№24 ジョンは立っていた

「……くそっ、くそっ、くそっ……!!」


 このままでは負ける。


 そう直感した『最強の召喚士』は、最終手段に打って出ることにした。


 この術だけは使いたくなかったのだが……


 かざした手のひらに膨大な魔素が集まり、複雑で巨大な魔法陣が形を変えながら展開していく。


 光の洪水が巻き起こり、その渦の中から天を突くような異形が現出した。


 それは、一本の闇色の石柱だった。巨大な髑髏と黒い翼の生えた、無機質な石の柱である。あるいは墓標のような、と言えばいいのかもしれない。ニューヨークの摩天楼をほうふつとさせる、たった一本の禍々しい柱。


 これが、魔王だ。


 異世界ですべてのバケモノたちの上に君臨する、圧倒的なあるじ。暴力の頂点。不条理の集合体。


 『最強の召喚士』の手持ちの中でも最強の手札だった。


 これをこの世界に降ろしてしまった以上、どんな攻撃も防御も無意味だ。


 魔王はただただ蹂躙する。


 いのちを略奪することだけを目的とする存在だった。


 さしものジョン・ドゥーも、魔王を前にしては屈服せざるを得ない。でなければ、この女は本格的に狂っている。


 その代わりに世界が滅びる危険性もあるが、仕方がない。


 ジョンを相手取っては、そこまでしなければ勝てないのだから。


 魔王の放つ強烈なプレッシャーが、文字通り重力波となって荒野一帯に降り注いだ。岩は軒並み砕け、地面が割れ、地下深くのマグマが吹き出す。


 灼熱の地獄絵図と化した大地に、それでもジョンは立っていた。


 空が曇り、雷雲がやって来ていかずちの矢がが幾条も荒野をうがつ。


 それでもジョンは立っていた。


 やがて雲が割れ、その向こうの空からまばゆい光の柱が降ってきた。これはすべての物質を消滅させる、魔王の理不尽なちからの象徴のような光だ。この光の柱に触れて、なおも存在し続けることはできない。この世界の物理法則に従って生きているものならば、消滅するしかないのだ。


 ジョンのからだが光に包まれた。すべてが光の向こう側に行ってしまって、なにもかも見えなくなる。もしかしたら、村のひとつやふたついっしょに消してしまったかもしれない。そんなコントロールもできないほどに、魔王のちからは圧倒的だった。


 今度こそ、終わった。終わったに決まっている。そこまで世界は狂っていないはずだ。


 問題は、この魔王がこの世界を壊してしまう前に、どうやって元の異世界に送り返すかだが……


 『最強の召喚士』が黙考している眼前に、ふと手が伸びてきた。褐色で程よく筋肉のついた女の腕だ。


 どっと冷や汗が背中を流れ落ちる。


 まさか。


 まさか、まさか、まさか。


 ……世界は、そこまで狂っていたのか……?


 女の腕は、量子崩壊を起こしてところどころ欠落しながらも、なんとか存在していた。


 そして、その腕の根元も。


 ぬ、と光の柱から歩み出てきたジョンは、からだ中にノイズを走らせながらも、たしかにそこに在った。


 すべてを消し去る魔王のちからを前にしても、ジョンはまだ立っていた。


 なぜなら、神の声が『立て』と命じたからだ。


「……うそ……だろ……!?」


 『最強の召喚士』の声がかすれる。


 ただの人間のはずだ。


 特別な血筋だとか、特別な武具だとか、特別な加護だとか、そういったものはないはずだ。あったとしても、魔王の前ではすべてが無力のはずだ。


 そこにあったのは、単純な『ちから』だった。


 魔王をも凌駕する、『強さ』。


 それだけで、ジョンはその場に立っていた。


 光の柱から抜け出し、なおもそこにあるジョンの存在感が、覇気となって魔王に襲いかかった。


 不条理よりも不条理な存在を前にして、魔王がひるむ。あの魔王が、である。世界が出来上がる前から、何万年何億年何兆年も生きてきた中で、ただのいっときもおそれというものを知らなかった魔王が、今、ジョン・ドゥーたったひとりに怯えている。


 こうなってしまっては、勝負はついたも同然だった。


 魔法陣の中へ退いていく魔王が完全に消えてから、『最強の召喚士』はいのちごいだけはしておこうかな、と思った。


「……参った。降参。君の勝ちだ」


 すっかり真っ平らになってしまった荒野の真ん中で、腰を抜かした『最強の召喚士』が両手を上げる。


 まだノイズが抜けきらず、不安定な存在のままのジョンは、それでもこぶしを振り上げて獣のようなうなり声を上げた。


 勝った。また勝ち取った。


 この手でおのれの強さを証明したのだ。


 自分はここにいていい存在。


 尊厳を獲得し、ジョンはまた人間性に確信を得た。


 俺は強い、だから、ここにいていいんだ。


 やはりあなたは素晴らしい、ジョン・ドゥー! 世界中から拍手喝采が聞こえてくるでしょう! これらはすべてあなたに向けられた称賛です! あなたはもっとも価値ある人間です!


 そうだ。俺は存在意義を勝ち取った。人間として、ここに存在していいのだ。


 ああ、あなたこそ至上の存在! 神の次に尊い、人間界の頂点に君臨する生物! いいでしょう、生きなさい、ジョン・ドゥー! 存分に生を満喫なさい! あなたにはそれが許されています! ですが、次は……

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