№13 パン泥棒のジョン
やがてジョンは王都にたどり着いた。
さすが王都、ひと通りは半端なものではなく、あちこちに市場が開かれていて、かつてのジョンのような奴隷が荷物を運んでいる。馬車が行き交い、広場では大道芸人が芸を披露していた。
路地に入れば建物と建物の間に渡されたロープに洗濯物がはためき、子供たちが追いかけっこをして遊んでいる。野良犬が昼寝をしていたり、アル中が座って酒を飲んでいたりとさまざまだ。
しかし、ここへ来たのは観光が目的ではない。
これだけひとがいるのだから、きっと『最強』もその中にいるに違いない。そう考えて、ジョンは王都に足を運んだのだ。
検問を越えて早速酒場に足を運んだジョンは、『最強』についての情報を必死に集めた。が、ジョンのウワサは当然ここまで届いている。あるものは逃げ出し、あるものは口を閉ざし、あるものは嘲笑う。前後不覚の酔っ払いでさえそうだ。
とてもここでの情報は集まりそうにない。
そう判断したジョンは、一計を案じることにした。
そして……
「……ジョン・ドゥー……?」
牢番が怪訝そうな顔をして、鉄格子の奥のジョンの顔を見詰める。
「……とてもこんな女の子につける名前とは思えん」
調書を流し読みしてデスクの上に投げ出し、牢番は椅子の背もたれに身を預けた。
「それで、お嬢ちゃんは一体どんな悪いことをしたんだ?」
退屈そうにしているこの牢番は、どうやら話し相手が欲しいらしい。いい兆候だ。
「市場でパンを盗んだだけだ」
しめしめ、とジョンは答えた。
「そんなに食うに困っているようには見えないけどな……お嬢ちゃん、冒険者か何かだろう? からだつきも立派だし」
早速興味を持ってもらえたようで、牢番はジョンの頭のてっぺんからつま先までをじろりと見やる。さいわいにも、こういったシチュエーションで定石の『女犯罪者に性的な要求をして見逃す』という交渉は持ち掛けられなかった。意外と王都の騎士団はそこまで腐っていないらしい。
ジョンは、たしかに市場でパンをひとつ盗んだ。店番にわかるように、目の前でしっかりと。当然ながら『泥棒!』と叫ばれて、周囲はジョンを捕まえようと沸き立った。
もちろん、ジョンにかかればパン泥棒のひとつやふたつ、どうということはない。が、ジョンはあえて逃げず、捕まった。
そして騎士団に突き出され、適当な詰所の牢屋に入れられたのである。
すべてはジョンの計画通りだった。決して場当たり的な犯行ではなかった。
市井の人間で『最強』を名乗るものは、もうジョンの前には現れないだろう。
ならば、騎士団の人間は?
治安維持と戦争のために鍛えられた集団だ、普通の人間よりは強いはず。その中にはもちろん、『最強』もいるだろう。騎士団に所属するものに話を聞くことができれば、最速でたどりつけるはずだ。
そういうわけで、ジョンは今詰所の牢屋の中にいる。
すぐれた体格に言及した番兵に、ジョンは誇らしげに胸を張った。
「当然だ、鍛え方が違う」
ひととマトモにしゃべるのが久々すぎて、なんだか子供のような言動になってしまう。
「はは、そりゃあずいぶんと威勢のいいパン泥棒だ」
案の定、番兵も苦笑いをしている。
ジョンは気を取り直して番兵に尋ねた。
「おい、この街で一番強いやつは誰だ?」
唐突な問いかけに、番兵はしばしぽかんとしていた。
それから、
「お嬢ちゃん、強いやつを探してどうするってんだ? なにか助けてほしいことでもあるのか?」
逆に心配されてしまった。
「違う。俺が倒すんだ。そのために、『最強』を探してる」
調子を狂わされながらも、ジョンは弁明する。
そうしたら、また笑われてしまった。
「はは、パン泥棒のお嬢ちゃん、たしかに俺は騎士団最強の男を知ってる。いや、たぶん誰もが知ってるはずだ。お嬢ちゃんでは敵いっこないってこともね」
「いいから答えろ」
せかすジョンに、はいはいと番兵は手を振った。
「騎士団の魔法師団長、『最強の炎使い』だ。炎の魔法を使わせたら右に出るものはいない、天才魔法使いだよ。当の魔法師団が束になってかかっても、『最強の炎使い』ひとりには敵わないと言われてる。俺たちの騎士団の誇りだよ」
「……いいねえ、『最強』」
『最強の炎使い』。以前の『おにぎり使い』よりは『最強』らしくなってきた。
ジョンは考える。どうやって『最強の炎使い』と対決するかを。
答えはすぐに出てきた。
「なあ、ひとつ賭けをしようじゃないか」
「賭けだって?」
ジョンの提案に、退屈を持て余していた番兵は乗ってきた。いい調子だ。
「どんな賭けだ?」
「俺がその『最強』に勝てたら、この牢から出してくれ」
「はあ?」
今度こそ、番兵は完全に虚を突かれてしまった。
冒険者たちと同様、狂人を見るような目でジョンを見てくる。
「自分がなにを言ってるのか、わかってるのか? 言っただろう、パン泥棒のお嬢ちゃん。あのひとは騎士団最強の魔法使いだ。お嬢ちゃんが勝てるはずがない」
「なんだ、勝つ自信がないのか? 王都の騎士団って言っても、所詮はその程度か」
「そ、そんなことは!」
ジョンの口車に、牢番はまんまと乗ってきた。こんなに転がしやすい人間も珍しい。ジョンの牢にこの牢番がつけられたのも、なにかの運命かもしれない。
「だったら、さっさと上に伝えて来いよ。『小生意気な小娘が『最強の炎使い』との決闘を望んでる』ってな」
「いや、たしかに今王都にいるとは聞いているが……」
「勝負させろ。俺が必ず倒してやる、と言っておけ」
「い、いいだろう! 騎士団の威信をかけて勝負だ!」
そう言い残し、番兵は上司に事の次第を伝えに走って出ていった。
騎士団の中にも、ジョンのウワサを知るものがいるだろう。
だとしたら、この無理を通すことは不可能ではない。
ちょっとした賭けだが、この決闘状が『最強の炎使い』に届けば、ジョンとの勝負が成立する。
そして『最強』に勝った時、またひとつ、頂点に近づくことができるのだ。
「……ひと狩り、行きますか」
ひとり牢屋の中であぐらをかき、ジョンは知らせを待った。
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