№14 『最強の炎使い』
結果として、ジョンの望みは聞き届けられた。
牢から出されたジョンはその足で決闘場へ向かい、『最強の炎使い』が待つステージへと上る。
そこにいたのは、純白のローブを着た長い銀髪の美青年だった。メガネが知的な印象を与えるが、たしかに強者の気配を放っている。あふれ出る自信、と言い換えてもいいかもしれない。
ローブと髪を涼やかになびかせて、『最強の炎使い』が振り返る。
「……ああ、君か。私を倒そうと名乗り出たものは」
炎使い、というからにはもっと暑苦しい男を想像していたのだが、『最強の炎使い』は正反対の理知的な人間だった。ジョンに対して虫けら程度の注意も払っていない。当然ながら、せいぜい狂人のたわごとだと思っているのだろう。
いいだろう。その思い上がり、叩き壊してやる。
「そうだ。お前の『最強』、狩らせてもらう」
ジョンが獰猛な表情で宣言すると、ふっ、と『最強の炎使い』が吹き出した。
「ははははは! 言ったものだな! 君のような少女ひとりになにができるというんだ?」
「お前を倒せる」
笑われてバカにされても折れた様子のないジョンに、『最強の炎使い』は少しいらついたようだった。笑みを引っ込め、ローブから腕を出す。
「私は『最強の炎使い』……私の火炎を前にして生き延びたものはいない!」
「なら、試してみるか?」
挑発するように返すと、『最強の炎使い』は神経質そうに眉根を寄せ、す、と息を吸い込んだ。
「……その蛮勇だけは評価してやろう。言っておくが、死んでも文句は言うなよ?」
「それはお互い様だ」
「……っ!」
あくまで張り合うジョンに向かって、『最強の炎使い』が片手をかざす。その手のひらに魔素が集まり、意志のちからでエネルギーの方向性が決定した。
「まずは小手調べだ!」
膨大な光が集まり、ジョンに向かって放たれる。
着弾、そして大爆発。決闘場を半壊させる威力の『小手調べ』で、辺り一面は炎の海と化した。決闘場を破壊したことに対して、何らかの始末書は書かされるだろうが、その程度のことなんでもない。
「……あっけなかったな……」
さらりと髪をかき上げ、『最強の炎使い』はため息とともにその場を去ろうとした。
その視界の端に、炎の向こうに立つ人影を見つける。
はっとして振り返ると、陽炎の向こう側にはジョンがひとり、こつ然と立っていた。ケガらしいケガはひとつもない。いまだ健在である。
「……なっ……あの大爆発をどうやって逃れた!?」
炎と共にゆらゆらと揺れるジョンの笑みに、『最強の炎使い』がうろたえる。おかしい、攻城戦級の魔法のはずだ、ひとひとりがどうにかできるものではない。
なにかタネがあるはずだと、『最強の炎使い』は今度はジョンの周りに青い炎の舌を這わせた。
巻き起こった炎の渦の中で、ジョンは先ほどと同じように『風魔法』を使う。
風のシールドに守られたジョンに、青い炎は届かない。神の声に従ってみたが、どうやらうまくいったようだ。
炎とは、要は空気が、酸素が燃える現象だ。
だとしたら、空気の流れを変えれば炎は届かない。
ごくごく単純なことだ。相性の問題だった。
しかし、言葉で言うのは簡単だが、実現するには卓越した魔法の才が必要だ。ジョンが張り巡らせた風のシールドは、『最強の炎使い』の炎が突破できないくらいの強度を誇っていた。
少し熱いな、と防壁の中でひらひらと胸元を手で仰ぎながら、ジョンはのんびりと炎が消えるのを待った。これだけの魔法、集中力が途切れるまでそれほど待つことはないだろう。
案の定、炎はやがて収まっていった。渦巻く超高温の炎に焼かれてもまだ立っているジョンを見て、『最強の炎使い』の額に汗が浮かぶ。
「どうした、『最強』?」
にやにやとあおるジョンの一言に、『最強の炎使い』はかざした手のひらにさらに魔素を集めた。
「小癪な!!」
ジョンの前後左右から膨大な炎の奔流が襲い掛かる。熱エネルギーの波が容赦なく押し寄せ、ジョンを地獄の業火のような勢いであぶる。炎が遮られたとあって、圧倒的な熱量で蒸し焼きにしようという算段だ。
今まで以上の圧の炎だったが、当のジョンは風のシールドの中で涼しい顔をしていた。神の声が二重に防壁を張れと命じたのでその通りにしたのだが、たしかに一重ならば蒸し焼きにされていただろう。二重にしたシールドの間に真空を挟むことによって、熱は完全に遮断されていた。
シールドの外にあった石畳が、みるみるうちに透明になっていく。あまりの高熱にガラス質が溶け出して、赤く滴っているのだ。
これは外に出たら死ぬな……と予感しつつ、ジョンは地獄の業火の真っただ中で思案した。
さて、どうしたものか……
『最強の炎使い』の火炎は、風魔法で完封した。もはや『最強』のほむらはジョンには届かない。もはや『最強』は『最強』ではなくなっていた。
そんな相手を単に倒すだけなら簡単だ。炎が収まるのを待って攻撃すればいい。こぶしでも魔法でも、今のジョンには無数の選択肢がある。
しかし、さんざん舐めてかかってきた相手には、ちょっとした逆襲をしたかった。『最強の炎使い』にあってはならない負け方をしてもらおう。
逆巻く火炎の中心で黙考していたジョンは、ぽん、と手を打つ。
そうだ、こうしよう。
……一方、『最強の炎使い』は自分が放つ業火の魔法で歪んだ大気により、視界の確保に苦労していた。
決闘場はほぼ壊れている。再建には数か月かかるだろう。
それほどまでの大破壊を伴った攻撃、ただで済むとは思わない。しかし、『最強の炎使い』は攻撃の手を休めなかった。今もまだ炎は大気を焦がし、天高く燃え盛っている。
立て続けの大魔法で、さすがの『最強』も疲労困憊だった。息を乱し、それでもなお集中力を途切れさせないことに気を配る。炎はさらなる炎を呼び、燃え広がった。おかげで空気が薄くなり、呼吸が苦しくなる。
さすがにこれで終わりだろう。これで立っていたらバケモノだ。
『最強の炎使い』にふさわしい全力の火炎攻撃で、さしものジョン・ドゥーも焼死体になっているに違いない。
炭化した遺体を見つけようと目を凝らした、そのときだった。
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