第21話 カンペキという名の呪い

「成程、じゃああの時、この鳥が暴走したのは、変な石を食ったからってことか」


「恐らくですが、気に入ったのでしょう。私に奪われたくないからと、仲良く走り去って……本当に、助けて頂き、ありがとうございます」


 ポルク。オーク族の男はそう名乗った。


 泥の付いたオーバーオールに、通気性の良さそうな麦わら帽子。マガツと同じ体幹で、その上に大きめの肉布団を羽織らせたように割腹が良く、しかし全てが筋肉で出来ているのか、肉感はとても堅かった。恐らく農作業で得た賜物なのだろう。


 そして、彼は今でこそ農夫らしい格好をしているが、今朝まではレイメイと同様、科学研究チームの一員だった。


「そんなワケで、暫くは両親の手伝いをしようかなあ、と」


「成程なぁ、仕事熱心でいいことだと思うぜ」


 マガツはあの後、オーマに材料の買い出しとデザストのメンタルケアを託し(オーマ自ら任せて欲しいと申し出た)、偶然出会ったポルクと共に、彼らが営む農場へと向かった。


 大人しくなった鳥車に揺られて1時間ほど。居住区を通過した先の小さな丘の上に位置する、オーク族の集落――農場に到着した。


 そこには言わずもがな、オーク族が集まって暮らしており、自然の知識を活かして作物などの栽培を盛んに行っているという。


 しかし――


「勇者が現れた際、この畑に火を放たれてしまいまして……」


 丘の上に広がる畑、いや今となっては“畑だった場所”だろう。青々と茂る若草に染まっていた広大な畑は、無惨なまでに真っ黒な焼け野原と化していた。


「嘘だろ……勇者が帝国を荒らし回っていたことは聞いていたが……」


 何もここまでする必要はないだろ。マガツは心の中で怒りを表し、右手を強く握りしめる。


「大切に育てた作物を焼き払われたのは悔しいですが。でも、ここからまた一歩、耕し直して復興に励む次第です!」


 ポルクはそう言って、笑顔を見せる。マガツはそれに笑顔を返し、優しく彼の背中を押した。


「まあ、無理はすんなよ?」


「励みになります、マガツ様」


 麦わら帽子越しに頭を掻き、ポルクは照れ笑いをする。


 と、ポルクは何かを思い出したように「あっ」と声を漏らし、マガツの方を向いて訊く。


「ところでマガツ様、我々の農場に用事があると申しておりましたが……」


「そうだった。実はレイメイからお使いを頼まれてな、マンドラゴラを5体ほど買いたいんだけど……」


 ダメ元で、マガツは恐る恐る訊ねる。


 バザールに置いていないのなら、直接農場で買えばいい。作物を売っていた店主はそう言っていた。


「マンドラゴラ、ですか……それですと……」


 在庫が少なくて――。ポルクの返事とほぼ同時だった。


「あるよ」


 声のした方を振り返ると、そこには杖をついたオークの老婆が立っていた。


 顔は干し梅のように皺くちゃで、瞼はだるんと垂れ下がり、一見立ったまま寝ているように見える。


 彼女の手には偶然にも、マンドラゴラと思しき根菜を抱きかかえていた。


 赤子のミイラを彷彿とさせる干からびた身体。人参の葉のように頭から生やした、若々しい緑の葉。


 そして耳を澄ませば、既に泣き叫び終えた後なのだろう、「ア……アア……」と小さく呻いている。


 まさに、マガツが思い描いていた通りのマンドラゴラであった。


 それを見た瞬間、マガツはバザールの店主との会話を思い出す。


 ――オーク族の老婆が買っていった。


 そのマンドラゴラを買っていったオークの老婆こそ――彼女だった。


「お、おっかぁ! 買い物ならオラが行くって言っただろ?」


 ポルクは鳥車の手綱を置き、慌てて老婆のもとへ向かう。


 と次の瞬間、老婆は持っていた杖を振り上げ、コツンとポルクの頭を叩いた。


「たわけが、客人に確認もせずいい加減なことを言うもんじゃないよ!」


「あだっ、わ、悪かったよおっかぁ!」


「して、そこのハンサムな殿方は誰じゃ?」


「そ、そうだおっかぁ! この方は、ブランク大帝様の後継者――」


「マガツ=V=ブランクです。まあ、まだ見習いではありますが」


 マガツは名乗り、老婆に会釈をする。


 すると老婆は「あらまあ!」と弛んだ瞼を見開き、マガツの手を握った。


「貴方が噂のマガツ様でございましたか! はぁ、有り難やぁ、有り難やぁ……」


「お、お婆さん。何もそこまで崇めなくても……」


「そういうわけにも行きませんのじゃ。ワシらオークが今日という日を生きていられるのも、魔王様が戦の渦中にあったワシ達をお守りくださったからこそ。ワシからすれば、神様も同然ですじゃ」


