50.新婦の身支度

「よっ! オバサマ! じゅんびバッチリだな」


「おばさま……キレイ……」


「ふふっ、ありがとう。ブノワ、イザベル」


 少年の方はブノワ、少女の方はイザベルという。ブノワはミルキーブロンドに瑠璃るり色の瞳、イザベルは黒髪に濃紺の瞳をしていた。


「お待ち、ください。坊ちゃん、お嬢様ぁ……っ」


 年配のメイドが白い扉にもたれ掛かっている。息も切れ切れ。鼻先からは汗を滴らせている。言わずもがなもてあそばれたのだろう。この5歳にも満たない子供達に。


「ごっ、ごかいです! わたくしはブノワをとめようとしただけで――」


「ああ、これか! これもってオジうえのところまでいけばいーんだな!」


 少年・ブノワはエレノアの白いヴェールを掴むなりバサバサと波を起こすように揺らし始めた。粗暴なところは父親に――カーライルの次兄・セオドアにそっくりだ。


「ぎゃーー!!! 何するんですか!!!」


「はぁ? なんだよ」


「そんな雑巾絞るみたいに握っちゃダメです!! ふわっと卵を包み込むようにして持つんです! ヴェールにしわが付いちゃうでしょうが!!!」


 アンナがブノワを叱り始めた。怒涛の勢い。まさに人が変わったよう。これもまた、彼女の衣服に対する情熱の高さゆえだ。


「っ!? ……んっ、んなおこることねーだろ……」


「あぁ~! よく見たらジャケットも、パンツも汗とホコリまみれじゃないですかっ!? どうしてこんなひどいことをするんですか!? 可哀そうじゃないですか!!」


「かわいそう??? おまえ、なにいってんだ……?」


 アンナは戸惑うブノワを他所に、彼の衣服を整えていく。


 今日のブノワは白基調としたジャケットに短パン姿。胸には、白い薔薇ばらのコサージュを身に着けていた。


 今日の彼の仕事は『ベルボーイ』。エレノアを極力美しい状態で、新郎であるユーリの元に届けるのが役割であるはず……なのだが、どうにも意図が伝わっていないらしい。大役を任されたという点にしか意識が向いていないのだろう。


「ブノワ! ダメだよ! ちゃんとやらないと! みんな、みんなみてるんだからね!」


 別角度からも非難の声が飛ぶ。同じく『ベルガール』を務めるイザベルからだ。


 彼女は白いシフォンのワンピースを身に纏い、胸にはブノワと揃いの白薔薇のコサージュをさしていた。


「うっせぇな。わかってるよ」


「わかってない! わかってないからおこられてるんでしょ!」


「うぐっ!? にゃろ~……」


 イザベルの方はきちんと役割を理解しているようだ。しっかり者でやや口うるさいところは自然と彼女の父親を――三兄・アルバートを彷彿とさせる。


(二人ともまさに生き写しね)


 容姿に限らず、言動も何もかも。当人達は娘息子達がこうして言い争う姿を見て、一体何を思うのだろう。想像するだに頬が緩んだ。


(ねえ、ユーリ。わたくしと貴方の子はどちらに似るのでしょうね?)


 いずれにしろ、たっぷりと愛情をかけて育てるつもりだ。


(おそらく、その子は……ほぼすべてのことを忘れてしまうでしょう。だけど、はきっと残るはず。わたくしはそう信じています)


 願わくばそのが、その子の生きる糧とならんことを。


 エレノアは目を閉じて静かに祈りを捧げた。


「エラ! まぁ素敵~」


 続いて部屋に入って来たのは長姉のホリーだ。深緑色のドレスを身に纏った彼女の腕の中には、イザベル、ブノワよりも幼い男児の姿がある。ダークブラウンの髪に濃紺の瞳が印象的な子供だ。


「あっ! ちょっ! こら!」


 男児は母であるホリーを押し退けると、一人で勝手に歩き出した。


 彼もまたブノワと似た服装をしていた。上下白のスーツ姿で、下は短パン。


 まだ歩き出して間もないためか足取りはやや覚束ないが、それでも懸命に足を動かしてエレノアに向かって歩いて来る。


(ああ、何ていじらしい……)


