こちら、異世界一ホワイトな悪の組織でございます。 ~突然魔王の座を託されたモブ戦闘員による、異世界一アットームな帝国再建譚~

鍵宮ファング

プロローグ 『こちら、異世界一ホワイトな悪の組織でございます』

 それは宝石箱をひっくり返したような、満点の星空が広がる夜のことだった。


 ブランク帝国の中心にそびえ立つくろがね色の大きな城。その最上階に設置されたテラスに、黒いマントを羽織った青年は静かな一時を過ごしていた。


 清涼感のある黒い短髪の男、彼こそがこのブランク帝国の盟主にして悪の組織総帥『マガツ=V=ブランク』その人である。


 マガツは静寂に包まれた夜と共にワインの香りを嗜み、壁の向こう側を見据える。


「嵐の前の静けさ……全く、嫌になるほど静かだな」


 マガツがそう呟いた刹那、壁の向こう側に巨大な魔法陣が現われた。


 魔法陣はまばゆい光を放ちながら、黄金色の魔法弾を放つ。


「――成程、そう来るか」


 放たれた気弾はブランクパレス目掛けて接近する。


「こんな夜更けに花火を打ち上げるとは。全く、とんだ迷惑集団だよ」


 マガツは右手のワイングラスをそのままに、ゆっくりと左手を伸ばす。すると左手に炎を生み出し、黄金色の魔法弾へと向けて放つ。


 その動作には余裕があるのか、グラスの中のワインには波紋一つ生じていない。


 火球はやがて外側からやってきた魔法弾と衝突し、巨大な花火となって夜空を照らした。


 その爆風は凄まじく、城下町に並ぶガス灯を風圧だけでへし折り、居住区に並ぶ家々の屋根瓦を吹き飛ばす。しかしマガツは黒いマントを靡かせるだけで、全くと言っていいほど動じていなかった。