 老婆は言って、手を震わせながらマガツに祈りを捧げる。その様は本当に、マガツ自身が神になったかのようだった。


 いや元々、《八十禍津日神》というスキル名自体が神の名を冠しているのだから、あながち間違いではないのかもしれないが。


 すると老婆はポルクを振り返り、


「アンタも何をしてんだい! 早くマガツ様にマンドラゴラを持ってきなさい!」


 マガツに向けていた態度はどこへやら、厳しい口調でポルクを走らせた。



 ***



「お、お待たせしましたマガツ様!」


 老婆に招待された農舎で、彼女と世間話をしながら待つこと数分。


 老婆が夕飯の支度をするために戻ったのと入れ替わる形で、ポルクは3体のマンドラゴラを抱えて帰ってきた。


 しかしそれは、老婆が抱えていたものより形も悪く、頭の葉は燃えてしまっていた。


「すみません、今お出しできるものは最高でもこちらだけでして……」


 他は殆ど燃えてしまって、使い物になりませんでした。ポルクはそう付け加え、申し訳なさそうに俯いた。


「いや、十分だ。農場復興の為にも作物は必要だろうし、嬉しいよ。ところでいくらだ?」


 マガツは言って、素早く財布を抜き出そうとした。


 しかしポケットから財布が姿を現す前に、ポルクがそれを制止させた。


「お代は結構です、さっきの件のお礼もありますし。ただ――」


 ポルクはそこで言葉を切り、マガツの隣に腰を下ろす。


「ただ?」


 と、マガツは台詞を繰り返す。


 ポルクは少し考える素振りを見せてから、意を決して言葉を紡いだ。


「無礼を承知で、お願いします」


「無礼? 別に気にしねえってそんなの」


 マガツは言いながら胡座を掻き直し、ポルクの目をじっと見つめる。


 その言葉に、ポルクはゴクリと固唾を呑んで言った。


「レイメイ様を止めてください」


「レイメイを、止める?」


「その、どちらかと言うと……レイメイ様の“心”を、救って欲しいんです」


 俯いたまま、ポルクは続ける。


「レイメイ様は、確かにすごい実力者です。医学薬学はもちろんのこと、キカイ工学や物理学にも精通する、謂わば天才、神の才能を持っていると言ってもいいでしょう」


「甜菜、ねぇ……」


「マガツ様、そっちじゃないです」


「ああ、ごめん。天才、ねぇ」


 改めて言い直し、マガツはレイメイのことを思い出す。


 マガツとオーマが毒に倒れてすぐ、応急処置ではあったが、レイメイは毒の苦しみを軽減させる薬を発明した。


 次に、グレア率いるヨルズ帝国軍との戦いで、負傷したアヤカシ族の男達を目にも留まらぬ速さで治療した。


 そしてグレアとの戦いから三日、デザストの依頼で「ホログラム装置」などという世界観を無視したような装置を開発した。


 どのエピソードを取っても、その才能は驚くべきものばかり。まさに《神の才能》。


「ですが今のレイメイ様は……〈カンペキ〉に取り憑かれてしまっている。我々が離れたのも、そのカンペキを追い求めるが故に、命の危機を感じたから……」


「命の危険……? あの爆発以外にも何かあったのか?」


 左様。ポルクは肯き、身を震わせながら当時起きた事件の一部を語った。


「二日前には、不幸にも食虫植物に薬品がかかり、我々に襲いかかったなんて事件もありました」


「何ソレ怖いんだけど! そりゃ逃げたくもなるわ」


 突然の告白に、マガツは思わず飛び上がって驚く。


(俺が事務作業してる間にそんなことがあったのか……けど……)


「カンペキ。完璧主義、か」


 改めて、マガツは呟いた。


「それまたどうして?」


 ふと疑問に思い、マガツは訊く。


「実はレイメイ様は、大帝の病を治すために、薬を開発していたんです……」


 言いにくそうに、ポルクはそう答える。


「病? ってことはオッサン――大帝は死ぬ直前まで体調が悪かったのか?」


「はい。本来の大帝であれば、あの日現れた勇者一行も難なく倒すことができた。しかし、レイメイ様の研究は難航し、大帝も病状も悪化。やがて、完成の兆しが見えたと思ったその矢先に――」


