第5話 百鬼夜行~アヤカシ族の大暴動~

「――きろ! 起きろ、この異世界人っ!」


 耳元で、ガンガンと金属製のものを叩き付けるような音が響く。


 その音に、マガツは目を覚ます。


 すると、一体いつの時代の起こし方なのか、そこには中華鍋とお玉を持って、やかましく音を立てるデザストの姿があった。


「うゥるせぇ! ガンガンガンガンガンガンガンガン、鼓膜破れるわっ!」


「ふんっ、貴方の鼓膜がどうなろうと知ったことではありません。むしろ、これで起きなければ、聴覚ごと五感を全て奪うつもりでしたのに」


 デザストは言って、残念そうに肩を落とす。


「まあ恐ろしい! 悪魔かお前は!」


「悪魔ですわよ? サキュバスですもの」


「そんな五感まで奪う鬼畜サキュバスが居てたまるか! 悪夢はご所望じゃあねえんだよ!」


 きょとんととぼけるデザストに、マガツはついついツッコミを入れる。


 シャトラとのレクシオン対決、飲まず食わず、そして寝ずで挑んだ激戦から三日。約72時間睡眠を経てからの寝起きにしては、切れ味抜群なまでに復活した勢いであった。


「それよりも、ですわ……」


 ツッコミをスルーして、デザストは柱のように山積みにされた資料の束をドン! とマガツの前に置く。


 そして、魔法で一番上に載っていた紙を浮遊させ、ひらりとマガツに手渡す。


「えっと、これは……」


 そこに書かれている文字はルーン文字のようなもの。


 しかしマガツは自然と大帝から継承したスキルを発動しているのか、その文章を普通に読むことができた。


 その内容は、国民から送られた数多の要望や事業に関するものだった。


「ブランク大帝が行うはずだった、国民からの事業許可など、山のように溜め込まれた資料でございますわ」


「見りゃ分かる。てか、二度と見たくなかったし、俺の知っている“山積みの資料”なんてレベルじゃあねえぞ、これは」


 マガツの記憶にうっすらと浮かび上がるのは、ブラック企業勤務時代に押し付けられていた資料の山の姿。


 戦闘員になった頃からも、時折「今日中に全部やれ」とほぼ残業確定宣告をされながら資料を追加されまくる、地獄のような悪夢を見るほど、トラウマになっていた。


 そして今、目の前にそびえ立つのは、悪夢で見た資料の山が霞むほどの資料の山。もとい山脈。


 言うなればまさに、バベルの塔。


 戦闘員として身体改造されたために、ある程度一般人以上に能力が上がっているマガツを以てしても、それ全てを今から片付けるのは、空想科学設定を以てしても無理に等しい行為であった。


「後継者なのですから、ちゃーんと引き継ぎ作業はしませんと。ですわよね、?」


 嫌味を言うように、デザストは笑顔で強い圧を放つ。


「だがまあ、国を運営するってのはこれくらい大変ってことだよな。だったら、“嫌だ”とは言ってられねえし――」


 骨は折れるが、やるか。


 そう言って、マガツが大きく背伸びをした瞬間だった。


 ――ドゴォォォォォォォンッ!


「ほぇ?」


 テラスの先で、大爆発が発生した。


 振り返ると、城下町の方から黒煙が上がっているのが見える。


「なな、何だ今度は!」

 

