第13話 魔王としての道
「マガツ……あなた、一体どうして?」
助けに現れたマガツの姿を見て、デザストは驚いた表情を見せる。
「私は、あなたのことをあんなに邪険に扱っていたのに――」
「それがどうした。助けるのに、一々理由なんざいらねえだろ」
マガツは言いながらグレアを睨み、ゆっくりと歩みを進める。
その背後から湧き上がる〈死の気配〉に、グレアは恐怖した。
「な、何をしているのだ貴様らッ! 殺せ、殺せェェェェ!」
グレアの号令で、制止していた兵士達は再び攻撃を開始する。
しかしマガツは一本の槍だけで、次々と兵士をなぎ倒す。
その動きには一切の無駄がなく、的確に、縫い針に糸を通すかのように兵士を退ける。
「凄い……次に敵が来る位置を既に把握していると言うの……?」
「そんなものだな。今の俺には、最強軍師の卵ちゃんがついてるからなぁ!」
マガツは言いながら、デザストを狙う兵士達を倒す。
まさかと思ったデザストは目を瞑り、ブランク帝国から送られるテレパシーを感じ取る。
すると、一瞬のノイズが掛かった後、“軍師”からの声が聞こえてきた。
『……次は三時の方向から一人、その次は十時の方向から三人なの!』
その声の主は、シャトラのものだった。
すると、敵兵は彼女の予測通り三時の方向から一人、そして十時の方向から三人の兵士が攻めてきた。
だがマガツは敵兵が飛びかかったその瞬間に横一閃に薙ぎ払い、一気に四人の兵士を倒す。
「この声はまさか、お嬢様? 一体どうして、あの男に……」
「デザスト殿を奪還する為でございます。その為、ただそれだけの為に命を賭ける。それがマガツ殿――マガツ=V=ブランクという漢なのです」
オーマはたった一人で兵士を退けるマガツを見据え、呟くように答えた。
そして、これは口止めされていたのですが、と前置きをしてから、マガツの作戦を告げた。
***
ぞれは数時間前のこと。
病床から復活したマガツは早速、シャトラとオーマに作戦の全容を伝えた。
それを聞いたオーマは、目を丸くして驚いた。
「ま、マガツ殿一人で!?」
「ああ。俺が一人で敵を全て惹きつける」
「相手は500人以上いるなの! それを一人で相手するなんて、いくらユニークスキルがあるからって無茶なの!」
「それにグレア……奴は追い詰められた時、デザ嬢の首を斬り落とすかもしれませぬ」
「それが問題だ。俺達の目的はデザストの奪還、その前に斬首されちまえばお仕舞いだ。言わずもがな、やり直しなんかできねえ」
「じゃあ、どうするなの?」
シャトラは不安そうな表情を浮かべ、マガツの方を見る。
だがマガツには既に打開策があるのか、ニヤリと笑みを浮かべながら言った。
「そこでオーマ、お前の登場だ」
「そ、某ですか!? ゴホッ、ゴホッ」
突然の指名に、オーマは驚く。
「ベヒーモスとの戦いの時、あの時お前が使った《逢魔流》は、影に関する能力。そうだろう?」
「左様。突然発現した能力故、某もまだ未知数ですが、影にまつわる能力であることは確かでございます」
「その能力を利用して、オーマには俺の影に潜んでもらう」
ベヒーモス戦の時、オーマが発現させた能力、《逢魔流》。その能力を見たマガツの目には、ベヒーモスの影に身を潜めたオーマの姿が焼き付いていた。
「これは俺の憶測でしかないが、潜んだ対象の影であれば恐らく、どこからでも出ることができる筈だ。つまり、俺の影をデザストのところまで伸ばせば――」
「オーマだけでも、デザストのところまで連れて行けるなの!」
ピンと来たシャトラは、両手を合わせて言った。
「それに、重傷を負ったオーマの移動距離を減らすこともできる」
「成程……それに、某が行けば或いは……?」
「ソイツはお前次第だが、まず最初の作戦はこうだ」
マガツは机の上に紙を広げ、そこにスラスラと話していた作戦を図にして記していった。
「作戦決行は日の出と同時。俺はオーマを自分の影に忍ばせ、前戦の兵士をある程度片付ける。その次にユニークスキル《八十禍津日神》でド派手な技を展開する。その時に出来る影を伝い、オーマを処刑台へと送り届ける。後はオーマに、そこの処刑人と処刑台の処理を任せる」
「ふむぅ、なんとも難しそうですが……いや、某はやりまするぞ!」
「けど、デザストを救出した後は……どうするなの?」
次に、シャトラは新たな壁を指摘する。
だがこれも既に作戦が出来上がっているようで、マガツは説明を始めた。
「そこでシャトラの軍指揮能力だ。レクシオンの知識と技術で、俺達に指示を送って欲しい」
「しゃ、シャトラにそんなこと……」
「できるさ。お前は才能の塊、デザストを助けたいと願えばもしかすると……」
「――うん。シャトラ、軍師役やってみるなの!」
シャトラは言って、力強く肯いた。
「後は一か八かの大博打、デザストを救い、大将であるグレアの野郎を倒す。それが俺達の勝利条件だ。覚悟の方は、いいな?」
「勿論でございます」
「シャトラ、がんばるなの!」
***
「そんな、私のために……そこまで……」
デザストを救うため、その一つの目標を達成するために、マガツは勇敢に立ち向かった。
それだけではない。シャトラも、オーマも、そして……
――ドンッ!
