第10話 グレアの狙い

「答えろ、テメェらの目的は何だ?」


「……チッ、調子に乗りやがって……ぐっ!」


「今の俺は、冷静になれねぇ。答えによれば最悪、今ここでテメェを焼き殺す」


 マガツは怒りに満ちた眼で、グレアを問い詰める。


 本気だった。マガツは本気で、グレアのことを殺すつもりでいた。


 グレアの首にかけた手には既に一定の魔力が溜まっており、いつでもグレアを殺す準備はできていた。


 仮に魔法が効かなかったとしても、持ち前の握力でグレアの首をへし折ることもできる。


 まさに、グレアにとって絶体絶命な状態だった。


「吐け」


 マガツはただ一言、これが最後の警告だと告げるように言った。


「……言わなくても分かるだろうが。テメェらの国を潰す、それが目的だ」


「何っ?」


「テメェが何者か知らねえが、ブランク帝国ってーのは、絶滅寸前だった魔物の里や村が、合併やらで寄り集まって生まれた国だ。人間が多くの犠牲を払って狩り続けてきた魔物が、そこから不死鳥みてーに復活し始めた──それがブランク帝国。人間からすれば、迷惑な国でしかない」


 昔話をするように、グレアは続ける。


「そんな時、どっかの国が異世界から召喚した勇者サマが、魔王を――テメェらの大帝をぶっ殺してくれた。しかし、寸前の所で、魔王の隣にいたという魔族の女が身を隠して消えちまった」


(それが……デザスト、ということか?)


 マガツはそれを聞きながら、初めて大帝に召喚された時のことを思い出す。


 あの時、玉座の間には大帝とデザストの二人しかいなかった。


 その奥にはシャトラもいたのだろう。しかし大帝が消滅するまで、その姿を現さなかった。


 そしてデザストには、外傷がなかった。その事から、勇者が取り逃がしたという「魔族の女」がデザストであったと、マガツは結論付けた。


「ソイツは恐らくブランク帝国の王妃だと、オレ様の国の王は言った。だからソイツを連れ去って、ソイツを人質に取ったァ」


 グレアは言うと、今までにないほど、まるで口が裂けているのかと錯覚するほどに、ニヤリと両方の口角を上げながら、


「西門を解放させて、そのままオレ様の軍を壁の中に投入するためになァ。支配者を失った今なら、テメェらの国を攻め落とすのは最早――赤子を殺すことより楽なこと」


「貴様ッ――」


 その計画を聞いた瞬間、マガツの怒りは頂点に達した。


 最早そこに、人を殺すという行為への躊躇いはなかった。


 ただ目の前にいる“悪”を殺さねば、と。本能的にそう感じた。


 しかしグレアは、先までの怒りを忘れたのか、再び余裕そうな笑みを浮かべていた。


「おっと、キレてるところ悪いが、君のお仲間さんのことは大丈夫なのかなァ?」


「仲間……まさかッ!」


 怒りで我を忘れ、すっかり忘れていた。


 ――オーマが負傷していたことを。


 振り返ると、入り口で倒れていたオーマは、苦しそうな表情を浮かべ、ガタガタと痙攣していた。


 片割れになった仮面から見える表情は苦悶に満ち、その顔色も明らかに悪かった。


 仮面の下からは血が溢れ出し、シャトラはどうすれば良いのか分からず、ただその場で硬直している。


「オーマッ!」


「ヒヒッ、甘ぇんだよ雑魚がァッ!」


 その時、グレアはマガツの隙を突き、起き上がるようにして頭突きを放った。


 マガツはそれをモロに喰らってしまい、脳震盪のうしんとうを起こす。


「もっと冷静になれよなァ? オレ様が何のメリットもなしに、テメェらに情報を売ると思うかァ?」


 グレアは人差し指で自分の頭を突き、「よく考えろ」とバカにしながら、マガツを笑った。


「いいこと教えてやる。オレ様のレイピアには猛毒が仕込んであった。あのベヒーモスでさえ、1リットルもあれば殺せるくらいのなァ。もっとも、肉がダメになるから狩りじゃあ使わねえが、それよりも小さい生き物なら――」


 簡単に殺せる。


 最後まで言わなかったが、マガツにはそう言っているように聞こえた。


 実際、ベヒーモスの脅威はつい数時間ほど前、その身を以て体験したばかりだった。


 そのベヒーモスが1リットルで死に至る毒ともなれば、それが人間や、それに近い種族に使われたときにどうなるのか、それは想像に難くなかった。


「オーマッ! おい、しっかりしろッ! オーマッ!」


 マガツは慌てて駆け寄り、オーマの肩を叩く。


「……マガツ……殿……」


「オーマ、おー……ま……」


 その時、自分の肩から下――腕、指の感覚が消え始めたことに気付く。


 肩、グレアと剣を交えた際、貫かれた箇所。そこから、オーマの受けた毒と同じものが、注入されたのだ。


 それだけではない。


「ぐっ、ぐぎゃあっ!」


 口の中が、焼けるような痛みに襲われ、やがて舌が麻痺してしまう。


(しまった……あの時――勢いで奴のレイピアを口に含んじまった時に――!)


「マガツ! マガツ、ねえ、しっかりするなの!」


「全く。オレ様は重度な潔癖症故、少しでも汚れたと感じると、つい我を忘れてしまうようだ。だがまあ、これで城の関係者とも接触できた。よしとしよう」


 グレアはそう言いながら、ハンカチで鎧についた埃をゴシゴシを強い力で拭き取ると、徐に小さな宝石を取り出した。


 次の瞬間、その宝石は砕け散り、代わりにホログラムのような形で、デザストの姿が映し出された。


「お詫びと言っては何だが、今の王妃様がどうなっているか見せてやろう」


「っ!? ウソ、デザスト……」


 そこに映し出されたデザストの姿は、これから処刑でもされるというのか、ギロチン台に拘束されている状態にあった。


 木の枠に両手と首を拘束され、足も開かれた状態で縛り付けられている。そして、首の真上には、鋭く研ぎ澄まされた黑金の刃が取り付けられている。


「デザ……スト……!」


「ククッ。悪しき王妃の最期にはうってつけの処刑方法だと思わないかな? なに、貴様らが西門を開放してくれるのなら、殺すのは最後にしておいてやる」


「テメェ……ッ!」


 マガツは限界寸前まで衰弱した身体を無理矢理動かし、グレアに掴みかかる。


 がしかし、グレアはひょいっと静かに身をかわし、代わりにマガツの首に注射針を刺した。


「鈍いなぁ、それで掴みかかったつもりか? まあ、不死身でもない限りはこれで死んだな。まあ、せいぜい悔いの残らないよう、じっくり考えるといいさ」


 グレアは最後にそう言い残し、まるで霞に溶け込むかのように、その場から消えた。


 マガツは必死に彼へ手を伸ばしたが、しかし、毒が全身に回り、段々と意識が遠のいてしまう。


 やがて全身の感覚が消え、目の前が真っ暗になる。

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