 むしろ猛烈に吹き荒れる爆風を、心地よさそうにその身に受けていた。


 爆発によって生じた光が、マガツの背後に影を作る。影はテラスの端まで伸び、黒いタイルが敷き詰められた床をより濃い黒色で塗りつぶす。


 すると、マガツの影が揺らめき、中から鬼の仮面を被った男が現われた。


 男は立ち上がると、丁寧に両手の皺と皺を合わせるようにして、マガツの背に向かって頭を下げた。その動作はまるで、神や仏に参拝するようだった。


「流石はマガツ殿。あれほど強力な魔法を、炎魔法一つで相殺しようとは」


「なに。これくらい造作もない。この程度で城を堕とされては、魔王としての名が廃る」


 ワインの芳醇な香りを嗜みつつ、マガツは不敵な笑みを浮かべる。


「ところでオーマ、進軍の準備はできているか?」


「『禍津まがつ漆本しちほんやり』筆頭壹之いちのやりかげろうのオーマ! 兵士ともども、既に準備完了しておりまする」


 オーマと呼ばれた男は跪き、ニヤリと口角を上げながら報告した。


 マガツは彼の返答に笑みを零し、ワインに口を付ける。


 するとその時、コウモリのような羽根を背中に携えた若い女が、テラスに舞い降りた。


「大変ですわ、マガツ様!」


 ボンテージのような衣装を纏った長身の女は、すぐにマガツの前で跪き叫ぶ。


 とても慌てている様子で、彼女は滑らかな金色の髪を靡かせるように、肩で息をする。


「どうした、デザスト! 何があった!」


 マガツはデザストに駆け寄り、彼女の背中をさする。


 少し落ち着いたのか、デザストは一呼吸置いてから顔を上げ、


「偵察班から新たな情報が入りました! リーガン王国軍には、おおよそ400人の少年兵がいると――」


「何だと⁉ おのれブラック国家共め! 我が帝国に攻めるだけでは飽き足らず、未来ある子供をも犠牲にするか……」


 デザストの報告を聞くと、マガツは唇を噛みしめて敵国――リーガン王国に激怒する。その怒りを必死に堪え、深い深呼吸をした。


 そして、再び大きく息を吸い込むと、腹の底に力を込めて叫ぶ。


禍津漆本槍まがつしちほんやりに告ぐッ! オーマは壹番隊と共に西門から今すぐに出陣せよッ! 左翼側から仕掛けろ! 東門右翼側からは参番隊を向かわせるッ!」


「承知致しましたッ!」


 言うと仮面の男――オーマは夜の闇に消え、出陣の準備へと向かった。


 続けてマガツは、残りの幹部達にも指示を送る。


「デザスト率いる弐番隊は上空からオーマの援護を! 与番隊には街周辺の防衛を任せるッ!」


「はい、マガツ様ッ!」


 金髪の女――デザストは余裕そうな笑みを浮かべながら胸に手を当てる。


 背中からコウモリのような羽根を展開し、夜の帳が降りた広大な空へと飛び立っていく。


「しかし参った。少年兵を送り込んで来ようとは、コイツは想定外だったな……」


 早速門を潜って進軍を開始する幹部達の様子を見届けながら、マガツは唸る。


 するとその時、マガツの隣に金髪の少女が現われた。デザストと同じ金髪だが、その外見はとても幼く身長も130センチ程度と小柄である。


 少女は不安げな表情を浮かべながら、マガツの裾を引く。


「ねえマガツ、敵兵の中に子どもがいるって、ホントなの?」


 外見的に同じような、幼い子どもがいることを懸念しているのだろう。少女は身体を震わせながら、マガツに訊く。


 するとマガツは一瞬考えてから少女の方を向くと、


「安心しろシャトラ。子どもは未来ある宝だ、必ず保護してみせる。アンタの親父――先代の夢のためにもな」


 と、優しい笑みを浮かべながら答える。


「マガツ、やっぱり優しいなの」


 そういうお前も優しいじゃないか、と少女――シャトラの頭を撫でる。


「今回の軍指揮もシャトラに任せる。それとレイメイに、新薬を試す時だと伝えておいてくれ。アイツ、この日を心待ちにしていたからな」


「うん。マガツ、気を付けて」


 マガツはシャトラに背を向けながら、右手を振って見せる。痩せ体型のその姿はどこか哀愁が漂っていたが、しかし同時に魔王らしい余裕な雰囲気を纏っていた。



 ***



 魔王城から出ると、既に広場の周りには国民達が集結していた。


 正門へと続く道には鎧を纏った帝国軍が隊列を成し、広場の中央に設置された演説台を見つめている。


 その周りにいるのは彼ら兵士達の帰りを待つ国民達。折れ曲がった街灯に照らされているだけでも、その数は2万を軽く超えていた。


「あ! 魔王様だ! 魔王様が来たぞ!」


「魔王様万歳ッ!」


「魔王様、我々にご加護を!」


 我らが魔王の登場により、国民は歓喜の声を上げる。


 マガツは歓声を上げる国民たちに手を振り替えし、兵士達の前に立つとマントを翻した。


 その瞬間兵士達に緊張が走り、国民たちも息を呑む。広場一帯は、一瞬にして不気味なまでの静寂に包まれた。


 するとマガツは大きく息を吸い込み、


「よくぞ集まってくれたッ! 我が帝国民たちよッ!」


 広場中にこだまする大声を挙げ、演説を開始した。


「これより我ら『ブランク帝国』は、リーガン王国の挑戦を受け全面戦争を行うッ! 皆の者、覚悟は良いかァ!」


 力強く、活き活きとしたジェスチャーを交えつつ、マガツは兵士達に向けて戦争の開始を宣言する。


「「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」」


 マガツの声に続いて、兵士達の雄叫びが城下町にこだまする。だが、それだけでは終わらない。


 マガツは腰に巻いた剣を抜くと、兵士達の背に浮かぶ星空へとその剣先を向け叫んだ。


「いいか貴様らッ! これは命令だッ! 全軍、必ずやその命落とすことなく生きて帰るのだッ! 家族を泣かせることは、この俺が許さんッ!」


 その言葉に、兵士達はざわつく。いや、兵士だけではない。国民も皆ざわつき出す。


 しかしそれは混乱によるどよめきではなく、体の内側からやる気と勇気が湧き上がるような、感情を揺さぶられたことで生まれたざわめきだった。


 中にはマガツの言葉に興奮を抑えきれず、失神する者までいたそうな。


「さあ行くぞ皆の者!」


 マガツが叫んだ次の瞬間、兵士達はこれを合図に左右へ別れ、正門へと続く道を開ける。


 その動きには寸分の狂いもなく、最後尾の兵士が分かれるまでが一つの動作であるかのように連動していた。


 マガツは開かれた道の中心を歩き、これから始まる大戦への期待に胸を躍らせる。


 全ては愛する帝国の民のため、そして未来ある子供達のため。迫る火の粉は全て振り払うのみ。


 門の前に辿り着くと、早速重厚な両扉がゆっくりと開きだした。対してマガツの背後に整列していた兵士達は隊列を組み直し、軽快な動きで門の方へ体を向けた。


 門が開いていく度に、ドク、ドクと心臓の鼓動が早くなるのを感じる。どうやら心のどこかで、この戦争を心待ちにしていたのだろう。


 マガツは目を瞑り、深呼吸する。そして興奮冷め止まぬまま剣を引き抜き、剣先を門の向こう側――リーガン王国軍へ向け叫んだ。


「これより我ら『ブランク帝国』は、世界征服と世界平和を実現するため――」



ッ!」



 この物語は、理不尽な死を遂げた悪の組織の戦闘員が、足掻きもがきながら、異世界一ホワイトな悪の組織を結成し、異世界を支配するまでの記録である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る