第1話 継承! 次期魔王⁉

 20XX年/×月11日 記入者:M=193

 ハッキリ言わせてもらおう。人生はクソだ。

 テレビの中のヒーローに憧れて、ベルトのおもちゃで変身ごっこをしては、怪人役の親父を倒していた。そんなキラキラした日常に戻りたい。


「将来はスーパーヒーローになって世界の平和を守りたい」って、叶いもしない夢を追っていたかった。


 それくらい、俺の人生はクソだ。


 高校では持久力の高さから陸上の持久走に強制参加させられ、推薦で良い大学に出たはいいが、そこでの成績は中の下。

 失望された俺は、新卒カードを失いたくないという焦りから都内の某企業に入社。


 そこは、ドが付くほどのブラックだった。

 ブラックコーヒーが砂糖水のように思えるくらいのクソ会社だった。

 

 最早人としての扱いすらされない場所。そこに嫌気が差していた俺は先日、悪の組織『ブラッドムーン』の戦闘員として拉致改造された。

 だが、そこはそこで、泥水がコーラの海だと錯覚してしまうレベルの、史上最低な場所だった。


 怪人様の気分一つで、無意味に殺されていく。勿論お咎めなどない。

 いつ俺の番になるか分からない。そんな恐怖の中、奇声を発しながら怪人様をヨイショしなければならない。


 畜生。生まれ変わったら、次こそはスーパーヒーローになって、世界の平和のために戦いたいものだ。


 ――――――


「どうして、こうなっちまったんだろ」


 寂れた地下の研究室内で、193は日記にそう綴る。

 思い返しても最悪な人生だと、193は思う。


 と、そんな時だった。


「193番、スコーピオ様がお呼びだ。戦闘員は全員集合とのことだ」


「ああ。今すぐ行く」


 嫌な予感がする。それは他の戦闘員達も同じ事を考えていた。

 だが、戦闘員にとって怪人や首領の命令は絶対。


 たとえ行きたくなかったとしても、行くしかなかった。


 ***


「よくぞ集まった。俺様はスコーピオ、貴様らの新たなボスだ!」


 スコーピオはそう言いながら、丸みを帯びたハサミ状の腕をカチカチと鳴らす。

 身体はサソリやカニのような、堅い甲羅で覆われ、頭は一匹の大きなサソリを模したものになっている。


 その頭に生えた尻尾には毒針のようなものが光り、193達の背筋を凍らせる。


「これより街へ繰り出し、破壊活動を行うワケだが……オレ様は今日とても機嫌が悪い」


 嫌な予感は的中し、サソリ怪人は戦闘員の前で練り歩く。


「どうしてだか分かるか? おい、そこのお前、答えてみろ」


 そう言って指名されたのは、193番だった。

 緊張で冷や汗が走る。

 だが、答えなければ、それこそ殺されてしまう。なので恐る恐る、手を上げて答えた。


「しゅ、首領様から小言を言われたから、でしょうか!」


 それが精一杯の答えだった。しかし――


「違うッ! 何故女戦闘員ちゃんが一体もおらんのだッ! むさっ苦しい男共など眼中にもないわ、この金魚の糞にも満たない藻屑野郎がァ‼」


 突然キレた怪人は、勢いに任せたままハサミで193を切り裂いた。

 193は突然の出来事に思考が追い付かず、気付いた頃には既に倒れた後だった。


「……え?」


「まあいい。憎きヒーローを殺せば、オレ様も幹部へと昇格できる。そうすれば、ハーレムだってやり放題ってワケだ! ガーッハッハ!」


 サソリ怪人は高笑いを上げると、生き残った戦闘員達を引き連れてアジトを後にした。

 その中の誰一人として、193を悼む者はいなかった。


(畜生……なんでオレが、殺されないといけないんだ……)


 死因が、怪人の理不尽な問題に答えられなかったなど、笑えたものではない。

 しかし怪人のパワーは戦闘員のおよそ300倍。一撃でも食らえば、即死は免れなかった。


 なんとか意識は保っているものの、それが尽きるのは最早時間の問題だった。


(クソッ……こんなところで終わりたくねぇ。俺、まだ22だぞ? 若すぎんだろ、死ぬにはよぉ……)


 段々と身体が冷たくなっていくのを感じる。

 と、そんな時だった。


 ――この男……即死級の一撃を食らってもまだ息がある……。


 どこからともなく、声が聞こえてきた。


(こんな時に、幻聴? ふざけやがって……)


 ――なんと、耐久力が凄まじい。それに秘めた才能がこんなに……!


