№20 修羅道
ふたりは向き合い、互いに呼吸を読み合っていた。
神の声が言うには、この手の重量級武器はパワーにステータスを極振りしていて、スピードに欠けるものらしい。『最強の斧使い』の隆々たる筋肉を見ても、その傾向はたしかにあるだろう。
俊敏な様子は見受けられない。これならば、後の先を取ればジョンの勝ちだ。
しかし、そういう簡単なものではない。
斧という武器はたしかに取り回しに難がある。当たれば大ダメージだが、当たらないように回避すればいいだけの話である。大ぶりな攻撃なだけ、そのあとにある隙も大きい。
そして、それゆえに最初の一撃にすべてをかけてくるはずだ。
最初にして、最後の一撃。
初撃決殺の気迫が、『最強の斧使い』から立ち上っていた。
その一撃ですべてをほふってきたおかげで、男は『最強の斧使い』になったのだ。
ただ単に超エネルギーの鈍足攻撃というだけではない。なにかがあるはずだ。
考えられるのは、やはりスピード。
神の声が告げた斧使いのセオリーとは違い、『最強の斧使い』は速度も持ちあわせているに違いない。速く、重い攻撃。シンプルな答えだ。シンプルがゆえに、強い。
そんな攻撃が、最初の一撃でやってくる。それにやられてしまえばアウトだ。
だが、逆に言うとそれを回避すればジョンの勝ちということになる。
腐っても『最強』、初撃が破られれば黙って敗北を認め、勝負が決するだろう。
ともかく、スピードがなにより重要視される。
相手の呼吸を注意深く読み、仕掛けてくるタイミングを計る。少しでも対応が遅れれば負ける。たったの一瞬で、すべてが決まるのだ。
息を吸い込み、吐く。『最強』だろうがなんだろうが、人間は人間だ。呼吸をすれば肺が膨らみ、それによってからだが揺れる。そのわずかな揺れを、ジョンは見逃さなかった。
呼吸を読む。75分の1秒も無駄にせず。
まだだ、まだ仕掛けてこない。
攻撃にはちからをためる必要があり、そのためには呼吸が必要だ。その呼吸を、焦らず注意深く観察する。
まだ。まだ。まだ……
今、『最強の斧使い』が息を吸い込んでハラの丹田にため込んだ。
……来る。
そう感じた瞬間、ぐわ、と烈風のような勢いで『最強の斧使い』のやいばが迫った。やはり予測していた通り、スピードだ。
速い。とにかく速い。まるで羽根を振り回しているかのような軽さで斧を振りかぶっている。あまりの速さに、空気が斬れる音すら聞こえなかった。
振るわれた斧がジョンの表皮に触れる。ひやりとした鋼鉄の感触。
そして、斧は大きく振り抜かれた。
そこには切断されたジョンのからだが……
「!?」
『最強の斧使い』が目を見開く。幻視していた光景はそこにはなく、もっとあり得ない景色が広がっていたのだ。
「……あくびが出るぜ」
振り抜かれた斧のやいばの上に立ちながら、ジョンはにやりと笑う。
勝負はまさに刹那で決まった。
やいばが届いた瞬間、ジョンは最小限のちからで飛び上がって斧の上に立った。
ただ、それだけだった。
言葉にすれば簡単だが、そこには常軌を逸したぎりぎりのせめぎあいがあった。寸分まで呼吸を読み、『最強の斧使い』の超スピードの攻撃に反応し、皮膚の表皮1枚のところまで迫ったやいばをかいくぐる。
とても人間の反射神経でできることではなかった。
「どうする? まだ続けるか?」
斧の上に立ったまま生あくびをするジョンに、『最強の斧使い』はこうべを垂れた。
「……いや、やめておく。降参だ」
やはり、初撃にすべてを懸けていたらしい。かわされれば負ける、『最強』ゆえにそれもわかってのことだった。
最初から最後まで、負けっぷりまで『最強』と呼ぶにふさわしい男を、ジョンは久しぶりに見た気がした。
そんな『最強の斧使い』の頭を、斧の上から踏みつけにし、ジョンは腕を組んで言い放った。
「頭が高いぞ、『最強』」
名実ともに『最強』。そんな『最強の斧使い』を見事打ち破ったジョンの脳内に、またあの濃厚な脳内麻薬があふれかえる。サイケデリックな夢の中にいるような感覚に陥ったジョンは、その酩酊感に頬を赤らめた。
また、勝ったのだ。そう、勝ち得たのだ。
ジョンはまたひとつ階段を上り、頂上へと近づいた。
強いということは、ここにいてもいいということだ。存在意義だ。
人間としての尊厳を守り抜いたジョンは、達成感で泣きそうになるのを必死でこらえた。すさまじい勢いでカタルシスが押し寄せてくる。ジョンは歓喜の嵐に翻弄され、すっかり我を忘れていた。
またやりましたね、ジョン・ドゥー! さすがはあなたです! 素晴らしい! あなたはこの世界で一番尊い! もっとも敬われるべき人物です!
神の声も拍手喝采でジョンの勝利を祝福した。
あなたは強い! 強さこそ在るべき理由! その理由をみずからの手で勝ち取ったあなたは誰よりも称賛に値します! 人類史上、もっとも輝かしい栄光をあなたはつかみ取ったのです! 誇りなさい、ジョン・ドゥー!
ああ、そうだ。俺は勝ったんだ。また強くなったんだ。
……けど、どうせまた『次』だなんだと言い出すんだろう?
当たり前です! 戦わないあなたに価値はありません! 単なる路上のゴミクズ同然です! 取るに足らない人間です! 戦わなくとも価値はある、などと思い上がったことを考えないでください! あなたには戦いしかないのです! 次の『最強』を倒しに行きなさい!
戦っても戦っても、終わりが見えない。あとどれだけ倒せばいいのか。あとどれだけ害せばいいのか。あとどれだけ殺せばいいのか。
延々と続く戦いの道行きは、まるっきり修羅道だった。戦いのみが評価され、勝者のみが報われる世界。そんな世界を、ジョンは生きているのである。
さあ、もっともっと、高みを目指しなさい! 強く、強く、果てしなく強く! 人間の枠組みすら超えて! あなたはどこまでも強くなれる! 誰にも負けない! どこまでも強くなれるものは真の最強にならなければならない宿命にあるのです!
宿命! 宿命! 宿命!
ジョンの脳内で輪唱が起こった。わんわんと共鳴しながら鳴り渡るコーラスに、ジョンはめまいを起こして頭に手をやった。
斧の上から倒れ落ち、頭を抱えてがちがちと震えるジョンの顔を、元『最強の斧使い』が覗き込む。
「おい、どうした? 大丈夫か?」
真っ青を越えて真っ白になったジョンの顔色を見て、元『最強の斧使い』が肩を揺さぶる。
「……宿命……宿命……宿命……」
ぶつぶつとつぶやくジョンの視界には、現実世界の風景など写っていない。
そして、ジョンはそのまま元『最強の斧使い』の腕の中で意識を失ってしまった。
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