第12話 オレたちの初陣

 ブランク帝国西門前。そこよりおよそ数キロ程離れた位置に、グレア率いるヨルズ帝国聖騎士団は隊列を成していた。


 前衛の槍兵は帝国からの動きを見逃さぬよう、常に視線を尖らせ、中央の騎馬隊も突撃の刻が来るのを心待ちにしている。


 そして最奥、そこには全軍の指揮を任された男、グレアが鎮座していた。


「さて、あの毒で生き延びることなど最早不可能。大人しく門を開放するのが身のためだぞ?」


 椅子に腰掛け、頬杖を付きながらグレアはにやりと笑う。


「貴様なんかに……私達が屈することなどありませんわ!」


 その横から、デザストが叫ぶ。


 背後には大きな斧を持った処刑人が立ち、ギロチンに繋がった縄を斬り落とす時を、今か今かと待ち続けていた。


「どうかな、王妃サマ? 貴女はあの国のトップ。大帝が死に、混乱の渦中にあるこの状況で誘拐されたともなれば、国民は最早要求を呑むしかない」


「無駄ですことよ。助けなど、だれも来やしませんもの」


「ほぉ? つまりアレか、貴女は見捨てられた、ということかな?」


 グレアの言葉に、デザストは口を噤む。


(見捨てられた訳じゃあない。けど、私はアイツを――マガツを嫌っていた。それなのに今何故、どうして助けに来てくれるなどと、都合のいい考えができるというの?)


 大帝亡き今、デザストが心の拠り所としていたものは消えてしまった。


 まして、そんな彼が後を託したマガツを信頼せず、邪険にしてきた。


 それなのに何故、都合良く助けに来てくれるなどと思えるのか。

 

