


 ジョンは恥を忍んで教会学校の少年少女たちに混ざり、魔法の基本中の基本から始めることにした。


 この世界の空気中には魔素と呼ばれる魔法の元が含まれており、自分の意志のちからでその魔素のちからの方向性を決める。それが魔法だ。


 しかし、自然にあるものを人工的なちからに変えるのはコツがいる。普段何気なく行っている意識の構築を、まったく別物にコンバートしなくてはならないのだ。魔素を操るためには、意志の流れを操らなければならない。


 魔法は技術と言うよりは生来の素養で行使するものなのだ。どれだけ魔素のコントロールに長けた意識を練り上げられるか。すべてはそこにかかってくる。


 ……そんなことを、小さな子供たちといっしょに噛み砕いた口調で説明され、ジョンはなんとなくで魔法を理解した。才能があればより強い魔法が使える。それさえわかればなんということはない。


 自分は魔法の天才だ、とジョンは根拠のない自信を持っていた。おそらくは、そういう自信を持てる意志が構築できることこそが、魔法の才能というものなのだろう。


 しかし、簡単な炎を出すだけの魔法を使えるようになるまで、約一年の歳月がかかった。


 何度も失敗したが、不思議と『自分には才能がないのかもしれない』とは思わなかった。自分にはきっと素養がある。開花するまでに時間がかかっているだけだ、とジョンは信じ続け、子供らに先を越されながらも教会学校に通った。


 初めて火をともすことができたとき、ほらやっぱり、とジョンは内心ささめき笑った。折れずに挑戦してきた結果、ジョンの魔法の才能は華々しく開花した。


 最初の魔法さえ使えるようになれば、あとはとんとん拍子だった。


 教会学校で教えられる基本の魔法はすべて習得し、ジョンはさらに強力な魔法を求めて図書館へ通い、本を読み漁った。あの老婆のおかげでかなり難しい本まで読めるようになっている。朝から晩まで通いつめ、ジョンの毎日はしばらく本漬けになっていた。


 上級の魔法が使えるようになればこっちのものだ。ジョンはまた各地を放浪し、著名な魔法使いと議論を交わしたり戦ったりした。


 ここでも、負けては師事し、師匠を越え、そしてさらなる強者を目指して旅をする。それの繰り返しだった。


 そして、魔法でもジョンに敵う者はほとんどいなくなっていった。


 ジョンのウワサは数年かけて各地に広がっていった。


 いわく、すさまじく強い女がいる。名はジョン・ドゥー。


 それだけの情報が、各地の冒険者を中心に流布していった。


 やがては、どこの冒険者パーティに入るのか、賭けまで始まる始末だった。


 当の本人はウワサされていることも知らず、今日も野生のモンスターを相手に単独で戦い、腕慣らしをしている。


 そんなこんなで、ジョンは立派に成長し、絶大な強さを手に入れた。

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