第44話 《軻遇突智神》は煉獄に燃ゆる
杖を取り出したジェイルは、早速指揮者のように杖を振りかざし、魔法攻撃を開始した。
彼女の周囲に生まれた無数の光の粒は弾丸のような速度で接近し、マガツ達に命中する直前で、爆裂する。
その威力は凄まじく、爆発が発生する度に、衝撃波で周囲の民家が崩壊していく。
「くっ! まずいなあの小娘、本気で俺達のことを殺しにかかってやがる……ッ!」
「ほらほら、どうしたの2人とも? まだ勝負は始まったばかりじゃないッ!」
引き続きジェイルは杖を振り、無数の光の爆弾を放つ。
マガツとマサキはそれを回避するが、しかし光はマガツ達を執拗に追いかけ、目の前で爆発する。
「ぐああっ!」
「マガツッ! 《銀の砲弾》!」
マサキは咄嗟に光の気弾を繰り出し、ジェイル目掛けて放った。
しかしジェイルの放つ爆弾により、気弾は呆気なく相殺される。
そして爆風の中から飛び込んで来た爆弾がマサキに命中し、炸裂する。
「がはっ!」
これがもし万全な状態であれば、爆発など大した攻撃でもなかったはず。
しかし満身創痍の2人にとっては、たとえ小さい攻撃だとしても重傷になり得るリスクがあった。
「アハハハハ! アンタ達もうボロボロなんだし、ここは潔く私の炎で塵になった方が身のためよォ?」
ジェイルはマガツ達を嘲笑し、クルクルと杖の先で円を描く。
すると杖の先に野球ボール大の火球が現われ、周囲に蜃気楼を作り出す。
つい先程、ロックという男を骨ごと塵にした火球と同じ魔法だ。
ジェイルは恍惚とした表情を浮かべ、満身創痍のマガツ達に向かって自慢する。
「アタシの炎魔法は、ただの炎魔法じゃあない。
言うとジェイルは、先程の野球ボール大の火球を放った。
「そして、私の放った炎魔法であれば、いくらでも温度を上昇させることができるッ!」
瞬間、マガツの目の前まで接近した火球は急激に膨張し、巨大な火柱を生み出した。
「ぐっ!」
マガツは咄嗟に両腕で防御するが、火柱の絶大な火力と衝撃波に押し返され、呆気なく吹き飛ばされる。
それでもジェイルの攻撃は止まることを知らず、彼女は杖を巧みに扱い、次から次へと火球を放つ。
杖を振る様はまるで大楽団規模のオーケストラを動かす指揮者のように繊細で、しかし降り注ぐ火球が奏でる音楽は怒り狂う神のように猛々しい。
「キャハハハハ! もっとよ、もっと燃えちゃえ♡ 《軻遇突智神・
火球の猛攻撃は更に激化し、上空から無数の火球が降り注いでは、周囲の民家を、土を、空気を焼いていく。
マガツとマサキは降り注ぐ火球を回避しつつ、ジェイルの隙を伺う。
しかしジェイルは上空。対するマガツとマサキは地上。
敵を叩くためには、上空からジェイルを引きずり下ろす必要があった。
(畜生。周りの家が崩壊している今、空の魔女っ娘のところに辿り着くのは無理がある。それにマサキとオーマから受けた消耗も激しい。避け続けるにしても、いつまで持つか――)
現状、2人は空を飛ぶ能力を持っていない。自前のジャンプ力を以てしても、ジェイルには届かない。
そうしている間に、無数に放たれた火球は民家だった瓦礫を飲み込み、火の海と化していた。
炎の温度は体感でも1000度は超えている。
完全に炎に包囲された戦場には乾いた空気が充満し、酸素も薄くなっていく。
「チッ、これでもう逃げられねえってワケか」
「それに、このままジェイルが上空にいたら、ボク達が一方的に追い詰められるだけだ」
休みのない連戦でお互いに消耗している今、ジェイルの攻撃を耐久することは不可能に近い。
まして今まで戦闘に参加していなかった分、ジェイルのコンディションは最高潮。
地上戦を得意とするマガツとマサキにとって、遠距離型は圧倒的に不利。
「無駄無駄ァ♡ アンタ達じゃあ空を飛べるアタシには到底及ばない♡ そろそろ無駄な抵抗するのもやめて、塵になってよ♡」
