第30話 分裂メイド⁉ 『イムリンず』登場!

「……そして、果てしのない旅をしている中で、魔王マガツの存在を知った」


 そう締めくくり、スライムは溶けるように落ち込んだ。


「でもオイラは所詮ニセモノ。本物には敵わなかった……」


 スライムの話を訊き、マガツの表情が険しくなった。


「そんな酷いなの。どうしてそんなことを……」


 あまりにも身勝手な人間の行為に、シャトラは目を丸めて言葉を漏らした。


 しばしの沈黙が続く。すると、マガツはデザストを振り返って訊く。


「なあデザスト、この数ヶ月間で森が燃やされた事件ってあったか?」


 するとデザストは唸りながら考え込んだ後、「2ヶ月前に」と言って詳細を語った。


「イシュラ帝国の憲兵団が、領地拡大のため森を焼き払ったそうですわ。恐らくこのスライムの言う事件は……」


「なんと卑劣なことを……」


 オーマは悔しそうに唇を噛み締め、拳を振るわせた。


 彼もまた幼い頃、人間によって里を襲撃された過去を持つ。そして、その襲撃で両親を失っている。


 種族は全く違う。がしかし、その境遇はどこかスライムと似ていた。


「成程、これは非常に興味深い。コイツの話から察するに、このスライムは何十体というスライム同士が合体したことになる。更に森にいたトモダチを失った怒りと復讐心から、通常では考えられない力を付けたと考えられる」


 全ての話をメモに書き留めたレイメイは、手帳を閉じながら結論を告げる。


 しかし、未だ分からないことが多いのもまた現状。


 最悪な境遇にいたとはいえ、再びブランク帝国を脅威に陥れる可能性は十分にあった。


「ねえマガツ、このスライムさんどうするなの?」


「………………」


 再び静かになったところで、シャトラが訊く。しかしマガツは唸るばかりで、答えを出さなかった。


 がしかし、その表情は妙に明るく、優しい目でスライムを見つめていた。


 その場に居た一同が緊張感を走らせる中、マガツはゆっくりと口を開いた。


「決めた。お前、ここの国民になれ」


「「「えええっ⁉」」」


 突然の決定に、デザスト達は驚いた。


「ま、マガツ様⁉ 一体どうして! 境遇は察しますが、このスライムは十分な脅威ですのよ!」


「彼奴はマガツ殿を狙い、ましてデザスト様を喰らおうとしたのですぞ! 考え直すべきです!」


 無理もないことだったが、しかしマガツはデザストとオーマの意見を否定することなく、肯いて2人の意見を噛みしめる。


「ソイツは理解してる。そりゃ、コイツにはまだ何個も言いたいことがある。特に飯横取りしたこととか」


「マガツ、流石に小さすぎるなの」


 シャトラは聞き飽きたと言わんばかりに、冷ややかな視線をマガツに向ける。


 そして小さく息を吐くと、マガツは呟くように言葉を紡いだ。


「けどさ、コイツを見てると……なんだか、他人のように思えなくてな」


「えっ? オイラが?」


「俺も、元々は悪の組織の戦闘員。まあ、いわゆるザコだったからな」


 4人が見守る中、マガツはそっと塩袋をどかし、スライムの入った瓶を開けた。


 キュポンッ。と、とても愛くるしい音を奏でて開いた瓶をひっくり返し、中のスライムを出す。


「それにこの帝国も、ここに暮らしている奴らも、昔人間の勝手で大切な物を沢山奪われた。そうして行き場を失った奴らの『新しい故郷』として、この帝国がある。そうだろ?」


 言いながらマガツは振り返り、オーマに笑いかける。

 

 オーマは一瞬驚きつつも、ゆっくりと首を縦に振り肯いた。


「あと、お前の強くなりたいって気持ちが気に入った。俺達でいいなら、ビシバシ鍛えて強くしてやる!」


「お前……いや、マガツ……様……!」


「だから、俺の友達になってくれ」


 そう言って、マガツはそっとスライムに手を差し伸べた。


 スライムは体をぷるぷると震わせながらも、そっとマガツに向けて触手を伸ばす。


 マガツはその触手を優しく握った。まるで、小動物と握手を交すように。


「あ、でも友達を種族名で呼ぶのはなんか気が引けるな……」


「それじゃあお願い、オイラに名前付けて!」


 スライムは目を輝かせ、元気に飛び跳ねながらお願いした。


 その無邪気なスライムの姿に、マガツはふと自分がこの世界に来た日のことを思い出した。


(そういやオッサンから魔王の座を貰った時も、こんな感じだったな……)


