第20話 マンドラゴラってなんの草?

 バザール近辺までやって来てから少し経って。


 マガツとオーマは、レイメイから託されたメモを見つつ、解毒薬の材料となるアイテムを探していた。


「えーっと、コイツがヨクキキ草? それで、マンドラゴラは……」


 二人がいるのは、バザールの中腹辺り。そこで、フードを被った魔族の男が野菜を売っていた。


 籠には収穫したてのヨクキキ草など、様々な野菜が並んでいる。


 例えばアボカドのような形をした果実、例えばキャベツのような玉型の野菜、例えばほうれん草のような葉野菜――これがヨクキキ草だ。


「うむ……ここにマンドラゴラはないようですな……」


「そうなのか? っていうか、マンドラゴラって何なんだ?」


 そもそも、マガツはマンドラゴラのことを知らなかった。


 オーマは一瞬驚きながらも、しかしうーんと唸り、マンドラゴラが何かを説明した。


「マンドラゴラは赤子のミイラのような形をした根菜です。その効能は精力増強や長寿など様々ですが、引き抜くと精神に凄まじいショックを与える叫び声を挙げる、危険な作物でございます」


「あー、やっぱりそういうヤバい奴なのか」


「おや、マガツ殿、やっぱり知っているじゃありませぬか」


「ああいや、俺の想像と違う奴がお出しされる気がして、一応な」


 マガツは言いながら、オーマから聞いた情報を追加したマンドラゴラを思い描く。


 根菜、そこから連想して人参のような形で、赤子のミイラのような形をしている。


 そして引っこ抜くと、精神に凄まじいショックを与える悲鳴を挙げる。


 結果として誕生したのは、赤子のミイラのような人参だった。


(やっぱり、かのJ.K何たら先生の超大作に出てくるような“アレ”で間違いないようだな……)


