第11話 オレのケジメ

「うっ……ここ、は……?」


「マガツ、気が付いたなの?」


 目を覚ますと、そこには知らない天井が広がっていた。


 いや、既に一度その天井を見ていた。


(確か、シャトラとレクシオンをしていた時に……)


「マガツ!」


 それに気付いた次の瞬間、横からシャトラが顔を覗かせた。


 その表情は安心しているような、しかし今にも泣き出してしまいそうな、不安の残る表情をしていた。


「シャトラ……俺は確か、毒を食らったはずじゃ……? それにオーマ――そうだ、オーマは、オーマは無事なのかッ!?」


「だめっ! 今動いたら、傷が開くなの!」


 マガツは思い出し、ベッドから飛び起きる。だが次の瞬間、全身にビリッとした激痛が走る。


「全く、安静にしておきたまえ。これ以上やると、骨が折れるぞ?」


 その時、シャトラのものでもない人物の声が聞こえてきた。


 振り返ると、ミント色の髪をした小柄な少女が、柱の陰からそっとマガツ達を眺めていた。


「え、トニー──」


「全然違わい。ボクはこれでもこの城で最も偉大な天っ才科学者、そして最高のドクター。その名もレイメイ! “レイメイ様”と気軽に呼ぶがいい」


「自分で天才とか様付けするのか……?」


 そっとツッコミを入れつつ、マガツはレイメイの方を向いて、


「アンタが、助けてくれたのか?」


 と訊く。するとレイメイはそっと顔を覗かせながら答えた。


「そうだ。お前の血から採取した血清から、特殊な解毒剤を作り投与した。しかしまあ、緊急で作ったものだ、完全に完治した訳ではない、ぞな」


「だから無理してキャラ作らなくていいから。てか、血清……?」


「そうさ。まあ、感謝するならこのボクもそうだが、姫様にするんだな」


「シャトラが……?」


「ニンゲンなど野垂れ死ねばよいとボクは思っているのだが、姫様が泣いて頼まれるので、仕方なくな。そ、そうでもなければお前など見殺しにしていたさ」


「唐突なツンデレ!?」

 

 再びそう言いながら、やがてレイメイは柱の陰から姿を現した。


 その姿は吸血鬼のような赤黒いローブを纏った上に、白衣を羽織っているといった、とてもユニークな姿をしていた。


「それにしても、君は面白い身体をしているな。あれだけの毒を食らったニンゲンは、普通死んでいてもおかしくないというのに。少しでも遅れていれば死んでいたが、しかしこれほどの耐久力を持ったニンゲンは初めてだ」


 レイメイは言いながら、手元のカルテを見つめて続ける。


「それに、毒攻撃を受けた瞬間から、身体が毒を排除しようと即座に動き出したことも君が無事だった要因だろう。そのお陰で、こうして解毒剤のプロトタイプを作ることができた」


(耐久力……まさか、オッサンから受け取ったステータスのカードに書かれていた……?)


