第38話 罪深き者へ

「ボクは宗近マサキ――またの名を『断罪の勇者』」


 白銀色の剣を構え、マサキは名乗りを上げた。


 その刀身は白銀色に輝き、鍔の部分には両翼を広げた鷲のような意匠が組み込まれ、中央部には真っ赤な宝玉が埋め込まれている。


 まさにそれは「勇者の剣」と呼ぶに相応しい代物。マサキが勇者であることを示す証でもあった。


「別に個人的な恨みはないけれど、キミ達が犯した罪はキッチリと償ってもらう」


「罪ぃ? 一体俺達が何をしたってんだ?」


「とぼけても無駄だよ。キミ達は魔女をけしかけ、スラム街に火を放ったんだ。これは立派な戦争行為だ」


 抑揚の無い声で罪状を述べると、マサキは目にも留まらぬ速さでマガツに近付き、剣を振り下ろしてきた。


 マガツは反射的に剣の腹を向けて攻撃を防ぎ、力一杯に押し返す。


「魔女? 火を放った? バカを言うな、俺達はそんなことしてねえ! 濡れ衣だ!」


「ならばボクに勝って証明することだ。キミ達が無実であることを、正義であることを」


 言いながらマサキは再び距離を詰め、剣を振る。


 その動きはまさに神速。左右からも、中央からも攻撃が迫ってくる。


(コイツ、速いッ! まるで個別の意思を持った分身体みたいに、全く違うパターンの攻撃が連続で襲ってくるッ!)


 マサキの姿は残像となり、分身したように3つの影が襲いかかる。


 マガツは防戦を強いられる一方で、攻撃する隙も見当たらない。


「どうした、反撃しないのかい? それとも、大人しく罪を認めるのかい?」


「ふざけろ! 少なくとも俺達が裁かれる筋合いなんざねえ!」


「魔族は生きていること自体が罪、キミ達は例外なく『悪』なんだよ」


 言うとマサキは力強く剣を叩き付け、マガツを吹き飛ばした。


 そうして無防備になったマガツ目掛け、魔力を込めた気弾を放つ。


「〈銀の砲弾アルグロス・ショット〉」


 バスケットボール大の気弾は、まるでプロ野球選手の放つ剛速球のようなスピードで接近し、気付いた頃にはマガツの目の前まで接近していた。


(コイツ、確実に防御できない一瞬の隙を狙ってやがるッ!)


