第9話 地下に潜みし影
マガツが狩りから戻ってすぐのこと。
「おい兄ちゃん、なんか城の方が騒がしいぜ?」
「何だ? 俺のいない間に、また暴動でも起こしたのか?」
ブランク帝国に戻ってきたマガツを待っていたのは、ざわざわと不安げに顔を見合わせる国民達の姿だった。
皆口々に噂をしながら、城の方を見つめている。
見たところ、暴動のようなものが起きた形跡はこれといってない。しかし、何もないのにこれほど不安になるなど、どう考えてもあり得ないことだった。
マガツは一体何が起こったのか、近くにいた悪魔族の夫人に尋ねた。
「もし、そこの夫人。一体何があったんです?」
「ああえっと貴方は……?」
「マガツです。ほら、大帝の跡継ぎの……」
「なんとまあ! でしたら早くお戻りになられた方が。シャトラ様が探しておりましたわ」
「シャトラが?」
シャトラが探していた。その言葉に、マガツは疑問を抱いた。
何故ならシャトラには確かに、帝国から立つ前に「ヨーブ山脈へ行く」と行き先を告げた筈だからだ。
まして、シャトラはどこに感情があって、何が笑いのツボなのかも分からないほど、大人しい少女。そんな彼女が、行き先を知っているというのに、探し回るなどありえない。
マガツはそう考えていた。
「マガツ殿、これは一体……某の勘でございますが、何やら嫌な予感が……」
「間違いない。何だか、えらく嫌な匂いがプンプンするぜ」
そう言っていると、ふと城の方からか細くも大きな声が聞こえてきた。
「マガツー! 大変、大変なのーっ!」
声の方を振り返ると、シャトラが金髪の長い髪を靡かせながら走っているのが見えた。
だが、瓦礫に足を取られて、頭から転んでしまう。
「シャトラ!」
「ああっ、マガツ殿! 置いてかないでください!」
マガツは慌てて駆け寄り、シャトラを抱き上げる。
幸い大きな怪我はしていないようだったが、しかし、シャトラの顔は、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
とはいえ、それは転んで痛かったから、とかそんなものではなかった。
もっと何か、転んだ痛みを全く感じないほど、大変なことが起きたと言うのか。
「シャトラ、な、何があったんだ?」
「で、デザストが……デザストが……」
「デザスト……?」
デザストの名を聞いて、オーマは慌ててシャトラの前に膝を付きながら、
「シャトラ殿! デザ嬢……いや、デザストが、どうしたのでございましょうかッ!」
とかしこまった口調で訊ねる。
するとシャトラは、悔しそうに俯きながら、ゆっくりとその口を開けた。
「……攫われた、なの」
その瞬間、マガツ達に戦慄が走った。
オーマにも、街の人々にも、そしてアヤカシ族の男達も、全員。
「デザストって、大帝様の美人な侍女さんだよな?」
「けどデザストの嬢ちゃんは確か、大帝と本人しか入れない部屋で仕事をしているそうだが……」
「デザ嬢が、デザストが、誘拐された……?」
全く信じられない。あり得ない。
国民達はそう言いたそうに、隣人たちと顔を見合わせては言い合っていた。
「シャトラ、それは本当なのか?」
「本当なの。デザストの仕事部屋の前に、これが……」
シャトラはそう言って、小さな手の中に握りしめた紙を広げて、マガツに見せた。
その内容を見た瞬間、マガツの中にあった疑惑が確信へと変わってしまった。
『貴様の国の王妃は預かった。返して欲しくばブランク帝国の西門を開放せよ』
紙に記されていた内容は、王妃を誘拐したというもの。とどのつまり、敵はデザストを王妃と勘違いしている。
がしかし、それ自体は問題ではなかった。
「デザスト……シャトラ、デザストが消えた部屋に案内してくれるか?」
「う、うん……」
「マガツ殿、某も、某も同行して宜しいでしょうか……?」
「……ああ。デザストが絡んでる、オーマも来い」
***
シャトラに案内されたのは、ブランク城の地下1階。
書庫や武器庫、資料保管庫など、様々なものを保管するために掘られたこの階層の一番奥、情報処理室と呼ばれる場所が、デザストの仕事場のようなものだったという。
「ここなの。この前に、手紙が落ちてたなの」
「成程な。うん、手紙は扉の隙間から出て来たって感じか。しかし――」
「この扉は、デザ嬢と大帝しか入れない部屋……。ですがマガツ殿、大帝の跡継ぎである貴方様なら」
マガツはゆっくりと肯き、そっと情報処理室の扉に手を触れる。
するとどういうワケか、マガツの手の甲に紋章が現れた。
それに呼応するように、扉にも魔法陣のようなものが現れ、神々しく光を放つと、
――ガチャッ。
向こう側から、鍵の開く音がした。
「……入るぞ」
「うん、なの」
固唾を呑み込み、マガツ達は扉を開ける。
その瞬間、出会い頭に、レイピアが飛び込んできた。
「っ! マガツ殿ッ!」
突然のことに、マガツは動けなかった。しかし一足先に気付いたオーマは、マガツをタックルで押し飛ばし、シャトラを庇うようにして両手を広げた。
次の瞬間、レイピアの細く鋭い剣先はオーマの腹を貫き、続けて素早く二突き、三突き、四突きと、瞬く間もなくオーマの腹に穴を開けた。