 心の中で言って、マガツは一人勝手に納得する。


 とはいえしかし、イメージが付いたからといって、出店にマンドラゴラが現れるワケではない。


 ないものは、ない。


「すみません店主殿、マンドラゴラは、本日は入荷していないのでしょうか?」


 考え込んでいると、オーマが店主に訊いた。


 すると店主は少しだけ顔を上げ、オーマを見つめながら答えた。


「悪いな兄ちゃん。そいつなら、今日はもう品切れだ。アンタらの前に、オークの婆さんが買っていった」


「なんとっ! それを5体ほど買いたかったのですが、やはり……」


「無理だな。ウチで売ってるのは、他だと……乾燥ゾンビタケぐらいだ」


 そう言って、店主は徐に小さな麻袋を取り出す。


 麻袋の口は乾燥させた藁の組紐で綴じられている。しかしそこから、いかにも危険そうな死の香りが漂ってくる。


「うわぁ! 都合良くゾンビタケ手に入ったァ! 親父、そいつをくれっ!」


「ああ、一袋1万ゼルンだ」


 1万ゼルン。この世界共通で使われている貨幣の名称である。因みに、1万ゼルンを日本円にすると約2万円に相当する。


 マガツはその金額に打ち震えながらも、レイメイから託された金貨を1枚、店主に手渡した。


「これで後は炭素やアンモニアなどの元素と、アークスパイダーの目玉、そしてマンドラゴラだけですが……」


「マンドラゴラ以外なら、他の店で買えるだろうが、そうだな……マンドラゴラはもう農場で買っちまった方が早いかもな」


 店主は独り言を呟くように言って、葉巻に火を付ける。


 それからは、マガツ達と会話をしようとはしなかった。この一服が取引終了の合図なのだろう。


「ふむぅ……農場へ行けと言われましても、某もどこにマンドラゴラ農場があるのか知りませぬぞ?」


「親父め……とんだ無茶言いやがるぜ全く……」


 二人は困り果てながらも、手に入れた材料を抱えてバザールを練り歩く。


 と、その時だった。


「あ、マガツなの」


「むむっ、その女神様のように麗しく、ついつい昇天してしまいそうなほど美しいこの声は……」


 オーマは長々と語りながら、後ろを振り返る。続いて、マガツも振り返る。


 そこには、シャトラとデザストがいた。その隣には、焼き菓子屋が開かれている。


 二人は焼き菓子の入った紙袋を手に持っており、取り出した焼き菓子からは甘い香りを乗せた湯気が上がる。どうやらついさっき、焼き菓子屋で買ってきたものらしい。


「あらあら、マガツ様じゃありませんか! こんな所で、おサボりですか?」


 デザストは言いながら、手にした焼き菓子を頬張る。


「サボりじゃあねえ! ってかお前こそ、こんな所で何をしているんだ!」


「何って、シャトラ様がご無事だったので、お散歩に同行している次第ですわ」


「それで、ここの焼き菓子が子供達に人気みたいだから、食べに来たなの」


 デザストに続くように言って、シャトラも焼き菓子を頬張る。


 焼き菓子の中にはクリームがたっぷりと詰まっており、老若男女問わず愛されているそうな。


 そんな美味しそうな焼き菓子を頬張るシャトラの表情は、素の状態から全く変わらず、そこから感情を読み取ることができない。真顔のままである。


 しかしシャトラは、真顔でもきゅもきゅと焼き菓子を食べている。その様はまるでハムスターのようだった。


「シャトラ、それ美味しいのか?」


「おいしい。でも、マガツにはやらないなの」


 言うとシャトラは、ジトーッと目を細めてマガツから紙袋を遠ざける。顔に出ていないだけで、誰にもあげたくないくらい美味しいらしい。


「マガツ様、お嬢様といえまだ子供ですわよ? 子供からお菓子を貰おうなど、恥知らずもいいところですの」


「いや、別に欲しいとかじゃなくてだな……」


 一方のデザストも、マガツに冷ややかな視線を向けながら、モグモグと焼き菓子を食べている。こっちはどちらかと言えばシュールな光景だった。


 デザストはその冷たい視線を、今度はオーマの方に向け、


「ところで、そちらの仮面をしているのは……どなたでしたっけ?」


 と静かに言った。


 次の瞬間、オーマの腹にグサリとドスのようなものが突き刺さった。恋心を抱く相手――デザストからの辛辣な「どなた」という言葉の槍である。


 しかしオーマは必死に涙を堪え、改めて名乗る。


「そ、某はアヤカシ族のオーマ。アヤカシ族一の武士にして、そしていつしか、マガツ殿直属の幹部となる漢です!」


「ん? ああ、ヨルズ帝国の軍に捕まっていた時、助けてくれた! 思い出しましたわ!」


 やっと記憶が繋がったようで、デザストはぽん、と自分の掌に握りこぶしを落とす。


 が、それも束の間のこと。


「それで、マガツ様と一緒に何を?」


 さっきので話は終わったのか、デザストは食い入るように圧をかけながら訊く。


 それ以上は、ショックのあまりオーマが切腹をしかねなかったので、マガツが代わりに答える。


「実は斯く斯く然々、地デジ化デジカメって感じで……」


「なるほど。レイメイ様のお使いで、マンドラゴラを買いに。けど売っていなかったから、農場へ行こうと」


 事情を訊くと、デザストは理解した風に肯き「それなら……」と空の紙袋を千切り、どこからか取り出した筆でサラサラと簡易的な地図を書く。


「では、こちらのルートなんて如何でしょうか?」


 それは普通に売り物として出してもいいほど綺麗で、非情に分かりやすかった。


 デザストはそれをマガツに手渡し、自慢そうにドヤ顔を見せる。


「おおおおおっ! デザスト、お前すげぇなぁ! 見てみろよオーマ、これ!」


「なんとッ! この近辺の施設に関する情報だけではなく、農場までの最短ルートまで!?」


 その美しいまでに完成された地図に、オーマも憧憬の眼差しを向ける。


「フッフッフ。なんたって、私はエリート侍女ッ! ブランク大帝のお役に立つため、この国に関することは全て暗記しましたの!」


 言うとデザストは「オーッホッホッホッホ!」と高らかに笑った。どことなしか、その鼻はかの童話「ピノキオ」のように高く伸びている。


「デザスト、分かりやすく調子に乗ってるなの」


「ですがこんな短時間で地図を描くなど、まさに神業ッ! そこに痺れる、憧れまするぞォ!」


 オーマは興奮で鼻息を荒くしながら、デザストを持ち上げる。それに便乗して、更にデザストの鼻が伸びる。


 がしかし、その時だった。


「あ、こらお前達! と、止まれ、止まってくれぇぇぇぇ!」


 どこからともなく、男の情けない声が聞こえてくる。それに続いて、ドドドドド、と何かが全力疾走する音が聞こえてくる。


 後ろを振り返ると、果たしてそこには――


「誰かぁぁぁぁぁ! と、止めてくださいぃぃぃぃぃぃ!!!」


「は、ハァッ!? んだありゃあァァァァァァァァァ!!!!!!!!」


 土埃を挙げながら、ダチョウのような鳥の群れが走ってくるではないか。


 その数は3羽。それらが仲良く大きな荷車を引き、何も考えていなさそうな顔で猪突猛進する。いや、この場合は〈鳥突猛進〉と言うべきだろうか。


 それだけでも訳の分からない状態だというのに、よく見ればその奥に、泥のついたオーバーオールに麦わら帽子を被った豚頭――オーク族の男がいる。彼は息を荒げながら、必死に鳥たちを追いかける。