ジェイルは狂った笑みを浮かべ、無意味に抵抗するマガツ達を嘲笑する。
「それとも、後ろで固まってる魔族から先に殺しちゃおうかしら♡」
言った次の瞬間、マガツは後ろを振り返る。
そこにはセツナとナユタ、そしてウイロウがいる。
ジェイルはマガツ達からターゲットを変え、無抵抗のウイロウ達を狙った。
「やめろォォォォォォォォォォ!」
瞬間、マガツは地面を強く蹴り込み、決死の大ジャンプを決める。
そして右手にありったけの魔力を集中させ、木のツルのようなものを出現させた。
「《
マガツの腕から生えたツルは、そのままジェイルのホウキに巻き付いた。
「ま、マガツ……ッ!」
必死だった。ウイロウ達を守るためにも、他の手段を選ぶ暇などなかった。
だが無理が祟り、マガツは口から大量の血を噴いた。
余分に魔力を消費し、肉体に多大な負荷がかかったのだ。
「させねえぞ、嬢ちゃんよぉ……! それだけは、俺が絶対に許さねぇ……!」
たとえ相打ちになろうと、国民だけは命に替えても守り抜く。
セツナとナユタと約束したのだから。彼女達を、必ず幸せにしてみせると。
その約束を果たすために、彼女達と1人の少年から大切なものを奪ったジェイルを倒すと。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
マガツは生み出したツルを登り、ジェイルに接近する。
そのままホウキから引き摺り下ろし、地上戦に持っていく。
作戦なんてものはない。ただがむしゃらに、国民を守りたいという一途な想い一つで突っ込んでいく。
「無茶だマガツ! 考えなしに突っ込んだら――」
「まんまと引っかかってくれたわね、おバカさん♡」
しかし、ジェイルは嗜虐的な笑みを浮かべ、登ってくるマガツに杖を突き付けた。
杖の先からはグツグツと煮えたぎる真っ赤な火球が現われ、それは見る見るうちに膨張していく。
距離にしてほぼ数センチ。今更避けることなど、不可能だった。
「な――」
「魔法使い相手に考えもなく接近するなんて、自分から『殺してください』って懇願するようなものよ♡」
そうしている間にも、火球は膨張を続けていく。
魔法使いは基本的に遠距離型の戦法を取る。現代の兵器で例えると、銃使いのようなもの。
対して近接戦闘を主とする人間が、無謀にも銃使いに突っ込めばどうなるか。
答えは明白。至近距離で銃弾を撃ち込まれ、死ぬ。
(今ツルから手を離せば、至近距離での被弾は避けられる。だが手を離したとして、この火球の行き先はどこになる?)
唇を噛みしめ、マガツは必死に考える。
(俺に打ち込むのか? それともウイロウ達か? 少なくとも折角接近できたチャンスを捨てるワケには行かねえ……!)
ジェイルがどこを狙うか分からない以上、下手には動けない。
だが足踏みしている暇も無い。
「やれるもんならやってみろよ、嬢ちゃん」
マガツは一歩踏み出して、ジェイルのホウキを掴んだ。
「なっ、アンタ正気⁉ こんな距離から魔法を喰らうって言うのに――」
「その程度の脅しで退くほど、俺は骨なしチキンじゃあねえよ」
「っ! 焼け死ねッ!」
マガツのお望み通り、ジェイルは炎魔法を放った。
だがそれと同時に、マガツもまた底力を振り絞って、空中でホウキを振り回した。
すると、バランスを崩したジェイルはそのまま地上へ落下し、魔法が暴発する。
ジェイルの魔法はマガツに直撃し、手にしていたホウキ諸共火ダルマと化す。
「マガツ――――――ッ!」
マサキの叫び声が、夜空の闇の中に消えていく。
火ダルマと化したマガツは何も言わぬまま地に墜ち、炎の中に黒い影を落とす。
「ぐ、ぐぅ……! 不覚を取ったわ……」
しかし振り落とされたジェイルは立ち上がり、背後で炎に包まれているマガツを見ると、深く深呼吸をして笑った。
「でも、やっぱりいい臭い♡ でももっと、もっとこの臭いを楽しみたいわ♡」
