№19 『最強の斧使い』

 『最強のアサシン』を退けたこともまた、またたく間にウワサとなって各地を駆け巡った。ジョンにかけられた懸賞金は上がり続け、それと反比例して追手の数も少なくなっていった。


 皆、ジョンのことをおそれているのだ。無理もない。


 時々街に出かけても、誰もがじろじろと見てきて、目が合いそうになると視線を逸らせる。そして、何事もなかったかのようにジョンを無視するのだ。


 孤独だった。誰ひとりとしてマトモに会話すらしてくれない。バケモノを見るような目でジョンを見るばかりだ。受け入れられることも、対峙することすらもない。たったひとりで世界が完結しているような、息苦しくなるような閉塞感。


 ジョンは目立ちすぎたのだ。頂上を目指す過程では仕方のないことなのかもしれないが、ジョンは人々の耳目を集め、それがゆえに忌避され、孤独に追い詰められてしまった。


 仲間が欲しいなどという贅沢はもう言うまい。せめて、誰かのあたたかな記憶の中にいたかった。あのひとは今、元気にしているだろうか、と思い出してもらえるような、そんな相手が欲しかった。


 人間の尊厳を守るために戦った結果が、この孤独である。


 守った尊厳をもって接する相手がいないのである。


 これでは、何のために守り抜いてきたのかわからない。人間は、ひとりでは人間ではいられないのだ。ひととひとの間にあってこそ、人間は人間でいられる。


 そのことを痛感し、ジョンは後悔にさいなまれた。


 どうしてもっとうまく立ち回れなかった。なぜひとびとにおそれられるようなことしかできなかったのか。


 ジョンのちからがあれば、それもできたはずなのに。


 それでも、まだ懸賞金狙いの追手は散発的にやって来た。いつしかジョンはその追手すら歓迎するようになった。


 もちろん、倒すのだが。


 今も、墓場の真っただ中で『最強のネクロマンサー』が逃げ出した後の始末をしている。よみがえった死体たちを炎魔法で焼き払い、簡略的に荼毘にふす。手荒い弔いだが、恨むなら『最強のネクロマンサー』を恨んでくれ。


 あらかた死体を焼き終え、ジョンは一息ついた。


 たしかに、『最強』は向こうからやって来た。『最強のネクロマンサー』を始め、『最強のパペットマスター』、『最強の結界術師』、『最強の狙撃手』……枚挙にいとまがないほどに『最強』は押し寄せてきた。


 ジョンはそのすべての『最強』を圧倒し、屈服させた。そのたびに勝利の快感が押し寄せ、ジョンは酔いしれた。が、すぐにまた飢餓感に襲われる。満たされたそばから渇く、まるで底に穴の開いた器に水を流し込んでいるようだ。神の声も、『次を探せ』と言ってくる。


 ジョンは次第に疲れを感じ始めていた。いったいどこまで行けばいいのか。果てのないマラソンはいつまで続くのか。


 どんなタフネスを持ち合わせていようとも、ゴールのないマラソンを走り続けるのは困難だ。体力的には問題ないのかもしれないが、気力が尽きる。いくら超人的な肉体を持っていても、こころが折れる。


 そんなジョンの内心を知ってか知らずか、神の声はだんだんとヒステリックになっていった。戦え、さもなくば死ね、とわめくのだ。


 すべてはジョンの脳内で発生した病が起こすまやかしなのだが、ジョンはその神の声に追い詰められて、もはや強迫観念的に戦いに明け暮れていた。


 この焦燥感を徒労感に覆い隠されたそのときが、ジョンの旅の終わりだろう。


 旅が終われば、ジョンはどうなるのかわからない。


 死ぬのかもしれないし、生き続けるのかもしれない。


 それさえもおそろしくて、ジョンは戦い続けていた。


 死体を焼き払った熱波の向こうから、誰かが歩いてくる。


 もはやお約束のようになってしまった邂逅に、ジョンは億劫そうに立ち会った。


「……『最強狩りのジョン・ドゥー』とは、お前さんのことか、小娘?」


 見た目はひどく鈍重そうな男だった。ひげを蓄えた傷だらけの顔に、背は低く、そして横幅が大きい。大きいと言っても、無駄な肉は一切ついていない。鋼の鎧のような筋肉が、からだのあちこちで隆起している。


「……最近じゃ、そう呼ばれてるんだな」


 一定の間合いを開けて対峙したジョンは、大げさに肩をすくめて見せた。


「たしかに、『最強』を倒して回ってるのは俺だな」


「ならば、ひとつ手合わせ願おう」


 ずお、と男は背中から得物を抜いた。


 それは、ひと振りの巨大な斧だった。分厚い鋼鉄の塊をやいばの形にした、圧倒的暴力の象徴。装飾も何もない武骨極まりない斧は、明らかに対人戦闘を目的として作られており、男のからだ同様一切の無駄がない。使い古されているのが見て取れるが、よく手入れされている。


 重々しい斧を掲げ、男は言った。


「俺は『最強の斧使い』。斧を使わせれば俺の右に出る者はいない」


「……いいだろう」


 相手にとって不足はない。そう判断したジョンは、正式に『最強の斧使い』と敵対することを決めた。


「お前の『最強』、狩らせてもらう」


 足を肩幅に開き、徒手空拳で斧と向き合う。


 荒涼たる墓場の風が吹きすさび、曇天がいなないた。


 こうして、もう何度目になるのかわからない対『最強』戦が始まった。

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