 何故、都合良く助けに来てくれるなどと、思い上がれるのか。


 それに、今ここで、デザストのために条件を呑んだとして、グレアにそんな約束を守るつもりなど一切ない。


 門が開いた瞬間突撃し、内側からブランク帝国の民を皆殺しにする。そして確保した自分、デザストも処刑する。


 極悪非道、しかしそれがグレアのやり方だった。


「まあ、どうだっていいさ。この戦いでオレ様がブランク帝国を跡形もなく潰せば、その功績が称えられる。オレ様の豊かな生活の肥やしになれるのなら、魔族も本望だろう」


 グレアは国王からその功績を称えられる瞬間を想像し、クカカと楽しそうに笑う。


 その時、グレアの肩に何かが飛ばされた。


 視線をやると、デザストは鋭い目でグレアのことを睨みつけていた。


「くだらない。そんなことのために国を滅ぼすなどゴミ以下、ツバを吐き捨てる場に相応しいですわ」


「貴様……」


 唾を吐かれたことに怒りを覚えたグレアは、ゆっくりとその拳を持ち上げ、


「調子に乗るなッ! このクソアマがぁッ!」


 と、その拳を彼女の頬へ目がけて振り下ろす。


 しかしその握られた拳がデザストの頬へ直撃することはなかった。


「ぐ、グレア団長ッ! 帝国側から、何者かが接近しておりますッ!」


「何? ついに来たか」


 兵士の伝令に、グレアはブランク帝国の方を向く。


 その視線の先、西門の前には一人の男、マガツが立っていた。


 右手に一本の槍だけを持って、たった一人、東から登る太陽を背に立っていた。


「一人、か」


「多勢に無勢とは、こういうことを言うのかな。ヒーローの少年君も、こんな光景を前にしてたのかねぇ」


 マガツは待ち構えていたグレアの軍勢を前に、ぽつりと一言呟いた。


 まだ戦闘員になる前、ヒーローとの戦いで何十人という戦闘員が5人組のヒーローを囲み襲いかかっていた光景。


 その時一体ヒーローが何を思っていたのか。それが、今になってなんとなくだが、分かったような気がした。


「待てよ……アイツは確か……」


「どうした、グレアッ! 豆鉄砲でも食らったような顔をしているぞッ! 死人でも前にして、驚いたというのかッ?」


「馬鹿な……奴は確かに、この俺が――」


 確かにこの俺が殺したはず。人間が毒に勝つなどあり得ない。グレアは必死に頭を回転させ、目の前の起きるはずのない現実を整理する。


 だが、いくら考えても、人間が毒を克服することは不可能。死んでいなければあり得なかった。


「どうした、貴様との交渉をするため、わざわざこうして化けて出て来てやったのだぞッ! 歓迎の言葉でもかけるのが常識ではないのかッ!」


「そんな常識あるかッ! ま、まあいい。我々の要求はただ一つ、その西門を開放しろッ!」


 考えても埒が明かないと判断し、グレアは大声で要件を告げる。


 だが、マガツはそれを聞き、まるで理解したようにうんうんと肯くと、


「バーカ、やなこった!」


 と子供のようにグレアを罵倒した。


「何っ?」


「誰がわざわざ自分の国を攻め落とさせようとするんだ? もう少し、冷静になって考えたらどうだ?」


 マガツは言いながら、先日グレアがやったように、自分の頭を指で突きながら煽る。


「貴様……コケにしやがって……!」


 堪忍袋の緒が切れたグレアは、レイピアを突き出し、兵士達に突撃の合図を送った。


「一人だろうと容赦はせんッ! 全軍、奴を殺せェェェェェェェェェェェェェェェェェッ!」


 その瞬間、兵士達は一斉に動き出し、一瞬にしてマガツを囲い込む。


 そして、じりじりと前衛の槍兵によって追い詰められていく。


「たった一人で何ができる? この人数相手に、槍一本で挑むなど、無謀――」


 しかし次の瞬間、マガツは槍を器用に振り回し、次々と襲いかかる槍兵達を殴り倒していった。


 一人、また一人、時折二人、三人と槍兵を倒していく。


 だが、敵の多さに圧倒され、マガツもその攻撃を受ける。


 それでもマガツは、たたみ掛けるように襲い来る攻撃を、次々と排除して行く。


「ほらほらどうしたァ! この程度で、ブランク帝国を攻め落とそうとしたとは、甘い、甘い、甘ったるすぎて胃もたれするわッ!」


  すると次の瞬間、マガツは槍に溢れんばかりの魔力を流し込んだ。


 やがてその魔力は槍を包み込み、真っ白な光の膜を纏う。


「……《伊邪那岐神・天之瓊矛あまのぬぼこ》」


 そう唱えながら、マガツは槍を振り回す。


 それは自然と竜巻を巻き起こし、半径30メートル以内にいた槍兵を全て巻き上げた。


「うわあああああっ!」


「壹葬……撃滅ッ!」


 更に、マガツは槍をバネのようにして飛び上がり、上空から勢いよく槍を振り下ろした。


 刹那、今度は地面へ叩き付けるように風が吹き荒れ、槍兵達は重力に従って、地面へと叩き付けられた。


「ば……馬鹿なッ! こんな一瞬で……!」


「ぬるいぬるいッ! この程度、俺の敵ではないッ!」


 マガツは言って、槍の先をグレアの方へと向ける。


 その時、グレアは一瞬彼の背後に死の気配を感じた。


 黒く禍々しく、そして万物を鏖殺せんとする邪悪なオーラ。それがより集まって、ギロリと真っ赤な眼を光らせる。


 マガツ自身は、それに気付いていない。しかし彼の背後に浮かぶオーラは、確かにグレア達の、DNAに宿った危険信号を刺激した。


(何なんだコイツ……本当に、人間なのか……? いや、あり得ないッ! 昨日戦った時、奴にこんな気配なんてなかった。あくまでただの人間、これといって特別な力はなかったはずだ。だのに――)


 規格外。最早それしか言いようがないほど。


 屋内で戦った時以上に、力を増幅させている。グレアは本能的に恐怖した。


「こうなったら……! 処刑だ、さっさとその女を処刑しろッ!」


「で、ですが団長、この女は交渉の材料では――」


「どうせ殺すことに代わりなどないッ! 今すぐ殺せェェェェェ!」


 たった一人で進撃を続けるマガツに気が動転したグレアは、殺すように処刑人を促す。


「させるかッ!」


 その時、マガツは勢いよく地面を蹴り上げ、高さおよそ20メートルほど、その上空で闇魔法を展開した。


 まるで黒い太陽のようにマガツの背後に現れた球体は、まるで雪だるまのように渦を巻きながら大きくなっていく。


 その度に、上空には早朝とは思えないほど、黒く、そして大きな影が生まれる。


「《八十禍津日神・黄泉戦……》」


「まずいッ! 何をしているッ! 早く殺せェェェ!」


 処刑人は手にした大きな斧を振り上げ、刃に繋がった縄を捕らえる。


(このままじゃ、私は……もう、ダメ……っ!)


 ブォン、と音を立て、斧が振り下ろされる。その音を聞き、デザストは死を覚悟した。


 マガツの攻撃よりも先に、縄を斬り落とされてしまう。もう、間に合わない。


(ブランク様……ごめんなさい……私はもう――)


「……《逢魔流壹之太刀おうまがりゅういちのたち・|破砕刃やいばくだき》」


 その時だった。処刑台にかかった影の中から、白い太刀筋が現れた。


 横一線に薙ぎ払われたそれは、処刑人の斧を防ぎ、更にその研ぎ澄まされた刀身に、斧は真っ二つに切り裂かれる。


「っ!?」


「デザ嬢に触るなァ!!」


 驚く暇もなく、続けざまに点滴スタンドのようなものが飛び出てきた。


 それは処刑人の首に直撃し、一瞬にして処刑人を気絶させる。


「何だ、何が起きたというのだッ! いや、まさかコイツは――ッ!」


「全てはこの俺、マガツ・V・ブランクの作戦だッ!」


 マガツはそう告げると、上空で展開した闇魔法を解除して見せた。


 それにより、辺り一面を覆っていた大きな影は消え、本来そこにあった影が戻ってきた。


 全ては、マガツの作戦のうち。デザストを無事に救出するための計画だったのだ。


「全く、マガツ殿の計画はなんとこうも強引なのか。だが、これもまた良い」


「あ、貴方は確か……」


「お、おお、も、申し遅れましたデザスト殿。某はオーマ、マガツ殿の命により助けに参上仕りました」


 言うとオーマは影からその姿を現し、手にした刀を抜刀する。


 刹那、華麗な剣捌きによって、処刑台はゆっくりと崩落し、拘束されていたデザストを解放した。


「マガツ殿~! 救出、できましたぞ~!」


「でかしたっ! 今そっちに行くぞッ!」


 大きく手を振ると、マガツはそのままグレアの待つ本拠地へと飛び込んだ。


 槍を手に、まるで空から現着したヒーローのように、あえて格好を付けてその場に現れた。


「さてと、改めて格好付けさせてもらうが」


 マガツはニヤリと笑みを浮かべながら、その背を向けてデザストの方を振り返る。


「助けに来たぜ、デザスト」

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