第29話 知能を持ったスライム
スライムを倒してから少しして。マガツは塩漬けにされて縮こまったスライムを瓶の中に閉じ込め、玉座の間へと戻った。
『殺さないで』
やった行為とは割に合わないような命乞い。それを聞き入れそうになってしまうのは、スライムが小動物サイズまで小さくなったからか。
はたまたマガツ個人の甘さから来るものか。しかしスライムの引き起こした事件は、そう甘くはなかった。
マガツ達は瓶の中のスライムを囲み、それをどうするのか会議を始めた。
「やはりスライムだったか。ボクの予想通りといえば予想通りだが……」
と、最初に沈黙を破ったのはレイメイだった。彼は顎に指を当て、興味深そうにスライムを観察する。
完全に弱り切ったスライムは、非力そうなレイメイを前にしても小さく悲鳴を挙げる。
「レイメイ殿、一体どうしたのです?」
「いや。スライムというのは本来、知性を持たない。プランクトンのような、いわゆる単細胞生物の一種だ。喋るなどあり得ない……」
レイメイはそう言って、訝しんだ表情を向ける。
彼はブランク帝国きっての天才化学者。そんなレイメイが「あり得ない」と言ったのだ。
それが何を意味するのか、マガツは理解していた。
「しかしマガツ様、塩が弱点だというのは分かりますが……」
言いながら、デザストはスライム瓶の周りに目を向ける。
そこには塩の入った麻袋が円を描くように設置されていた。その中央には、まるで儀式の生贄かのようにスライムの瓶が置かれている。
更にその周りを、マガツ一行5人が囲んでいる。端から見れば、怪しい儀式を行っているかのようだった。
「マガツ、流石にスライムさんが可哀想なの」
同情した表情を向けながら、シャトラは呟くように言う。そして、シャトラに便乗する形でデザストも肯きながら言葉を紡ぐ。
「そうですわ。朝食を横取りされたからって、こんな仕打ちをするだなんて……」
「ふざけんな、最悪コイツのせいで俺の信頼なくなる所だったんだぞ! シャトラはまだしも、デザストお前は事情知ってんだろうが!」
「まあまあマガツ殿、こうして元凶は捕らえたのですから。それで、どのようにトドメを?」
オーマは首を傾げ、マガツに訊く。
がしかし、マガツは首を横に振り「トドメは刺さない。今はな」と含みを持たせながら言葉を返すと、スライムの瓶に近付いた。
スライムはひっ。と怯えた声を漏らし、触手のような小さな腕で防御姿勢を取る。
「なあお前、どうして俺に化けたりなんかしたんだ?」
開口一番、マガツはスライムにそう言った。
その口調はとても優しく、まるで行き過ぎたイタズラをした子供を優しく叱るような、そんな心地よさがあった。
これにはスライムも予想外だったのか、腕を降ろしてマガツの顔を見上げる。
「確かに俺は魔王だ、この国の頂点に立っていると言ってもいい」
「そういえば、このスライム……」
マガツの問いを聞いて、デザストは思い出したように口元を抑えた。
それは食料庫でスライムと初対面した時のこと。
『最強ノ、魔王。ホンモノ』
最強。魔王。まるでブランク帝国最強の存在――魔王マガツを狙っていたかのような言い方。
内紛など国家転覆を目論んでいるワケでもなく、ただ純粋にマガツだけを狙っていた。
「教えてくれ。本当の目的は、俺に化けて食料を食いまくった理由は何なんだ?」
まさか教えてくれるワケもないだろう。心のどこかでそう思いながらも、マガツは訊く。
するとスライムは瓶に両手を付け、マガツに顔を近付けながら小さな声で呟いた。
「オイラ……なりたかった」
「なりたかった?」
「もう二度と、トモダチを失いたくないから……トモダチを守れるような、最強のスライムになりたかった! だからオイラ……お前に化けた」
最強になりたかった。スライムは喉の奥から吐き出すように、本音を呟いた。
そして、少しの間を置いてから、スライムはゆっくりと話し始めた。
「オイラ、元々は普通のスライムだった。お前らの知ってるような、ただのスライムだったんだ」
「そ、それじゃあ!」
その時、研究魂に火が付いたレイメイが割って入ってきた。
その目は純粋な少年のようにキラキラと輝き、手にペンとメモ帳を握りしめて鼻息を荒くする。
まさに研究熱心な化学者のそれだった。レイメイらしいと言えば、それらしいけれども。
スライムは突然現われたレイメイに驚きつつも、彼のリクエストに応えるように語り始めた。
「ここに来るよりもずっと前、オイラはどこにでもいる普通のスライムだった」
***
「オイラ達は近くの森で、たくさんのトモダチと一緒に暮らしていた。
スライム以外の魔物や動物もいて、みんなそれぞれ自由に生きていた。
森の中は自然がいっぱいで、オイラ達はニンゲンほど賢くはないけど、それなりに種族の垣根を越えて助け合ってた。
例えば魚が好きなトモダチのために、オイラ達スライムが川で魚を捕ったり。そのお礼に、木の実を貰ったり。
それはもう平和だった。来る日も来る日も、呆れ返るほどに平和で。
――でもそんな平和は、ある日突然焼き払われた。
「構わん! この森に暮らす生物諸共、全て焼き尽くしてしまえ!」
「食えそうな動物は片っ端から引っ捕らえろ! 魔物は生きたまま火炙りにしておけ!」
突然たくさんの鎧を着たニンゲンが森に踏み込んで、青々とした草木に火を放った。
火の手は一瞬にして森全域に回って、多くのトモダチが焼け死んだ。
クマみたいに強いトモダチは、オイラ達を守るために飛び出して、ニンゲンと戦ったらしい。
けど相手はあのニンゲン。道連れにできても、オイラ達の状況が覆ることはなかった。
「口ほどにもねえなァ! もっと、もっと楽しませてみせろやァ!」
そうしてニンゲンとトモダチは長い間戦い続けた。
だのに、戦う力もない弱いオイラ達は、ただただ無様に、必死に逃げ続けた。
逃げてばかりだった。
そうしてまた長い時間が過ぎて、森を襲っていた火は土砂降りの雨に消し止められた。
結果から言えば、戦争はオイラ達の負け。生き残ったトモダチはオイラ達を除いても少なかった。
殆どは焼け死んだか、ニンゲンに殺されて持ってかれた。そして、生き残ったトモダチも飢え死にしていった……。
「…………どうして」
オイラには分からなかった。ニンゲンを襲うこともなく、ただただ自由に、伸び伸びと生きていただけなのに。
どうして殺されなきゃいけないのか。どうして森を燃やされなきゃいけないのか。
――どうして、苦しんで死んでいかなきゃいけないのか。
憎い。どうしようもないくらいに、憎い。
でもオイラみたいな弱いスライムには、ニンゲンを倒す程の力なんてない。
そのせいで、オイラ以外のトモダチが死んで行った。
――オイラ達だけが、生き残った。
それが悔しくて、ニンゲンと同じくらい憎かった。
だからオイラ達は誓って、一つになったんだ。
「トモダチの仇を討つ。そのためにオイラ達は、最強になる」
そう言って、他のスライムと合体したオイラは真っ黒焦げになった森を離れて、最強になるために旅に出た……」
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