第14話 五里霧中の血戦 ー壹ー
「ヨルズ帝国聖騎士団 団長 グレア・フォースタス。それが貴様を殺す男の名だ」
グレアは名乗りを上げ、レイピアを構える。
「マガツ=V=ブランク。貴様を倒し、貴様から受けた借りを返す男の名だ」
同時に、マガツも拳を作って構えの体勢を取る。
それは空手とボクシングの構えを掛け合わせたような、マガツたち戦闘員の構え。
対するグレアは、剣先の標準を合わせるように、その峰に軽く右手を添えている。
双方は、互いに相手の目を睨む。その視線は、レイピアの剣先が比較にもならないほどに、鋭く研ぎ澄まされていた。
周囲からは、アヤカシ族とグレアの軍勢が衝突し、争う声が聞こえてくる。しかし二人の空間にだけ、しんとした静寂が走っていた。
まるで制止画かと錯覚してしまうほど、睨み合ったまま動かない。
「……どうした、ここに来て怖じ気付いたか?」
「そっちこそ。来るならさっさと来いよ」
マガツは左手の指を曲げ、グレアを誘う。
再び静寂に包まれる。更に、二人を照らしていた太陽に雲がかかり、平原に薄暗い影を落とす。
そして――数秒の沈黙を噛みしめ、舞台の幕が上がるように、雲が通り過ぎたその時――
「死ねェェェェェッ!」
太陽が再び平原を照らした刹那、グレアは突きを放った。
目にも留まらぬ速さで四度、人間の急所を狙って剣先が伸びる。
しかしマガツはそれを全て回避し、一瞬のうちに拳の射程距離圏内まで潜り込む。
「オラァ!」
「フンッ!」
グレアは瞬時にレイピアを持ち直し、マガツの拳を防ぐ。
一見、縫い針のように細い刀身。しかしそのレイピアは、マガツの拳を受けても折れることはなく、逆にマガツへ衝撃を跳ね返す。
「なにっ――」
「隙を見せたな、マガツゥ!」
驚く隙も与えず、グレアは腰に付けた短剣を器用に取り出し、マガツの脇腹目がけて振り上げた。
刹那、マガツはブリッジをする要領で仰け反り、勢いに身を任せ、ムーンサルトキックを放つ。
マガツの放った足はグレアの顎に直撃し、グレアは上空へと投げ飛ばされる。だが次の瞬間、
「甘いッ! 貴様を倒すのは、このオレ様だぁぁぁぁぁぁッ!」
グレアは器用に空気の層を蹴り、地上にいるマガツの方へと軌道を修正する。
そして、腕の可動域限界までレイピアを引き、自身の体重を重力に載せて落下する。
「おいおいっ! そいつは反則だろっ!」
自然の摂理も法則も無視した攻撃に、マガツは焦りを覚えた。
だが、一々ツッコミを入れるまでの隙が見当たらない。
着地したグレアは、連続で攻撃を仕掛ける。マガツはそれを、必死に全身を動かして回避する。
だが段々と回避が間に合わなくなり、一撃、また一撃と攻撃を許してしまう。その度に、傷口から焼けるような痛みが襲いかかる。
(まずい……っ! グレアの野郎、なかなかにすばしっこい。このまま防ぎ続けても、ずっと耐え続けられる自信はねえ。デザストにいい顔見せるためとはいえ、
早く相手に一撃をお見舞いしなければ、負けてしまう。
今ここで、形成を逆転できなければ負けてしまう。
そうしたら、折角救出したデザスト共々、オーマも、アヤカシ族もやられてしまう。
そして――ブランク帝国は再び指導者を失い、今度こそ終焉を迎える。
魔王として、先代――ブランク大帝から託されたものの重さを再び実感し、マガツは唇を噛みしめる。
しかし同時に、楽しいという感情が上がってきた。
現状、マガツは押されている。だがその状況が、マガツの消えかけていた心の炎を再び熱狂させた。
「フフフ、ハハハ、ワーッハッハッハァ!」
「ついに諦めたか? マガツゥ!」
「その“逆”だァ! グレアァ!」
叫ぶとマガツは、あえてグレアのレイピアを受ける。
そして剣が左腕に突き刺さった瞬間、力を込め、筋肉で刀身を咥え込んだ。
「しまっ――ぐはっ!」
「こっから逆転してッ!」
グレアの言葉を遮るように、マガツの右拳が炸裂する。その衝撃で、グレアはレイピアを手放してしまう。
「テメェのプライドもッ!」
続いて、左拳が撃ち込まれる。
「クソみたいに固いレイピアもッ!」
右拳。中指の中手骨が、グレアの頬骨にヒビを入れる。同時に、マガツの中手骨にも亀裂が入る。
「全部、バキバキにへし折ってくれるわぁッ!」
そして、左拳が再び炸裂する。更に、マガツは腕に刺さったレイピアを引き抜き、さっきのお返しと言わんばかりに、グレアの肩に突き刺した。
「がはあッ!!」
「……ぐぅっ」
二人は互いの全力を乗せた攻撃を食らい、満身創痍になっていた。
マガツの全身には、凄烈な痛みを伴う毒が。グレアは顔全体に広がる骨折の痛みを、それぞれ受けていた。
(畜生。一か八か攻撃を受けて、カウンターに転じてやったが、お陰でアイツには毒が効いてねえ。いや、殺すつもりはないし、これでいいんだが……)
振り返ると、グレアはふらふらとおぼつかない足取りで立ち上がっていた。
「おのれ……マガツ=V=ブランク……卑怯な真似を……ッ!」
「テメェに言われたくねえよハゲ」
「だが、貴様は今より後悔することになる――。オレ様に傷を付け、“汚れ”を付けた『後悔』を――」
そう言うと、グレアは宝石のようなものを両手で包み込み、血反吐を吐きながら叫んだ。
「《
次の瞬間、グレアの身体から霧のようなものが現れた。
それはやがて霞のように、辺り一面を白一色に包み込む。
周りから聞こえていた男達の叫び声も、トンネルの奥へ吸い込まれているかのように遠くなり、そして聞こえなくなる。
気付けばグレアも姿を消し、その真っ白な霞の空間にはマガツがただ一人、取り残されていた。
(なんだこれは……霧が出るような時間じゃねえのに……)
すると、どこからともなく、その疑問に答えるようにグレアは言った。
「《
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