 続けて、玉座の間にガーゴイルの男が現れた。アヒルのような嘴に、頭に角を携え、背中から羽を生やしたブランク帝国の警備兵である。


 ガーゴイルの男はデザストの前に跪くと、城下町で起きている状況を説明した。


「申し上げますッ! 城下街で、アヤカシ族の民が暴動を起こしております!」


「なんですって!? ああもう、次から次へと、下手をすればこの国は滅びかねないというのに……!」


 報せを聞いたデザストは、追加された仕事の大きさに頭を抱える。


 その様子に、シャトラはそっと彼女の背中をさすりながら声をかける。


「デザスト、落ち着くなの」


「落ち着いていられませんわ、お嬢様! 大帝亡き今、この国からは法律が消えたも同然、最早無法地帯もいいところで――」


 その時、デザストに電流が走った。


 大帝が死んだことにより、この国を治める者がいなくなった。それによって、今この国では国民による暴動が起きている。


 しかし、大帝が死んだとはいえ、その玉座が“空席”になったワケではない。


「閃きましたわ、こういう時は……」


「ん? お姉さん、どうして俺のことを見てるのかしらん?」


 あることを閃いたデザストは、じっとマガツの方を向く。


 その表情は先の疲弊しきった表情から打って変わって、とても清々しく、スッキリしたような表情に変わっていた。


「マガツ様、今この時こそ王として、暴動を止める刻ですわ!」


「えっ、俺がやるの!? てか態度急変してね!?」


「はて、マガツ様は一体何をおっしゃられているのか?」


 デザストはとぼけた口調で言い、あざとく首を傾げる。


「まあいいや。因みに、その暴徒ってーのは何人ぐらいの――」


「ざっと200名、このまま放置すれば、怪我人が出る大事になるかと……」


 ガーゴイルの男は、困った様子でマガツの方を見つめながら答える。


 だがマガツはこの状況を未だ飲み込めず、硬直していた。


(200人の暴動って、まずそもそもアヤカシ族ってのが何者で、オッサンの代で何してた奴らかも知らねえのに、どう治めろってんだ?)


 被害を最小限に抑えるためにも、暴徒を放っておく訳には行かない。


 しかし、民からの信頼が必要不可欠である以上、武力行使で黙らせることはまずい。


 と、その時だった。


「マガツ、もしかしたらこれ、チャンスかもなの」


 シャトラはマガツの袖を引きながら、そう言った。


「チャンスぅ? どう見てもピンチでしかねえだろ、レクシオンで言ったらチェックされたも同然だぞ?」


「ううん。チェックから逆転して、チェックメイトする方法、あるなの」


「けど200人だぞ? しかも、アヤカシ族とか全員初めましてだしよぉ?」


「発想の逆転なの。ここを乗り越えて、アヤカシ族を納得させたら、信頼が手に入るなの」


 信頼。それは今、マガツが最も欲するものであった。

 

 形こそ見えないが、国民からの信頼を得ることで、自分が王に相応しいという承認を得ることで、マガツは初めて魔王となれる。


 暴徒の沈静化と、一見無理難題のように見えるが、それを真摯に受け止め解決した暁には、200人の暴徒からの信頼が得られるかもしれない。


「シャトラ、やっぱりアンタ天才だな! そうと決まれば、早速このマガツ=V=ブランクが、奴らの邪魔をしてやろうではないかッ!」


 言うとマガツはシャトラの頭を撫で、助走をつけてテラスから飛び出した。



 ***


「ここを通せ! 城になら食料はあるはずだろッ!」


「やめろ、見苦しいぞッ! こんな時に暴れていても、どうにもならないッ!」


「黙れ芋野郎! 大帝は勇者共に殺されたんだろぉ?」


「ならテメェの身はテメェで守るまでだ! どうせこの国はすぐに滅ぶんだからよぉぉぉ!」


 バザールや音楽団の演奏で賑わっていた城下町は、今では殺伐とした空気と、怒りと不安に取り憑かれた暴徒達の声が響く戦場と化していた。


 城の前では、額から角を生やした鬼のような亜人――アヤカシ族と、彼らを止めに駆り出された兵士達が集まり、殴り合いの大合戦を繰り広げていた。


「もう我慢ならねぇ! 今まで大帝様に免じて見逃していたが、テメェらの方が格下だろうが、悪魔族の犬共がよぉッ!」


「やめろと言っているだろ! 今城内にある食料も僅か、貴様らが奪えば、多くの種族が絶滅するぞ!」


 アヤカシ族は悪魔族の兵士を殴り、罵倒し、怒りに雄叫びを上げる。


 まさに無法地帯。明日を生きるための活力を求めた者達の闘いは、混沌を極めていた。


「ちょ~っと待ったァァァァァァァァァァァァァッ!」

 

 その時、魔王城のテラスから、黒いスーツを纏った男が飛び込んできた。


 言わずもがな、マガツである。


「なんだテメェ? ニンゲンか? どこから入りやがったァ!」


「おどれドコの国のもんじゃァ!」


 突然割って入ってきた男、マガツに、アヤカシ族の男達は睨みを効かせて彼を囲む。


 よく見れば、中年っぽいアヤカシ族の男達の顔には大きな古傷が付いており、その眼光もドス(日本刀の長脇差)のように鋭く、マガツの背筋に冷たい何かが伝う。

 