するとジェイルは奥にいるウイロウ達に視線を移し、火球を生み出した。
「アタシを楽しませなさいッ! 《軻遇突智神・
火球は一瞬にして隕石と見間違う大きさに成長し、マグマのように煮えたぎった炎が、ボコボコと音を立てて破裂する。
喰らえばひとたまりもなく、瓦礫や人間は蒸発し、焦土と化す。そこには塵一つ残らない。
「ジェイル、もうやめろ! こんなことをしても、意味が無いッ!」
「無駄よマサキ。魔族に手を貸した裏切り者の言葉なんて、カビたパンの欠片より価値がないわ」
マサキは声を荒げてジェイルを説得する。仲間としての、最後の賭けだった。
しかしジェイルは呆れため息を吐き、無慈悲に火球を放った。
火球は周囲の空気を乾燥させながら、ウイロウ達のもとへ飛んで行く。
「アハハハハハハハハ! さあ、ぜーんぶ燃えてなくなっちゃえ!」
ジェイルは狂気に満ちた笑みを浮かべて叫ぶ。
――しかし、その時だった。
「嬢ちゃん、火遊びするとおねしょをするって、ママから教わらなかったのか?」
背後から声が聞こえてきた。
ジェイルが振り返ると、果たしてそこにあった黒い影は、ゆっくりとこちらに近付いてくる。
「は? 嘘、あり得ない……あの業火の中で、どうして生きて――」
驚き硬直するジェイルをよそに、炎の中の男は叫ぶ。
「ウイロウッ! ちょいと負荷かかるかもしれねえが、力を貸してくれッ!」
するとウイロウはため息を吐き、瓶底メガネを外しながら呟いた。
「やれやれ。本気を出したばかりだというのに、本当に人使いが荒い」
そう愚痴りつつも、ウイロウは両拳に魔力を集中させ、深呼吸をする。
精神統一、明鏡止水。火球が迫ろうと、体が燃え上がりそうな熱気が迫ろうと、ウイロウは動じない。
そして、カッと目を見開くと同時に、ウイロウは両拳を突き出し、魔力を解放した。
「ハァーーーーーーーッ! 《冰龍極正拳・
次の瞬間、ウイロウの目の前に巨大な雪の結晶が現われた。
それは巨大な氷の壁となって立ち塞がり、火球の勢いを殺す。
火球は氷を溶かし、じわじわと壁を押し込んでいく。
「くっ……さっきの闘いで、魔力を使いすぎたかも……」
次第に薄くなっていく氷の壁に、ウイロウはつい弱気になる。
しかし、背後で震えていたセツナとナユタは互いに顔を見合わせ、肯き合うとウイロウの背中を抑えた。
「あ、アナタ達……」
「ウイロウさん、私たちにも、手伝わせてくださいッ!」
「ナユタからもお願い! わたしも、このまま震えてばかり、守られてばっかりはもう嫌なんです!」
2人の真っ直ぐな意思を感じ取ったウイロウは、静かに笑みを浮かべた。
そして同時に、恐怖を克服した2人に思った。
(この子達、ワタシの想像以上に強くなるかも。こんな伸びしろを見せられたら――)
「仕方ない。こんな所で弱気になんて、なってられないアル!」
ウイロウ自身気付いていなかったが、この時彼女は無意識に「アル」と叫んでいた。
それが功を奏したか、ウイロウは有り余る魔力を全て解放し、ジェイルの火球を押し返した。
やがて火球の勢いは急激に低下し――
――キュォォン! 奇妙な音を奏でて上空で爆発し、火球は消滅した。
「ば、馬鹿な……アタシの技を、防がれた……⁉」
必死の攻防の末、魔力を使い果たしたウイロウは疲れ果て、その場に倒れ伏した。
「……ウイロウ、流石はデザスト達を守っただけはある。相当なガッツの申し子じゃねえか」
そんなウイロウを称えながら、黒い影は炎の中から姿を現した。
男の正体に気付いた瞬間、マサキは目を丸くして驚き、彼の名を叫んだ。
「ま、マガツ! キミ、生きていたのかッ!」
「さーて嬢ちゃん、火遊びの落とし前、たっぷりと付けて貰おうじゃあねえか」
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