第17話 宴、そして影

「さあお前ら! 今宵は無礼講ッ! 王も国民も垣根を越えて、ジャンジャン食いまくるぞォォォォォォォォォ!!!!」


「「「うおおおおおおおおおッ!!!」」」


 マガツのその一声から、ブランク帝国では祝勝会と狩猟の大成功を祝した焼き肉パーティーが開催された。


 城下町の広場には何十台という焼き台が設置され、マガツ達はアヤカシ族の男と共に炭を焚き、次々とベヒーモスの肉を焼いていく。


 その中には、ステーキ肉として分厚いブロック肉を鉄板で焼き上げる者までいた。


「ほぉらお前らァ! 派手に行くから離れてろォ!」


 そう言うと、白髪交じりのアヤカシ族は鉄板の周りに酒瓶の中身を振りまくと、そこに火を付けた。


 瞬間、酒は一気に燃え上がり、鉄板の真ん中に置かれた肉を炎の渦に包み込んだ。観客達はその派手な演出に息を呑み、拍手を送る。


「ほぉ、フランベみてーな奴か。流石にこっちじゃあできねぇが、焼き肉と言やぁ炭火焼きだろッ!」


 マガツも負けじと、網の上に置いた肉を次々と国民達へ振り分けて行く。


 網の上に載ったベヒーモス肉は新鮮な赤身があり、焼かれることで溢れ出す肉汁が、その赤身を宝石のように輝かせる。


 そして、炭火の香りを帯びた肉の匂いは、その場にいる魔族達の腹を直接刺激した。


「ほらほらオーマ! 沢山食って早うその傷、回復させぇや!」


「お、叔父貴殿! 流石に某、こんな山みたいには食えませぬ! せ、せめてちょっとずつ、胃も労って……」


「しょうがねえなぁお前さんはッ! ほら、口開けい! あーんで食べさせちょる!」


 オーマの集まるエリアでは、デザスト救出の立役者として活躍した彼を英雄と称える謎のお祭りが始まり、どういうワケかアヤカシ族のおじ様集団によってオーマは囲まれている。


 そこには山のように積まれたベヒーモス肉の皿があり、オーマはほぼ強制的に肉を食わされていた。それも、あーんとおじ様に食べさせてもらう形で、だ。


「マガツ殿ォ! 何とか言ってやってくださいませぇぇぇぇぇ!」


「ハッハッハ! いいじゃあねえかマガツ! 肉は俺達生物にとってのガソリン、燃料だからなァ! ジャンジャン食いまくってりゃあ、傷もすぐに良くなるってもんだッ!」


 マガツはゲラゲラと笑いながら、プロ級の手捌きで肉を焼き上げていく。


 肉を網の上に載せてはひっくり返し、再び返すと数秒おいて差し出された皿の上へ。


 そして焼かれた肉を、国民が頬張り、笑顔を見せる。


「うん! デザスト、この肉とっても美味しいなの!」


 その肉の味は、珍しくシャトラの笑顔を引き出すほどだった。


 シャトラはまん丸とした目を大きく広げるように、恍惚とした表情を見せて言う。


「本当ですわ、こんなに美味しいお肉久々ですわお嬢様! それにしてもマガツ様、とても肉を焼くのがお上手で」


「まぁな。これでも大学時代は焼き肉屋でバイトしてたからなぁ! 今も現役ってもんだ!」


「何だか分からないけど、マガツってすごいなの! 次はこの肉焼いて欲しいなの!」


「おうよ! テメェらも全員、食いたい肉をどんどん持って来やがれェ! このマガツ=V=ブランクが、直々に料理してくれるわァッ!」


 そうして、マガツ主催の祝勝会は一晩中続き、国民達は抱え込んでいた不安の荷を一旦降ろし、楽しい日々を過ごした。


 美味い酒を飲み交わし、明るい明日のことを語り合う。その様子にマガツは、肉を焼きながら微笑み、ブランク大帝へと思いを捧げる。


(オッサン、聞こえるか? 国民達の、楽しそうな笑い声が。こいつがオッサンへ捧げる鎮魂歌、その序曲だ。だから楽しみにしててくれ、コイツらが二度と不安な思いをしないよう、必ず帝国を復興してやるから!)



 ***



 一方その頃。ヨルズ帝国へ帰還したグレアは、早速ブランク帝国への遠征で得た情報を皇帝に報告していた。


「何? 新たな魔王だと?」


 ヨルズ帝国、玉座の間。無駄に広く設計された部屋の最奥部に、ヨルズ帝国を統治する皇帝・ヨルズが鎮座している。


 その広さは大劇場のホールのように大きく、仮にここへ千人の国民を入れても、幾分か余裕ができるほど。壁にはパルテノン神殿を彷彿とさせるような白い石柱が等間隔に並び、天井からはヨルズ帝国の権力を象徴とする〈冠〉と、正義を象徴とする〈光の弓矢〉を組み合わせた紋章旗が垂れ下がっている。