 だが、それでも彼らの暴走を鎮めるため、マガツは咳払いと共に、覚悟を決めた。


「フハハハハ! よくぞ聞けぃ、アヤカシ族の者共よッ!」


「あぁん?」


「我が名はマガツ=V=ブランク。ブランク大帝の後継者にして、この世界を征服する者ッ! そしてェ……」


 大きく息を吸い込み、ここで自分なりの決め台詞を叫ぶ。


 心の中で何度もその言葉を復唱し、遂にマガツは叫んだ。


「このブランク帝国を支配す――」


「うるせェッ!」


 その瞬間、言葉を遮ってアヤカシ族の拳が炸裂した。


「のべらッ!?」


 マガツは呆気なく殴り飛ばされ、地面に倒れ伏す。


 だがすぐに立ち上がり、男達に物申そうと近付いていく。


「おいお前ら! 人が名乗り口上してる時と、ヒーローが変身する時は攻撃せずに待つのが常識だろうが!」


「な~にが常識だ、ニンゲン! んなもんはなァ、大帝サマが勇者に殺された時に崩壊したんだよォ!」


「こうなった以上、自分の身は自分で守るしかねえってんだ!」


 リーダー格の男達に続いて、アヤカシ族の暴徒達は「そうだそうだ!」と声を上げる。


 更に、前線の男達は指の骨を鳴らし、細く息を吐く。


「おいおい、暴力かぁ~? ちょっと待てよ、一旦落ち着けっておっさん! な、話せば分かるから――」


「ええい問答無用ッ! このニンゲン風情が、大帝の後継者騙ろうなんざ百年早いわァ! テメェら、いてこましたれェ!」


 その瞬間、周りで暴れていたアヤカシ族達は一斉にマガツの方を向き、うおおおおっ! と攻撃を開始した。


 マガツは慌ててそれを避けるが、戦況は1対200。マガツ一人で全てを対処することは、ほぼ不可能にも近かった。


「あだっ! オイ、やめっ!」


「テメェが魔王だなんて、誰が信じるってんだ! このっ、タコがァ!」


 なんとか攻撃をいなし、アヤカシ族の包囲網から抜け出しても、再び男達の洗練された動きに翻弄され、再び殴られる。


(くそっ、なんだコイツら! 全然大人しくしねえどころか、攻撃して来やがる……!)


「チッ……こうなりゃ仕方ねぇ……! せめて殺さない程度に手加減して……」


 このままでは自分の身が持たない。危機感を覚えたマガツは、苦渋の決断をする。


 体中に流れる、血液とは違うエネルギーの流れを感じ、それを掌に集中させる。そして、脳内にイメージを描く。


(殺さずに、そして血が登った野郎共の頭を冷やす……ひとまず、やるっきゃねぇッ!)


 脳内に描いたのは、全体を痺れさせ大人しくさせる範囲魔法。


 その時、一瞬脳裏にゲームのウィンドウのようなものが現れる。


『ユニークスキル《伊弉冉神》の能力を発動します』


 刹那、その魔法の名が現れた。


 マガツはそれを瞬時に暗記し、叫ぶ。


「頭を冷やせッ! 《神鳴かみなり火雷ほのいかづち》ッ!」


 その瞬間、掌に溜まったエネルギーは地面へ流れ、放電と共に無数の雷を放った。


 それは地を伝ってアヤカシ族達の身体を駆け巡り、感電という形で彼らの動きを止めた。


「「あびびびびびびびぃッ!」」


 更にその雷の力はマガツの身体にも逆流し、ビリビリと熱く鋭い痛みが襲いかかる。


「あばばばばばばばばばばっ!」


 やがて雷は地面に吸い込まれるようにして消え、電撃によって気絶したアヤカシ族達がその場に転がる。


「……ふぅ。結局力でねじ伏せちまったが……起きたら、まずはリーダー格っぽいオッサンと面談だな」


 しんと静まり返った城下町の中で、まずマガツが起き上がる。


 だがそれに続いて、アヤカシ族の中から、仮面を被った若い男が立ち上がった。


「このままでは済まさぬ……! それがし、漢として、アヤカシ族の先祖のために……! 死んでも、死にきれぬッ……!」


「嘘だろ? まあ、死んでないからいいんだが……」


「おのれニンゲンめ……! オマエは某、漢オーマが倒すのですッ!」

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