 胸のときめきをそのままに、男児の動向を見守る。


「ううっ、あー……」


 男児はエレノアの足元に辿り着くなり、ぐっと両手を伸ばしてきた。


「すごい! バッチリですわね、ジャン!」


 彼は『リングボーイ』を務めることになっている。籠に入れた結婚指輪を、エレノアとユーリの元に届けるのが役割だ。そのため、これは彼なりの予行練習なのだと思った……のだが。


「んぁ、……わー」


「あら?」


 ジャンは変わらず腕を伸ばしている。


(リハーサルではないの? では、これは一体……。…………あっ! そう! 抱っこね)


 合点がいったエレノアは身を屈めて腕を伸ばす。


「「ダメダメダメ!!!」」


 アンナとホリーの声が重なった。直後、エレノアはアンナの手によって上体を起こされ、ジャンはホリーの手によって抱き上げられる。


「まったく。この子ったら、ほんっっっと見境がないんだから」


「……と、仰いますと?」


「この子ったら、3歳にしてとんだなのよ。好みじゃない相手には見向きもしない。まったく――」


「誰に似たんだか」


「………………っ!? おっ、お母様!?」


 見れば額を押さえて項垂れる母の姿があった。


 薄紫色のハイネックタイプのドレス姿。メリハリのついた女性らしいボディラインを惜しげもなく披露しながらも、侯爵夫人らしい気品も漂わせている。


「ねえ、この子で本当に大丈夫なの?」


「だっ、大丈夫です! 母であるわたくしがきちんと監督致しますので」


「……不安だわ」


「まぁそう言うなクレメンス。多少の失敗は大目に見ようじゃないか。ホリーもジャンも、エレノアとユーリを祝福する気持ちに変わりはないのだから」


「お父様」


 父は馴染みの白いカソック姿だったが、肩からは帯のような紐を下げていた。金のつる薔薇の刺繍は、父が『枢機卿』の立場にあることを意味している。


「神よ。今日という日を迎えられましたこと、心より感謝申し上げます」


 父はエレノアと目が合うなり祈りを捧げた。エレノアの目尻がじんわりと熱くなっていく。色々なものがどっと込み上げてきて。


「……ええ。神には本当に感謝してしきれませんね」


 母もまた同じ思いであるようだ。それとなく目尻を拭っている。それがまた嬉しくて、エレノアは笑みを零す。


「クレメンス」


「……はい」


 母は一息つくとエレノアの前に行き――そっとヴェールをおろした。


「エラ、どうか幸せになってね」


「お母様……ありがとうござい、ます」


 少々言葉を詰まらせながらも感謝の言葉を送った。ヴェールごしに見た母は、口元を覆って何度となく頷いている。


「??? かお、かくしちゃうのか? せっかくキレイなのにアレじゃみえねーじゃん」


「アクマからみをまもるためよ」


「アクマ!? きょーかいでたたかうのか!? ユーリやビル、レイがたたかってるところもみれるのか!? うはー!!! たのしみ――」


「あ~~!!! もううるさい!!!」


「はぁ!? なんだよ! なにキレてんだよ! いみわかんないぞ!!」


 母とアンナ、それから年配のメイドの溜息は、エレノアと父・ガブリエルの笑い声によって包み込まれていった。


 一頻ひとしきり笑い合ったところで父が切り出す。


「……さて、後のことは任せてもらえるかな」


「ええ。行きましょう、ホリー」


 母とホリーが足早に去って行く。室内にはエレノア、父・ガブリエル、サポート役を担うアンナ、イザベル、ブノワだけが残された。


「えっ? えっ? おじいさまもいっしょ……なのですか?」


「ああ、いっしょに頑張ろう」


「うほー! イザベル、きいたか? やっぱりこれすごいことだったんだ!」


「だから、ちゃんとやらなきゃダメなんだって」


「よっしゃー!!! やるぞー!! やるぞー!!!」


「ふふっ、では行こうか」


「はい、お父様」


 エレノアは静かに立ち上がり、そっと父の腕を取った。背後にはブノワ、イザベル、そしてアンナが続く。


 向かう先は礼拝堂。そこにはユーリが待っている。永久の愛を誓うために。



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余命2年の初恋泥棒聖女は、同い年になった年下勇者に溺愛される。 降矢 菖蒲 @2/22(土)更新予定 @Ayame0v0Furuya

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