「なっ、あ、あれは……マガツ殿、いつの間にっ!?」
ブランク帝国の方角から、扉の開く音が響く。
振り返ると、壁に囲まれた帝国と平原を繋ぐ西門が開いていた。
「総員、マガツの
「オーマとデザストのお嬢を護衛するでぇぇぇぇぇぇぇッ!」
その西門から、次々とアヤカシ族の男達が躍り出る。
武器を手に、無事に処刑台から解き放たれたデザストを守り抜くために。
「ハッハッハ! どうだ驚いたかッ! 俺達だけじゃあねえ、アヤカシ族の親父連中を忘れるなッ!」
これもまた、マガツの作戦のうちだった。
大きな影を作るために発動した大技、それはハッタリなどではなく、アヤカシ族への合図になっていたのだ。
「突然異世界に召喚されたかと思えば、いきなり魔王の座を託されて。んなもん、そう簡単に『はい分かりました』だなんて、言えるわけがねえ! ブランクのオッサンも、とんだ無茶を言うもんだッ!」
マガツは叫びながら、次々と兵士をなぎ倒していく。
あえて殺さないように、槍の柄や石突の部分で殴り、薙ぎ払い、退ける。
「でもなぁ! オッサンにも、そしてデザスト、あんたにもッ! 命を救って貰ったって恩が、俺にはあるッ! だから俺は、オッサンが愛していた帝国も、魔族の野郎共も全員守るッ! そのために俺は、魔王になると誓ったッ!」
やがて兵士の数は数十人まで減り、一息ついたところで、マガツはデザストの方を振り返った。
「でも俺の思う魔王像だけじゃあ、国を守るなんて事ぁできねえ。だからこそデザスト、侍女であるアンタの知恵が欲しい! 今までオッサンの背中を見てきたアンタなりの、魔王としての道を教えて欲しい!」
そう言うと、マガツはそっと手を差し伸べた。
「……魔王としての道?」
「そのためなら、事務作業だろうが何だろうが全部やってやるさ。だからお願いだ、俺に賭けてくれ」
刹那、デザストはふと懐かしく思った。
手を差し伸べるマガツ。その姿に、既視感を覚えたのだ。
『ワシと共に来い』
遠い昔の記憶。ある男が、同じように手を差し伸べた。
その男が誰だったのか思い出した時、マガツとその男の姿が重なって見えた。
「ブランク様……」
それはブランク大帝だった。そして今、彼の力を受け継いだマガツもまた、あの日の彼のように手を差し伸べる。
偶然と言えば、それまでだろう。しかしデザストはこれを、何かの運命だと思った。
「全く、その根拠のない自信はどこから来るのやら」
「大言壮語を実現させる、そいつが俺の信条だ」
「ふふっ、分かりましたわ。その代わり、少しでも道を外れるような真似をしたら、ボコボコにしますわよ?」
冗談めかしく言いながら、デザストはマガツの手を取る。
オーマはその瞬間を側で静かに見届け、小さく笑みを浮かべた。
しかし、
「貴様……まだ終わってないぞ……! いや、終わらせてたまるものかッ!」
グレアはレイピアを抜き、その剣先をマガツに向けて叫ぶ。
「おっと、奴のことを忘れておりましたな」
「クソッ! 死に損ないの分際で、オレ様をコケにしやがってッ! 全員皆殺しだッ!」
まだ戦いは終わっていなかった。
マガツはグレアの方へ振り返ると、今まで手にしていた武器を手放し、デザストへ託した。
「アンタの得意な武器知らねえから、適当に持ってきた。後はアヤカシ族の親父連中と一緒に帝国へ急げ」
「マガツ……」
槍を受け取ったデザストは、彼の名を呟き、決心したように肯いた。
マガツはニッと笑みを浮かべ、拳を握り、格闘術の構えを披露する。
「何だ貴様? このオレ様に拳で戦いを挑むつもりか?」
「ああ。元々、俺達戦闘員の得意分野は格闘術なんでなぁ。俺的にも、こっちのほうがカッコイイと思うんだ」
「まあいいだろう。ヨルズ帝国聖騎士団『団長』、グレア・フォースタス。それが貴様を殺す男の名だ」
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