第25話 蠢くニセモノ

 食堂で異変が発生して一時間が経過した頃のこと。


 マガツは玉座に座りながら、ぶつぶつと朝食を奪った偽者に愚痴を吐いていた。


「ったく人様の朝飯食いやがって……」


 結局あの後、用意していた分が足りないと配膳係のコックに言われて朝食にありつくことはできなかった。


 徹夜明けのリフレッシュも兼ねて楽しみにしていた分、何者かに食べられたショックは想像に難くない。


 いやしかし、その“何者か”は自分自身だという証言が出ている。


「そう呪詛を吐かれましても、食べられてしまったものは仕方ないですわよ?」


「だから、俺は食ってねえっての! 信じてくれよ!」


 明らかに拗ねた態度で、マガツは言葉を返す。


「そんな子供みたいに言われても困りますわ! 確かにマガツ様は朝食を食べていましたわ!」


 デザストも反論するが、しかしいくら口論をしても埒が明かない。


 マガツは朝食を摂っていない。それは自分自身がよく理解しているし、マガ自ら弁護士として戦っても勝てる程の自信があった。


 だが同時に、マガツが朝食を摂っていた証言が残されている。シャトラやデザスト、その他にも食堂にいた関係者の殆どがそれを目撃している。


 どちらも正しくて、どちらも違う。


「しかし一体どういうカラクリなんだ……? もう一人の俺ってことか……?」


 その真相を掴めず、マガツは頭を抱える。


 明らかに自分以外の自分がそこにいて、しかしその存在は自分の与り知らぬところで悠々と朝食を摂っている。


 誰が何のためにそんなことをしているのか、さっぱり見当が付かなかった。


 とその時だった。


「マガツ殿ォォォォォ! マガツ殿ォォォォォッ!」


 ドタドタと足音を響かせながら、騒がしい声が近付いてくる。


 やがてその音は扉の前で止まったかと思うと、それを突き破る勢いで黒い影が飛び出してきた。


「お、オーマ⁉ ど、どうしたんだよそんな慌てて!」


 音の主はオーマだった。仮面で顔が隠れていて表情こそ分からなかったが、相当慌てている様子だった。


「たたたたたたた、大変ですぞォォォ! マガツ殿が、マガツ殿が溶けてなくな……あ、あれ?」


 だがマガツの姿を見るなり、オーマは硬直する。


 そして数秒の沈黙が流れた後、状況を飲み込んだオーマは悲鳴を挙げた。


「ギャアアアアア! ゾゾゾ、ゾンビーだぁぁぁぁぁ!」


「誰がゾンビだ失敬な!」


 思わずマガツは叫んだ。


 しかしオーマは聞く耳を持たず、頭を抱えて震えている。

 そして次第に落ち着きを取り戻すと、不思議そうにマガツを見て言った。


 それはまるで、信じられないものを見たように。


「あ、あれ? マガツ殿が生きてる……?」


 一方、当のマガツも、騒がしい一部始終を見ていたデザストも呆然としていた。


「オーマ様、一体何があったのです?」


「デザスト様、実はそれが……」


 一体何があったのかと訊く前に、オーマが先に口を開く。その口から語られたのは、想像だにしない事実だった。



「お、俺がドロドロになって地面に消えた⁉」


「そんなあり得ませんわ! だってマガツ様は今朝からずっと――」


 ずっと城内にいた。そう言い切ろうとしたデザストだったが、ふと気付く。


 今朝の異変とどこか似ている、と。


「ほ、本当ですぞ! 某、確かにこの両の眼で見ましたぞ!」


「……オーマ様、実は今朝食堂でも同じようなことが……」


 言って、デザストは今朝の食堂で起きた異変について語る。


 溶けてこそいなかったが、しかし食堂に現われたマガツも忽然と姿を消した。


「なあオーマ、何か気になることとかはなかったのか?」


 マガツが訊くと、オーマは深く唸り声を挙げながらその時のことを遡った。



 *



 ――あの時は確か、叔父貴殿の大工仕事を手伝うために色々と準備をしておりました。


 実は叔父貴殿の集まりでは、自警団と同時に大工仕事も兼ねておりまして。


「オーマ! こっちに資材運んでくれ~!」


 某の主な仕事は資材運び。まあ筋肉も鍛えられるので、某としても叔父貴殿としても利害が一致しているというものですか。


 そんな時でした。


「おろ……?」


 ふと民家の隅で呆然と立ち尽くすマガツ殿を見つけたのです。


 時刻は丁度朝食を食べ終える頃でしたので、何かの視察かと最初は思ったのですが……


「マガツ殿~! お疲れ様でございまする~!」


「…………」


「あれ? マガツ殿~、シカトなんて酷いじゃあないですか~! 何か嫌なことでもありました~?」


「…………」


 何度声を掛けても無視されて。


 いや、そもそも某がいたことすら気付いていない様子でした。


 何かおかしいな、なんて思いながら見ていたら……



 *



「ドロドロドロドロ~ッ!」


「「ギャアアアアア!」」


 突然黙ったかと思いきや、オーマは大声で叫んで脅かしてきた。


 その思惑通りに、真面目に聴き入っていたマガツとデザストは悲鳴を挙げる。


「……と、目の前で溶けてなくなってしまわれました」