 まだ名も無き戦闘員だった時代を思い出し、マガツはスライムの新たな名前を告げた。


 あの日、ブランク大帝が自分にしてくれたように。優しく、ゆっくりと。


「今日からお前の名前は、イムリンだ。よろしくな」


「イムリン……! うん! よろしく、マガツ様!」


 名前を授かった小さなスライム、もといイムリン。


 握手を交した2人の間に、また一つ友情が芽生えた。



 ***



 これにて偽マガツ事件は幕を閉じ、新たにイムリンが仲間となった。がしかし、まだ一つ大きな問題が残っていた。


「しかしマガツ、スライムをこのまま市街地で住まわせるのはどうかと思うぞ?」


「レイメイ様の言うとおりですわ。変身能力を持っているとはいえ、またマガツ様や他の住民に化けでもしたら、ドッペルゲンガーだと騒ぎになりますわ」


 少々立腹した様子で、デザストは意見する。頬までぷっくりと膨らませるその姿は、どこか愛らしかった。


 がしかし、デザストの言う通り。


 スライム、もといイムリンは本物と瓜二つの姿になることができる。その上、変身元の能力をある程度コピーすることも可能。


 現にマガツに化けたイムリンは、跳躍力からパンチ力まで、完璧にマガツを模倣していた。


 和解した今でこそ戦うことはないだろうが、しかし瓜二つの存在が現われた場合、また今回のような『ドッペルゲンガー』騒動が起きかねない。


「そうだよなぁ……けれど城で置くにしても、コイツをペットみたいに飼うのは……」


 呟きながら、足下のイムリンに視線を向ける。


 当然、イムリンは大きな胴体をブルブルと横に振り、嫌だと意思表示をしている。


「シャトラも、イムリンをペットにするのは違うと思うなの」


「だよなぁ……」


 どうしようにも壁が立ちはだかる。マガツは頭を抱える。


 と、その時だった。


「あのー、少しよろしいアルか?」


「ん、シャトラ、何か言ったか?」


「ううん。シャトラ何も言ってないなの」


 どこからともなく、不思議な声が聞こえてきた。


「取り込み中の所失礼しますネ、少しお時間大丈夫アルか?」


「悪い、今はちょっと考え中だから後にして……」


 誰のものでもない不思議な声が聞こえてくる。


 一体誰なのか。気になったのでマガツはふと横に目を向ける。


 するとそこに、瓶底メガネをかけた桃髪のメイドが立っていた。


 まるで最初からメンバーにいたかのように、自然に溶け込んでいた。


「あ、ども。ご無沙汰しております、アル」


「う、うわああああああっ! だ、誰⁉ どちら様⁉」


「酷い! ほら、25話でモブとして出て来た、語尾が特徴的なメイドアルよ!」


 少女は頬を膨らませ、握った拳を床に突きつけながら地団駄を踏む。


 よく見れば彼女の髪型は、中華風なお団子頭にツインテールという、何とも奇抜な組み合わせ。


 確かに一度見れば忘れないであろう髪型だった。


 すると、少女のことに気が付いたシャトラはトコトコと彼女のもとに駆け寄った。


「ウイロウ、こんなところでどうしたなの? またサボりなの?」


「ちち、違いますアルお嬢様! 偶々ここを通りかかった時に、何やら困っていたアルから……」


 と否定しているようだが、しかし彼女の顔には「はいそうです」としっかり書かれていた。