「――ぐばっ!」
「オーマッ! くそっ、やられたッ!」
マガツは咄嗟に剣を抜き、オーマを刺した人影に斬りかかる。
しかし、影は目にも留まらぬ速さでレイピアを振り上げ、オーマの剣を受け止めた。
「なッ!」
「ふふっ……」
だが次の瞬間、マガツは剣を軸に身体を回転させ、サマーソルトキックの容量で、影の頭にかかと落としを喰らわせる。
「どらあっ!」
「ぐっ! くそっ、なかなかやるな……」
暫くして、段々と暗がりに目が慣れた頃に、人影の正体と目が合った。
それは、赤髪に銀色の鎧を纏った、人間の男だった。
「テメェ、何者だ? どこから入った?」
「やれやれ、見つかってしまったなら仕方ない」
男は見つかってもなお、余裕そうに鎧についた埃を払いながら、不敵な笑みを浮かべる。
「オレ様は、ヨルズ帝国聖騎士団団長、グレア。グレア・フォースタス。貴様らの目には、オレ様がどのように映っているかな?」
男、もといグレアは言いながら、口から垂れた血をハンカチで拭う。
と、そのハンカチをマガツに向かって投げた。
「わっ! こいつ――」
「遅いッ!」
その隙に、グレアはマガツの背後に回り、首筋を狙って突きを放つ。
だがそれと同時に、マガツは振り返り、その剣先に齧り付いた。
「ぐがぁぁぁぁぁぁッ!」
その形相はまるで、修羅のようだった。マガツは顎の力で、剣先をへし折って見せた。
「馬鹿な、オレ様のレイピアを……!?」
「テメェだな、デザストのことを誘拐したって野郎は?」
「デザスト? ああ、あのセクシーな王妃様のことかな? さあ、どうだろうねえ?」
「誤魔化せると思うな。どこにやった?」
マガツは怒りの形相で、グレアに剣を突きつける。
だがグレアはそんな状況にいてもなお、ニヤニヤとした表情を崩さずにいた。
「おいおい、よく見れば君も人間じゃあないか。君こそ、この国を滅ぼすために遣わされた者なんじゃあないのかな?」
「関係ない。デザストをどこへやった? 答えないのなら、今ここで貴様の首を斬り落とす」
「おお、おお、怖い怖い。そんな怒らなくたっていいだろうよ、オレ様の狙いはもう既に終わったんだから、さっ!」
刹那、グレアは足下に転がっていた瓶を蹴り上げ、マガツに再び襲いかかった。
その剣先はマガツの右肩を貫き、剣の動きを鈍らせる。
マガツは咄嗟の判断で剣を捨て、壁を蹴り、左拳でグレアの右肩を殴った。
その衝撃でグレアの右肩は外れ、レイピアの動きを鈍らせることに成功した。
しかしマガツの猛攻は続く。
グレアを踏み台にするように彼の腹を蹴り、壁にバウンドするようにしてから、再び殴りかかる。
続けて、怯んだグレアの腕を掴んで資料を入れた棚にぶつけると、そこに全体重をかけたタックルを仕掛ける。
その様はまさに、プロレス技を決めているかのよう。
「答えろッ! テメェらの目的は何だッ! デザストは、どこへやったッ!?」
「……おいおいおいおい、おいおいおいおい。質問は一つずつにしろよなァ……この、ゴミカスがよォ!」
「っ!?」
「このビチグソ共が、ぶち殺してやるぞこの野郎ッ!」
突如、グレアはキレた。
それまでの余裕のあった態度はどこへやら、グレアはマガツの腹を蹴り返し、倒れた所を馬乗りになった。
そして、怒りに身を任せ、マガツの顔面に拳を打ち込んだ。
右で殴り、左で殴り、右で殴り、左で殴り、その繰り返し。
「テメェのッ! せいでッ! オレ様のッ! 鎧がッ! 土埃に塗れちまったじゃあッ! ねえかッ! よォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ~~~~~~~~~~ォ!!!!!!!!!!!!!」
「ぐっ! ぐあっ!」
(コイツ……急に、キレやがった……!? しかも、見境がないッ!)
「ああそうさッ! オレ様があの魔族の女を連れ去ったッ! だがよォ、テメェとなんの関係があるってんだよォォォォォッ!」
荒波のように巻き上がる怒りに、今度は自分の頭を攻撃に加えてくる。
その頭はまるで鋼鉄のよう。
マガツは一撃、グレアの頭突きを喰らい、一瞬死を垣間見た。
床と頭、その両方から襲い来る衝撃に、脳がぐらぐらと揺れる。しかしその中で、マガツはある言葉に覚醒した。
「やっぱり、テメェがそうだったか……」
「じゃあな、死ねッ!」
グレアの頭突きが炸裂する。
しかし、マガツの額に衝突する刹那、マガツは必死で首を左へ曲げ、鋼鉄のように固い頭突きを避けた。
標的を見失ったグレアの頭はそのまま床へと不時着し、そこに小さなクレーターを作り、衝撃で顔が跳ね返る。
マガツはその瞬間、左へ起き上がると同時に、跳ね返ってきたグレアの横顔に一発、拳をぶち込んだ。
そして、その勢いに身体を委ね、グレアと共に横へと回転する。
「うああああああああああッ!」
獣のような雄叫びを挙げながら、マガツはグレアの首を掴み、躊躇することなく、その手に魔力を溜めた。
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