(秘めた才能とか、俺にそんなものがあれば、こんなクソみたいな人生になってねぇよ)


 ――こんなところで死ぬのは惜しい。彼奴だ、彼奴こそ我が後継者に相応しい……!


 その瞬間、突然目の前が真っ白に染まった。

 その光はまるで、天国のような世界へと連れて行かれるように、とても優しく暖かいものだった。



 *****


「う、ううっ……」


 目が覚めると、そこは中世ヨーロッパ時代のお城のような場所だった。

 煉瓦で作られた柱、無駄に広いバルコニー、そして玉座に佇む大男。


 その光景を旅行で見たことこそないものの、193は昔やりこんでいたRPGゲームの魔王城のようだな、と思った。


 しかしその城は魔王城というにはボロボロで、ついさっきまで何者かが大暴れしていたような形跡が残っていた。


「ブランク大帝、彼、死にかけておりますが……?」


「構わぬ。デザスト、回復魔法をかけてやってくれ」


 玉座に座る大男は、今にも消え入りそうな声で、隣に立つ女に指示を出す。

 女は露出度の高い格好をしており、布からこぼれ落ちそうな胸を揺らしながら、ゆっくりと193のもとへ近付いてくる。


「……《メガ・ヒール》」


 女が唱えると、193の周りに緑色の光の円が現れ、一瞬にして包み込んだ。

 すると次の瞬間、血管だけでギリギリ繋がっているだけだった身体が繋がる。


 まるで逆再生でもされているかのような動きで、四肢の感覚も復活する。


「……あ、あれ? 俺、殺されたんじゃ……?」


「死んではいない。ギリギリな……」


 そういって、玉座の大男は戸惑っている193に言う。

 よく見れば男は全身に酷い怪我を負い、今にも死にそうな状況だった。


「お、オッサン⁉ アンタその傷、大丈夫なのかよ!」


「失礼ですわ! ブランク帝国盟主、ブランク大帝の御前ですのよ!」


「よいよい、デザスト。彼は、ワシが呼んだのだ、それに、ワシはじきに死ぬ」


 そう言うと、ブランク大帝は激しく咳を込んだ。その咳には血が混じっており、大帝は弱っていく。


「な、なあお姉さん! 俺なんかじゃなくて、あのオッサンを助けないのか⁉」


 慌ててデザストの方を振り返り、193は叫ぶ。しかしデザストは、悔しそうに歯を食い縛りながら、首を横に振った。


「無駄だ。これは、勇者によって受けた聖なる傷。魔王であるワシの場合、回復魔法で治すことはできない」


「そんな……」


「だから、後継者をこうして呼び寄せたのだ。青年よ」


「後継者って……? えっ、俺ェ⁉」


 突然の告白に、193は驚いた。

 だがその衝撃が傷口に響き、193は痛みに喘ぐ。


「待ってくれよ、俺はただの人間で、なんならついさっき怪人に殺されたモブの戦闘員だぞ? それが魔王なんて、オッサンが許しても、部下が許すはずがないだろ」


「それは重々理解している。しかし青年、お主は異世界の人間の中では特異な存在。もしその怪人とやらになっていた場合、より上に立つ存在になっていただろう」


 大帝はそう言って、一枚のカードを渡した。

 魔法によって彼の前に送られたそれは、193のステータスカードだった。


 ――――――

 攻撃力 120 成長性ZZZ

 守備力 100 成長性ZZZ

 魔法  90  成長性ZZZ

 耐久  ∞   成長性ZZZ

 ――――――


 正直、耐久以外は微妙な性能だった。しかし、どれも成長性がZZZになっている。


「それはこれからよく伸びる才能を示した値。お主は、努力次第ではこの世界で最も強き者になれる」


「嘘だろ……じゃあ、もし俺が現世でこの才能を発揮していたら……」


「恐らく、トップに君臨する者を凌駕し、新たな主として登っていただろう。お主を殺した怪人は、勿体ないことをしたのだ」


 その言葉を聞いて、193は内心喜んだ。

 殺されたことや人生についてはなんとも言えなかったが、サソリ怪人の癇癪が組織の成長を妨げた事実は、何よりも心地が良かった。


「がふっ! がはぁっ!」


「ブランク大帝!」


「うう……もう、時間がない。青年よ、今一度聞く」


 大帝はゆっくりとその大きな身体を持ち上げつつ、193の前でしゃがんだ。