「ウイロウ? メイド長ともあろう貴女がサボりだなんて、良い度胸してますわね?」


「あひぃっ! でで、デザストちゃん⁉ どうしてここに……」


「おろ? デザスト様、こちらのウイロウ様とお知り合いで?」


「知り合いも何も、腐れ縁ですわ。しかしここで、縁ごと斬っても良いのですわよ?」


「酷いアル! でもでも、ワタシ本当に皆様方がお困りのようだったから来ただけネ!」


 ペラペラと言い訳を並べながら、ウイロウはそそくさとデザストから距離を取り、そしてイムリンを捕獲した。


「この子、ワタシに預からせて欲しいネ」


「預かるって、君が⁉ まさか、掃除に使ったりするんじゃあないだろうな?」


 突然の申し出に、レイメイは訊く。


 しかしウイロウは不敵な笑みを浮かべ「チッチッチ」と指を振ると、イムリンを地面に置いた。


「話は全て聞かせてもらったアル。市街地で第二の偽物事件は起こせない。かといって城に置くのも難しい。それならッ!」


「「「「そ、それなら……?」」」」


 一同が固唾を呑む中、ウイロウはどこから持ってきたのか、ピンク色の妖しい本を取り出した。


「この本をスライムちゃんに食べさせて、メイドさんとして雇うアル!」


 その本の表紙にはデザストと同じくらい大きな果実を実らせた美女の写真がデカデカと載っていた。


 そのあまりにも破廉恥な表紙に、オーマとレイメイは顎を外して驚いた。


「なんと……はは、破廉恥な……!」


「すごく……大きいぞ……!」


 そしてマガツはと言うと、ウイロウの取り出した本に既視感を覚えていた。


 否、見覚えしかなかった。


「うう、ウイロウお前それ! いつの間に盗った⁉」


「ついさっき、皆様が真剣にスライムちゃんの話を聞いていたときにくすねたアル!」


「くすねたアルってお前なあ、スリをそんな誇らしく言うな!」


 マガツは勢いよくツッコミを入れる。がしかしすぐに、背後から恐ろしい寒気を感じた。まるで後ろに大怨霊がいるかのような……。


 その瞬間、マガツの背筋が凍り付き、全身が真っ青に染まる。


「あ……しまった……」


「へぇ。その本は確か、私が廃棄本として木箱にしまった筈なんですけど、おかしいですわねぇ……?」


 後ろを振り返ると、そこには紫色のオーラを纏ったデザストがいた。


 嫌な予感がする。いや、嫌な予感しかしなかった。マガツはあわあわと言い訳を考えながら、そっとオーマとレイメイに視線を送る。


 がしかし、


「おっと……まま、マガツ殿すみませぬ。某、急用を思い出したのでこれにて失礼致す」


「ボクも、研究の準備があるから失礼する。ま、まあ骨くらいは拾ってやるよ」


 オーマとレイメイは互いに目配せをしながら、しれっと玉座の間から逃げ出した。


「あっ! お前ら逃げんなっ! この薄情者ォ! せめて弁護だけでも、『異議あり』って言うだけでいいから!」


「まさか勉強用の歴史書と一緒に、そんなものまで、ねぇ。その本の方々が腰を抜かすほど超絶セクシーなこの私を差し置いて……」


「だーもうお前は一々自己肯定感高いなあ! あっと、その、違うんだ! ただ、あんなけしからんもの、シャトラの目の毒になっちまうだろ? ほら、シャトラだってまだ幼いんだし……」