 まさに聖堂のような荘厳さのある空間。その広間の中心で、グレアは膝をついて頭を下げていた。


「左様……ブランク帝国には既に、新たな魔王が台頭しておりました」


「して、その新たな魔王に敗れ、のこのこと戻ってきたと言う訳か。そんな腑抜けた面をぶら下げて」


 言うと皇帝は深くため息を吐き、手に持っていたグラスをグレアの目の前に投げた。


 赤と白を基調とした祭服|(ローマ法王が纏っているような服)を纏ったその男は玉座から立ち上がり、グレアの顔面を蹴り上げる。


「ぐはっ!」


「それでも聖騎士団の団長かッ! この愚か者がァ!」


「ぐっ……申し訳――」


「くだらぬ! 確実に帝国を滅ぼせるよう、例の封神石ほうしんせきまで託したと言うのにッ! 我輩の目に泥を塗りおってッ!」


 それでも怒りの収まらない皇帝は、遂には腰の剣を抜き、周囲の装飾物を見境なく斬り刻む。


 ドガン、ザシュッ、ガラガラ……。様々な音が立て続けに鳴り、彼と共に暴れた剣は皇帝の手を離れ、グレアのすぐ横に着地する。


「ひっ!」


「まあよい……お前達にはもう、何も期待しない。次にブランクへ攻撃を仕掛ける際には確実に滅ぼせ。でなければ、死ね」


 皇帝の言葉に、グレアは息を詰まらせる。


 それは怒りから来るものなのか、「死ね」と直接命令されたからなのか、グレアはこの時生まれた感情が何なのか理解出来なかった。


「しかし不思議なものだ。ブランク帝国の新たな魔王が人間……それも、イシュラが召喚した勇者の帰還からほぼ一週間も経っていないうちに、国民の支持を得て軍を結成した……」


 ふと疑問に思った皇帝は、顎に手を当てて考え込む。


 そこに、グレアは震えた手を挙げながら、情報を追加する。


「そして我々聖騎士団、重傷患者多数ではあるものの、今回の遠征での戦死者はゼロ。私も、魔王――マガツ=V=ブランクの奇っ怪な魔法を受けてしまいましたが、この通り、何故か生きております」


 その情報に、再び皇帝は唸る。無理のないことだった。


 ブランク大帝がこの世から旅立ち、勇者が帰還したのはつい一週間前の出来事である。その一週間の間に、魔族とは何の関係性もないであろう人間が『魔王』となり、少数の軍を指揮して戦いに勝利したなど、普通ではあり得ない。


 最も、世界の創世神話の方が、幾分か理解できる物語を描く。


 しかし、そんな〈あり得ない〉芸当を、マガツ=V=ブランク、そしてブランク大帝は成し遂げた。


 成し遂げてしまった。


 考えても考えても、その答えには辿り着かない。


 と、その時だった。


「おやおや、何だか騒がしいと思ったら。ヨルズ皇帝、また癇癪かんしゃくを起こしたのですかな?」


「貴様は……イシュラ皇帝ッ!」


 声のする方を振り返ると、そこには黒を基調とした軍服姿の男が立っていた。全体的にやや中年太りしたその男は、蒸かした芋のようなものに齧り付きながら、ニヤリと笑う。


 グレアは初めて見るその男の姿に、ぽかんとした表情を向けていた。


「どうもどうも、初めましてかなグレア団長? わたくしはここより東の帝国、イシュラ帝国を統治するイシュラ・シュノワァルと申します」


 言うとイシュラは深々とお辞儀をして、ニヤリと不敵な笑みを見せる。


「イシュラ、こんな時に何用だ? 笑いに来たと言うのなら、今ここで貴様の首を斬り落としても構わんのだぞ?」


 ヨルズは言いながら、グレアの隣に刺さった剣を抜き、イシュラの首に剣を突きつける。


 イシュラはそれでも不敵な笑みを崩さず、ニヤニヤとした表情を浮かべたまま両手を挙げる。


「おお、怖い怖い。そうカリカリなさらない。わたくしはただ、協力をしたい、その相談のために来たまでです」


 言うとイシュラは、そっとヨルズの剣を下げさせ、ニタァと両頬を挙げて笑った。


 その気味の悪い笑顔に露骨に嫌な表情を返しながら、ヨルズは訊く。


「相談だと?」


「ええ、ええ。そのブランク帝国に現れたという新たな魔王、その人物は人間なのでしょう? そうでしょう、グレア君?」


 突然話を振られたグレアは、一瞬驚き硬直しつつも、ゆっくりと首を縦に振った。


 イシュラは彼の表情を見て「うんうん」と肯き返すと、右手の人差し指を挙げた。


「となれば、その人間はもしかしなくとも、異世界人である可能性が高い。現に我が国で召喚した勇者の少年もまた、特殊な能力――ユニークスキルを持っていました」


「……まさかイシュラ、貴様――」


 勘付いたヨルズは、剣を鞘に戻しながら呟く。イシュラは彼が気付いたことを代弁するように、ヨルズへ提案した。


「最恐の魔王には、最強の勇者を――。そう、我が国の勇者をぶつけるのですよ」

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