 その様子を見たデザストは、衝撃的な光景に思わず口を押さえる。


 そして193は、大帝の熱い眼をじっと見つめ返す。


「我の後継者として、ブランク帝国の盟主となってくれるか?」


 193は少しの間を開けることもなく、大帝の問いに肯いた。


「はい。助けてくれたこの恩を返すためにも、俺にできることを全力でやります」


「そうか。ならば我の残った力を、すべて託そう」


 大帝はそう言って、掌に集めた魔力を193に託した。


「ところでお主、名は?」


「名前はないです。M=193、それが今の呼ばれ方です」


「それではならぬ……よし、お主には我がブランクの名と共に名をやろう」


 大帝はまるで、祖父のように193に笑いかけると、


「マガツ。マガツ=V=ブランク。それがお主の新たな名だ」


 と、193に新たな名前を与えた。

 その瞬間、193の手に握られていたカードに、名前が追加された。


「マガツ……マガツ=V=ブランク。ありがとうございます」


「後は、頼んだぞ。マガツよ」


 全ての力を託し、ブランクは黒い霧となって息絶えた。

 

「ブランク様……ああ……」


 デザストは大帝の死に嘆き、その場に崩れる。

 そんな中、マガツの脳内には、大帝から受け取ったあらゆる能力、記憶が定着していた。


《ブランクから、ユニークスキル『伊邪那岐神イザナギ』を継承。これにより白魔法を習得》


《ブランクから、ユニークスキル『伊弉冉神イザナミ』を継承。これにより黒魔法を習得》


 二つのスキルを手に入れたその時、元々マガツが持っていたであろうスキルに変化が現れた。


《あなたのユニークスキル『禍津日神マガツヒ』は、ユニークスキル『八十禍津日神ヤソマガツヒ』に進化》


(コイツが、俺のスキル……?)


《続けて、ブランクから記憶の一部を継承……》


 その時、マガツの脳内にこの異世界に関する情報がなだれ込んできた。

 それらはまるで映画の予告編のように、色々な世界の情景を写す。


 刹那、マガツは息を呑んだ。

 何故ならその光景は、絶望そのものだったからだ。


「うわぁぁぁぁぁ!」


 ある街では、一般の住民達はまるで奴隷のような扱いをされ、ある街では飢えに苦しむ子供達が映る。

 そしてある国では隣人間による略奪や虐殺が起き、最も酷い場所では、女子供関係なく築かれた死体の山があった。


 まさに、地獄そのもの。

 しかし、それを統治している国王だけが、豊かな暮らしを謳歌し、国民に刑罰とも思えるような重労働を課していた。


 ただ唯一、今にも滅びそうなブランク帝国だけを除いて。


『ブランク大帝!』


『ブランクさま!』


『おうおう、今読み聞かせをしてやろう。待っておれ』


 ブランク大帝は民達から愛され、子供からもまるで優しい祖父のように支持されていた。

 

「そうか……ブランク大帝は、魔王だったから、ただそれだけの理由で……」


 その時、マガツは思った。

 魔王だからといって、それが悪であるとは限らない、と。

 

 たとえ『正義』と言われていても、それは誰かにとっては悪である、と。


 そして『正義』である各国の王は、自身にとって、自由を奪われている民にとっての『悪』である、と。


「決めたぜ、ブランクのオッサン。今日から俺は、この国を支配してやるよ」


「あなた……一体、何を……?」


「そして、周りの国の王様全員ぶっ殺して、この国を乗っ取ってやる」


 そう言うと、マガツはニヤリと笑った。

 ブランク大帝が『悪』として滅されたことで、半ばで終わってしまった願いを受け止め、マガツは自分なりの目標を立てた。


「そんなに俺達を『悪』だというなら、望むところッ! お望み通り『悪』になってやるッ!」


 その声は、廃墟にも近いブランク帝国にこだまする。


「デザストとか言ったな、姉ちゃん。俺は、今ここに宣言する」


 言って、マガツは叫ぶ。


「俺は、俺達は――」



「異世界一ホワイトな悪の組織として、この世界を征服するッ!」



 こうして、滅びかけていたブランク帝国に今、新たな魔王が誕生した。

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