「だが、頑丈とはいえ、君の骨は粉々になっているし、さっきも言ったが毒はまだ君の身体に残っている。無理をすれば、すぐに死ぬぞ」


 レイメイの言うとおり、マガツの骨は、グレアとの戦いで何本か折れていた。


 足にはヒビが入り、左腕の腕は粉々に、肋は肺に突き刺さり、呼吸をする度に空気が漏れるような感覚を覚える。


 本来であれば動くこともままならないような怪我だが、しかし、マガツはそれでも普通に立ち上がった。


「っと、ちょっと痛いが……こうしちゃいられねえ」


「お、おい君! このボクが言っているんだぞ、安静にしているのだ!」


「そうなの、マガツ! オーマは、オーマは無事だから……」


「オーマが無事とかじゃあねえ。アイツは──デザストは今、あの男のところで処刑されようとしてんだろ!」


 マガツは叫んだ。それにより、肺に激痛が走る。それでもマガツは続けた。


「とにかくオーマは、オーマはどこだ?」


「……こっちだ」


 少しの間を追いて、レイメイは部屋の奥へ行くように促す。


 そこに置かれていたベッドには、点滴に繋がれ、衰弱したオーマの姿があった。


 顔に接着剤で修復した仮面を被り、ううう、と小さく唸り声を上げている。


「オーマ!」


「うるさい、病人の前だぞ!」


「そ、そうだった……すまない……」


 と、その時だった。


「マガツ……殿……?」


 マガツの声に気付いたオーマは、ゆっくりと首を彼の方へ向けた。


 彼は今にも尽きてしまいそうな力を振り絞り、ゆっくりとマガツの方へと手を伸ばす。


「オーマ……オーマ……!」


 マガツはオーマの名を呼びながら、そっと彼の手を握る。


 ――暖かい。オーマの手には、微かにだが、まだ温もりが残っていた。


「マガツ殿……ご無事で……何より、です」


「馬鹿野郎、それはこっちの台詞だ……!」


「そうで、ございましたな。失敬……失敬……」


 オーマはそう言いながら、小さく笑う。


 マガツはそんな弱ったオーマの手を額に当て、涙を流した。


「すまない……ごめん、オーマ……!」


 マガツは謝罪した。それは、心の底からの謝罪だった。


「俺が、俺があの時、軽率に狩りに行こうとか言い出したせいで、デザストは誘拐されちまった。俺がいない間に、アイツは連れ去られた……! あの時、お前の架け橋になってやるとかぬかしておいて、こんな事になって……! ごめん、ごめんっ!」


 自分がもし、あの時狩りに行かず、素直に事務仕事をやっていたら、デザストは誘拐されずに済んだかもしれない。


 自分がもし、デザストより先にグレアと出会っていれば、デザストは今処刑台に拘束されずに済んでいたかもしれない。


 何度後悔しても、その悔いが消えることはなかった。


 自分はまだ、見習いとはいえ魔王の座に着いていた。現状、ブランク大帝が就いていた座に、マガツはいる。


(だのに……それに気付かねえで、グレアの侵入を許しちまった――!)


「全部、俺のせいだ……ごめん、ごめんなさい……!」


「マガツ殿……マガツ殿のせいでは、ありません……」


 俯くマガツに、オーマは震えた声で言葉を返す。


 その声はとても弱々しくも、しかし勇気に満ちあふれていた。


「それを言うのなら……某にも非があります……。某たち、アヤカシ族が暴動を起こしていなければ……デザ嬢も或いは……」


「オーマ……お前……」


「マガツ殿のことです……行くのでしょう、助けに?」


 その瞬間、マガツはハッとした。


「マガツ殿とは、つい半日の付き合いしかない。ですが……その国民のことを思い、真摯に向き合う姿は……本物……」


「――ああ、俺は、俺のケジメを付けに行く。ケジメを付けて、デザストも連れて帰る」


 言うと、オーマはぎゅっとマガツの手を強く握りながら言った。


「ならば、某も連れて行ってください」


 その言葉に、レイメイが横から入る。


「ま、待つのだお前達! まだ傷も癒えていないのだぞ! 今お前達が戦いに行っても、負けるだけだぞ!」


「マガツ、それにオーマも……死んじゃ、嫌なの」


「シャトラ……それに、レイメイと言ったか。コイツは、元はと言えば俺に魔王としての自覚が足りなかったせいで起きたことだ。心配してくれるのは有り難いが……俺はやる、やるしかない」


「フン、ならば勝手にすればいいさ。ボクは知らないからな? ボクの話を無視したお前達の責任だからな!」


 そう言って、レイメイはカルテを持ってその場を後にした。


 そして、マガツはオーマの手をそっと握りながら、


「俺に命を賭ける覚悟はあるか?」


 と、真剣な表情でオーマを見つめて訊ねる。


 オーマはその問いに対し、ぐっとマガツの手を強く握って返答した。


 マガツはニッと、男友達と無邪気に笑い合う少年のような笑みを浮かべ、握っていたその手を握手の形に持ち替えた。


「ねえ、マガツ……大丈夫、なの?」


 そんな中、シャトラは不安そうに訊く。


 するとマガツは振り返り、シャトラの前に膝をついて言った。


「シャトラ、いえシャトラ王女。俺には作戦がございます。その作戦には、王女の力が必要──不躾でございますがどうか、その力をお貸しください!」


 改まった口調でそう言いながら、マガツはシャトラに手を伸ばす。その右手は、シャトラの方へと甲を向けた形でその場に留まっていた。


 シャトラは一瞬何が起きたのか分からず硬直する。だがすぐに、マガツの意思を汲み、その手をそっと持ち上げ、


「分かりました、シャトラの力、マガツに貸しますなの」


 改めてそう言葉を交わしながら、そっとマガツの手の甲に口付けをした。


「ありがとう、シャトラ」


 礼を言い、マガツは立ち上がると早速、その“作戦”について説明を始めた。


「これより我々は──“デザスト救出作戦”を遂行する! お前達、覚悟はいいな?」

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