「急に落ち着くな!」


 マガツは叫ぶ。しかしオーマは悪びれる様子もなく、説明を続けた。


「そりゃあもうビックリ仰天、驚きのあまり昇天しかけました」


「ま、まあ目の前で俺が溶けて消えたなんてなりゃあ、そうなるわな」


 相槌を交えつつ、マガツはオーマの話を整理していく。


 その溶けて消えたマガツが現われたのは、丁度食堂にマガツと思しき男が現われてすぐのこと。


 その頃マガツが城の中にいたことは明白。何故ならその同時刻、マガツは朝食のことで城内のコックと揉めていたからだ。


 言わずもがな、その“マガツ”が偽者であることが証明される。


 更に食堂に現われたマガツと同じく、一言も言葉を交さなかったことも共通している。


 そして――


「そういえば、マガツ殿が立っていた足下が異様に湿っておりましたなぁ……」


 オーマがそう証言した瞬間、マガツとデザストは息を呑んだ。


「ま、まさか……」


 言うとデザストは静かに笑い出して言った。


「漏らしました?」


「漏らすか!」


 そもそも城外に現われたマガツは偽者なのだから、仮にそうなら名誉毀損も良いところである。


 と、デザストは真面目な表情になり、現場となった食堂のことを思い出す。


 すると、合致した。


「しかしそういえば、マガツ様が食事をしていたあの席……」


 あの席も、何故か異様に湿っていた。


 まるでその場所にだけ雨が降ったかのように。


 まるで誰かがそこで漏らしたかのように。


「だから漏らしてねえ!」


 そうツッコミを交えつつも、しかしマガツもそれには心当たりがあった。


 おぼろ気な記憶だったが、確かそれは昨日の夜中のこと。


 デザストのおつかいで地下の書個室の本を取りに行った時のことである。


「でも待てよ……確か廃棄本を纏めた木箱の所も……なんか変に湿ってたな……」


 最初は水漏れか何かで湿っていただけだと思っていた。


 しかし木箱の中の本は無事だった。


 いつから水漏れがあったか分からない。がしかし、長期的に水に晒されていたら流石の木箱でも中の本を守り切ることは不可能だろう。


「マガツ殿、やはり何か心当たりが……?」


「微妙な所だが、ありゃ雨漏りで濡れていたと片付けるにゃあ無理がある」


 なによりマガツは、中の本が濡れていなかったと裏付ける証拠を持っている。


 だが直接的に偽マガツと関係があるかどうかは、今のところ不明。


「うーん、謎は深まるばかりですわねぇ……」


 困った様子で、デザストは唸る。


 とその時、またすぐ近くで悲鳴が上がった。


 絹を裂くような女性の悲鳴が城の廊下に響き渡る。


「今度は何だ⁉」


「まさか……マガツ殿、デザスト様!」


 オーマの野生の勘が、何かを嗅ぎつけた。


 

 急いで現場に向かってみると、そこには恐怖で腰を抜かした桃髪のメイドが倒れていた。


「お、おい! 大丈夫か!」


 マガツは叫びながら、メイドに肩を貸す。


 するとメイドはマガツを見るなり、再び悲鳴を挙げた。


「ギャアアアアア! ぞ、ゾンビアル~!」


「勝手に殺すな!」


 反射的にツッコミを入れる。だがそのやり取りを、少し前にもやっていた。


 そう、オーマが玉座の間に駆けつけてきた時のことだ。


「貴女、もしかしてマガツ様が……?」


 デザストが訊くと、メイドは言葉を詰まらせながらも「はい」と答えた。


 その証拠に、メイドの視線の先には異様に湿った場所があった。


「あれは……」


 ブランクパレスは最上階の見張り塔も含め、全部で8階ある。


 玉座の間はその6階に存在する。そして今いる廊下も6階だ。


 とどのつまり、雨漏りをするような屋根はないし、水漏れを起こす原因もない。


 まして異様に湿っている場所はあまりに局地的すぎた。


 もしこれが雨漏りで出来たものなら、廊下のそこら中に水たまりが出来ている筈だから。


「いや……やっぱり偽者で間違いない」


 マガツは確信を持って言う。


 結果がどうあれ、メイドがその一部始終を目撃しているのだ。


「それにこの水? なんか変だ」


 そう言いながら、マガツは湿った床に触れる。


 よく見るとその水は青く、やけにドロドロとしていた。


 臭いはない。だがその感触は水と呼ぶにはやけに粘り気があり、触り心地もどこかゼリーのようだった。


「変? 一体どこが変なので……ひゃっ!」


 デザストもそっと湿った床に触れると、変な悲鳴を挙げてオーマに抱きついた。


「何この粘り気……気持ち悪いですわ……」


「お、おお……デザスト様の顔が某の胸板に……」


 オーマはどこか嬉しそうに言うが、そんな場合ではない。


 この異常な粘り気と独特の感触……


 その謎を紐解くことができる天才がこの城にいるじゃないか。


「いや……天っ才科学者なら或いは……」


「まさかマガツ殿、彼を召喚するのですな?」


「ああ! 証拠手に入れたらこっちのモンよ!」

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