「へぇ。じゃあつまり、この私がお嬢様の目の毒だと言いたいのですか?」


 焦りすぎたあまり、地雷を踏んでしまった。デザストの目元に陰がかかり、眼光が真っ赤に光る。


 更にその背中からは『ゴゴゴゴゴ……』と擬音が生み出されている。


「よ、ようし! ウイロウ、イムリン! 早速その本を食べて変身だッ!」


「「アイアイサーッ!」」


 咄嗟に振り返り、マガツは2人に向けて指令を出した。


 2人はついさっき出会ったばかりだと言うのにも拘わらず、息の合った動きで敬礼を送る。


「そういっ! イムリン、今週のビックリドッキリ変身アル!」


 そう叫ぶと、ウイロウは手にした本を投げた。


「ムムムム~、ムキューッ!」


 次の瞬間、イムリンは体をバウンドさせて、大ジャンプを披露した。


 まるで低い位置からドリブルさせたバスケットボールのように、1人でに飛び上がる。


「あっ! こらっ!」


 飛び上がったスライムを見上げ、デザストは叫びながら手を伸ばす。


 しかしイムリンの方が早かった。


 イムリンは本を呑み込み、そして一瞬で消化した。


「ムム、ムムム、イムムムム……」


「おお、ついに始まるアルね……! イムリンの変身がッ!」


 ウイロウは瓶底メガネを輝かせながら、イムリンを見守る。


 それに便乗して、マガツも自然と息を呑む。本当に変身できるのか、不安だったからだ。


 すると、その時だった。


「イッムリーーーーーーンッ!」


 突然、イムリンの体から光が放たれたかと思うと、イムリンは爆発四散した。


「キャアッ! なな、何ですの⁉」


 爆散したイムリンの欠片は玉座の間に飛び散り、本体であったイムリンの姿が消えてしまった。


 ……と思ったその時、飛び散ったイムリンの破片達がひとりでに動き出した。


「ま、まさかこれって……」


「そのまさかさデザスト。最強になるってんなら、これくらいの芸当はできて貰わねえと」


 驚くデザストを横目に、マガツは腕を組みながら言う。


 するとイムリンの破片は人型に変形し、やがて女の子らしいフォルムへと調整を進めていく。


 そして――


「ぱぁっ!」


 イムリンは黄髪ボブヘアの小柄な少女に変身した。

 

 顔立ちはマガツと同様、日本人らしい顔立ちで非常に整っている。


「うおお! 凄い! 凄いぞイム……りん……?」


 だがそれで終わりではなかった。更にその後ろで、様々な髪型の美少女イムリンが誕生していく。


 まるで落ちものパズルゲームで24連鎖するかのように、次々と新顔のイムリンが誕生する。


「うおおおお! 凄い、凄いアル! 新しい人材が沢山できたアル!」


 その間にも、美少女イムリンは次々と増えていく。その数はおおよそ26人か。


 最早イムリン一匹だけでアイドルグループでも設立できそうな数にまで増殖した。


「マガツ様! 変身できた! オイラ、可愛い?」


「か、可愛い! 可愛いんだけど……その……」


 大量に増えたことはまだ分かる。戦闘時、同じように大量の自分に化けたから、本の情報から美少女に化けることはお手の物。


 しかし一つだけ、マガツは重大なミスを犯してしまった。


「キミ達、なんで水着なの! それも全員ッ!」


 イムリンの変身した少女達、彼女達の姿は全員もれなく水着姿だったのだ。


 紐のような際どいものから、メロン並の果実を抑え込んだ大きなモノ、そしてここでは描写できないほどアレなものまでよりどりみどり。


 逆にデザストの衣装がマシに見えてしまうほど、イムリンによる水着カーニバルが開催されていた。


「あー、もしかすると本の内容がみんな水着のお姉さんばかりだったから、それ学習して水着姿になったアルね」


 目の前に広がる水着カーニバルを前に、ウイロウは冷静に分析して勝手に納得した。


 これにて無事、イムリンの居場所も確保できた。しかし、まだデザストの怒りは収まらなかった。


「マガツ様、やっぱりこれはお仕置きが必要ですわね?」


「いや、違うんだってデザスト! これはほんの手違いで、それにほら勉強だってちゃんとやってますし? ねえウイロウちゃん、何か言ってやって!」


 またまた追い詰められたマガツは、苦し紛れにウイロウへ助けを求める。


 がしかし、


「はいはいイムリンずのみなさーん! 更衣室に案内するネ、ワタシに付いて来るアル~!」


 ウイロウは大量に増えた新人メイド達を束ね、イムリン達を更衣室へと案内する。


 しかもイムリンはウイロウに懐いたのか、全員が可愛らしい仕草で「は~い!」と元気よく両手を挙げ、ウイロウのペースで玉座の間を後にした。


「あ……マジ、で?」


「マガツ様、今日は長―い夜になりそうですわね? 破廉恥な本でお楽しみになった分、しっかりと“補修勉強”で取り返しましょうね~?」


 マガツを壁際に追い詰めて、デザストは満面の笑みで言う。


 だが、笑顔が怖い。それどころか、台詞にもかつてない程の圧がこめられていた。


 念のために言うが、これはあくまで普通の“歴史の勉強”である。


「や、やっぱり……勉強なんてこりごりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 こうしてまた、マガツの悲痛な叫びが帝国中にこだましたのは、また別の話。


 本物のマガツの覇道は、まだまだ続く……。

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こちら、異世界一ホワイトな悪の組織でございます。 ~突然魔王の座を託されたモブ戦闘員による、異世界一アットームな帝国再建譚~ 鍵宮ファング @Kagimiya_2019

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