 速度とその距離から、回避することは不可能。体をねじる行為も無駄。


 だがそのまま命中を許せば危険な技であることを、マガツの直感が警鐘を鳴らす。


 完全に防ぎ切ることはできない。マガツはその中でも“最もマシ”な手段を選んだ。


「〈八十禍津日神・黄泉戦〉ッ!」


 マガツは左手に魔力を集中させ、マサキの放った気弾に向けて解放した。


『聖』と『魔』、相反する二つが衝突した刹那、それはまばゆい光を放って爆発した。


 爆発の衝撃に怯むマガツ。しかし空間ごと土埃を斬り割いて、マサキは追撃を仕掛けてきた。


「くっ!」


 咄嗟に剣で応戦し、再び打ち合いが始まる。


 マサキの腕は疲れることを知らず、先程と変わらない速度で攻撃を仕掛ける。


 だが、ただやられてばかりいるマガツではない。


「そろそろキミの本気を見せてよ。それとも、まさかこれが本気?」


「なんの、テメェの動きは大体読めてきた! 本番はこっからだァ!」


 マガツは両腕に力を込めてマサキの剣を押し返し、そのままの勢いで体をねじり、回し蹴りを入れる。


 まさかの体術にはマサキも対応しきれず、そのまま横へ蹴り飛ばされ、民家の壁をぶち破った。


「嘘っ! ちょっとマサキ、大丈夫?」


 上空で暢気に観察していた少女、ジェイルが叫ぶ。


 驚くジェイルをよそに、マガツは民家の壁に消えたマサキへ言う。


「どうだ勇者君、俺の得意技を食らった感想を教えてくれや」


 まだ勝負は終わっていない。巻き上がった土煙の奥にいる彼は、まだ生きている。


 そもそも殺すつもりは毛頭ないが、マガツの湧き上がる『闘争心』が、残像が生まれる程に震え上がる『緊張感』が、もっと戦えと轟き叫ぶ。


 やがて土煙は収まり、奥からマサキが姿を現す。


「いい、凄くいい、とても重い一撃だ。ボクが格闘技界の三つ星調査員だったら、文句なしの星をあげていたよ」


 口に溜まった血を吐き捨て、マサキは剣を構える。


「でも剣の腕前は下手くそ。そこを加味したら、プラマイゼロって所だね」


「そいつはどうも。俺からのお返しは「よく頑張ったで賞」でいいか?」


「有難くいただくよ。ついでにキミの首も、トロフィー代わりに貰うけどね」


 言うとマサキは剣先を後ろへ回し、抜刀術のような構えを取った。


 一体何を企んでいるのか。マガツは身構える。


「キミの隠し芸を見せて貰ったお礼だ。ボクが『断罪』と呼ばれる所以を見せてあげるよ」


(コイツ急に気配が、呼吸方法が変わったッ? 何かマズイ、嫌な予感がしてならねぇ……ッ!)


 静かに呼吸を整え、マガツは様子を伺う。


「この勝負、マサキの勝ちね」


 上空で観察しているジェイルは、マサキの勝利を確信して暢気にネイルを塗り始める。


 そして、マサキは息を吐くと同時にボソリと呟いた。


「悶えろ。〈断罪之刃ギルティエッジ獄悶一閃ごくもんいっせん』〉」


 瞬間マサキは目の前から姿を消した。


(なっ、消え――)


 だが背後から、マサキの気配を感じる。振り返るとそこには、既に剣を振り上げたマサキの背中があった。


 それに気付いた瞬間、左肩から右腰にかけて鋭い痛みがやって来た。


「ぐ、ぐあああああああああっ!」


 剣は折られ、引き裂かれた胴体から大量の血が噴き出し、意識が消えかける。


 しかしマガツは根性で倒れかけた体を起こし、膝をついた。


「あれ? ボクの技を受けてまだ生きてる?」


「当然だ、この程度で負けて、魔王が務まるかよ……ッ!」


「へぇ、凄いね。それじゃあボクからも、「よく頑張ったで賞」をあげるよ。あの世くらいなら、自慢できるかもよ?」


 言うとマサキは再び剣を振り上げ、マガツの背中に目掛けて突き降ろす。


 だがマガツは体を転がし、その勢いのまま立ち上がった。


 折れて使い物にならなくなった剣を捨て、代わりに拳を握り込む。


「悪いが、まだ負けるワケには行かねンだわ。城にも国にも、俺の助けを待ってる奴らがいるんだ」


「剣術の次は格闘術? いいね、さっき以上に楽しめる気がするよ」


 かくしてゴングが鳴らされた第二ラウンド。その陰で、城内でもまた一つの戦いが火蓋が切って落とされようとしていた――。


 ***


 城内のエントランスホール。勇者一行の急襲に騒然とする一方で、デザストは槍を構えてシャトラ達を守っていた。


「お嬢様にも、この城の従者達にも、指一本触れさせませんわ!」


 対するは長身痩躯の卑屈そうな剣士。名をラトヌス・サンシッタと言った。


 ラトヌスは背後でデザストを見守るシャトラ達を一瞥して、デザストを見た。


「子供とメイド、そして――イイ女。特に姉ちゃんは最高にイイ体をしてる」


 なめ回すようにデザストの体を見つめて、ラトヌスは舌なめずりをしながら言う。


「取引だ姉ちゃん、このオレとイイコトしない? そうしたら後ろの奴らだけは助けてやるぜェ?」


「お前みたいな男、こちらから願い下げですわ! そもそもタイプじゃありませんもの!」


「チッ、そんな唆る姿してお高く止まりやがって、良いご身分だよなァ? オレ、超イライラしちゃったぜ~」


 取引を断られたラトヌスは逆ギレし、剣を抜いた。


 青鼠色の刀身が鈍く輝き、ラトヌスの狂気的な表情を反射させる。

 

 ラトヌスは剣先を舌で嘗めながら言った。


「じゃあ決まりだァ。勿体ねェが、姉ちゃんも後ろのチビッ子も、全員ぶっ殺す」

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