 と、状況を説明している間も、暴走する鳥達はただただ一直線に突進する。


「オーマ、二人を遠くに避難させてくれッ! ここは俺が食い止めるッ!」


 このままではシャトラとデザスト、そして近くにいる魔族の子供にも危害が及ぶ。


 最悪の事故を危惧したマガツは、咄嗟に薬の材料をオーマに投げ渡し、鳥の前に立ちはだかった。


「わわっ! む、無茶でございますマガツ殿ッ! 今からでは最早間に合いませぬ!」


「だとしても、こんな暴走列車を放置出来ねえだろッ!」


 マガツは叫び、確実に、被害を最も最小限に抑える技を考案する。


 その間、僅か0.1秒。白魔法の進化スキル――《伊邪那岐神》の技を発動した。


「《伊邪那岐神・不動之蔓草ふどうのつるくさ》ッ!!」


 次の瞬間、マガツは魔力を溜め込んだ両掌を地面に着け、一気にそれを解放する。


 刹那、地面に宿った魔力は葡萄の蔓となって急速に成長し、やがて鳥の脚と胴体、そして荷車の車輪に絡みついた。


 ――グエェェェ!


 突然足止めされた衝撃で、鳥の口から丸い石のようなものが飛び出す。


「うわぁっ!」


 鳥の口から飛び出した石は、プロ野球投手が放った剛速球のように直進し、デザストの顔スレスレを通って、偶然バザールを通りかかった魔族の大工が振り返り、手にしていた木材がバット代わりにそれを打ち上げた。


 石はそのまま打ち上げられ、ブランク帝国の壁を越え、空の彼方へと飛び去って行った。ブランク帝国が大きな球場だとするならば、場外ホームランである。


「きゃあああああ!!!」


 しかし同時に、顔を横切られたデザストは時間差で驚き、うっかりオーマの方へと転ぶ。


 刹那、デザストと衝突したオーマは体勢を崩し、手にしていた材料と焼き菓子を空へばら撒いてしまった。


「しまったぁぁぁ!!!」


 オーマは慌てて材料を受け止め、無事に回収することに成功した。ただ一つ、デザストに押し付けられた焼き菓子を覗いて。


「あ……」


 シャトラは声を漏らし、天高く飛び上がった焼き菓子を目で追う。


 焼き菓子はふわりと宙を舞い、オーマは落とすまいと必死に腕を伸ばす。しかしあと数ミリメートルといった所で、焼き菓子はオーマの手を素通りして――


 ――グチャッ。


 デザストの顔に、焼き菓子が落下した。しかも、中に詰まっていたクリームが食べかけの位置から破けて広がり、デザストの顔は一瞬にしてクリーム塗れになってしまった。


 この情報量で、二秒と少し。無事に鳥の暴走を止めることにはできたが、しかし、デザストだけは大惨事になっていた。


 静寂が走る。嫌なまでにしんとした静寂だった。


「あー、デザスト様……そのー……」


 静寂の中、オーマが恐る恐る声をかける。だがデザストは顔を隠したまま動かない。


 無理もない。あれだけ得意に笑い上機嫌だったのが、突然現れた鳥の群れによって台無しにされてしまったのだ。それどころか、不幸の連鎖でまだ半分も食べていない焼き菓子を失い、それを顔面でキャッチした。


「デザスト、元気出すなの。シャトラの、食べる?」


「大丈夫です……うう、これではお嫁にも行けませんわ……」


 デザストは言って、より丸く縮こまる。身長170センチ以上はある長身の美女が丸くなる姿に、一行は言葉を失う。


「ものいっそ私、貝になりたいですわ……」


「オイオイ、これ相当参ってるんじゃあないか? デザスト、その、今度なんかご馳走するから……」


「どうせならダイヤモンドみたいな真珠になりたいですわ」


「自己評価高いなあ!」


 マガツは思わず突っ込んだ。しかしデザストの弱音は止まることはなく、完全に気分が落ち込んでしまっていた。


 その時、ゼーハーと肩で呼吸をしながら、オーク族の男がマガツの前に現れた。


「はぁ、はぁ。マガツ様、本当に申し訳ございません! この不始末は、どど、どのように……」


「わああ! お前も落ち着けェ! 収集が着かなくなるッ!」


 マガツはオークの男に言うと、一旦大きく深呼吸をして心を落ち着かせた。


 と、そこでマガツはふと、既視感を覚えた。


「あれ、アンタ……」


 豚鼻に折れ曲がった形の可愛らしい耳。口から生えた一対の牙。そして筋肉が程よく付いたふくよかな身体。


 その外見がオークの標準的な見た目なのだろう。だがマガツは、彼の姿に見覚えがあった。


「えっと確か貴方は今朝の……まさか!」


「アンタ、レイメイん所に居た!」


 今朝、爆発事件が起きてすぐ、研究所から逃げるように立ち去ったオーク族の男。


 丁度その時、偶然にもマガツと衝突した彼だったのだ。

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