 大帝は倒された。ポルクはそう締めくくり、強く両手を握りしめる。


 当時、ポルクもレイメイと共に、大帝の病を治す薬を開発していた。そしてそれが完成に近付いた矢先、救えたかもしれない命――大帝の命を奪われてしまった。その悔しさたるや、想像に難くない。


 この一連の事件が、レイメイのプライドに傷を付けたのだろう。そして同時に、〈完璧〉という呪いを背負ってしまった。


「もっと早く、大帝の病を治せる薬を作れていれば……差し詰めそんなところか」


「そう、言っておりました。それからレイメイ様は同じ過ちを犯さぬよう、完璧な薬を作ろうと日夜研究に励みました。でもその結果は……」


 仲間を巻き込んでしまうほどの、失敗の連続だった。そのせいで次々と仲間は減り、遂には最後の一人――ポルクも去った。


「それが、レイメイが完璧に拘る理由、か」


 ――手遅れになる前に! それで救えた筈の命を失わないために……!


 レイメイの言葉が、マガツの脳裏を過る。それが、レイメイが他の全てを懸けてでも完成させようとしている、完璧にして最強の万能薬。しかし――


 そんなものを作ることは、殆ど不可能と言ってよかった。


 マガツはそれを、身を以て知っている。


 それはまだ彼が悪の組織「ブラッドムーン」の戦闘員だった頃のこと。


 毎週のように代わる代わるやって来る〈最強怪人〉達、彼らはヒーローをあと一歩の所まで追い込むものの、結局ヒーローたちが機転を利かせて発明した技や武器によって、悉く破られてきた。


 街をパニックに陥れるようなアイテムを作っても、マガツ達も想定していなかった〈弱点〉を見抜かれ、呆気なく爆散していく。


(幹部から期待されて、思惑通りにヒーローを追い詰めても、奴らに一歩先を行かれてやられてきた。そしてまた追い詰め、やられ、追い詰め、やられ……)


 その繰り返し。


 科学の世界に於いて、〈完璧〉などという概念は毎日のように更新されていく。


 しかし幾万年の時間が過ぎたとしても、「正解」が見つかることもない。


 答えのない問題。哲学のように様々な答えが漂う海の中で、レイメイは存在しない〈答え〉を探そうとしていた。


「……いや。悪いが、アイツを止めることはできねえな」


 深く考え込んでから、マガツは断った。


 ポルクは当然のように引き受けてくれると思っていたのか、目をまん丸と見開いて驚く。


「ええっ!? ど、どうしてっ!?」


「レイメイには、レイメイの考えがある。アンタらにも、アンタらの考えがあるし、俺にも俺の考えがある。言っちまえば、〈理想〉だ」


 マガツは言って、壁の外へと姿を隠していく夕陽を見届ける。


「信じてるモンが違うワケだし、当然ぶつかり合うこともある。けどなあ、一度強く願い信じた〈理想〉ってーのは、簡単には変えられねえ。そこに俺ら――他人の〈理想〉を押し付けんのは、違うだろ?」


「あっ……」


「例えばレイメイは、元を辿れば不治の病から患者を救いたい、とか。俺だったら、命の恩人でもある大帝のために、あの人が愛した国民を守りたいから魔王をやっている、とか」


 マガツはそこで言葉を切り、ポルクの目を真っ直ぐ見つめて言った。


「ポルクにはすまんが、俺にレイメイを止めることは出来ないし、止める権利もねえ。あるとしたらそうだな――」



「アイツの背中を少し押してやるくらい、かな」



 切れ長の目で無理してウィンクをしながら、マガツは言った。


 その言葉に、ポルクは言葉を詰まらせる。胸の中に、何かしこりができたような気分だと、ポルクは感じる。


(僕ぁ……ただ頭ごなしに、「無理だ」なんて……レイメイ様に……)


 と、マガツはポルクの肩に手を置いた。


「約束する。止めはできねえが、アイツの心の支えになる。だから、俺を信じて待っていてくれ、ポルク」


「……はい、マガツ様!」


 二人は言葉を交し、そして互いに手を取り合った。その時のポルクの目は、憧れていたヒーローを前にした子供のような、純粋な目をしていた。


「そいじゃあ早速、薬作り気張っていくぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

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