03.仲間

 何か物言いたげな表情を浮かべている。言わずもがな案じてくれているのだろう。


 年齢はエレノアと同じ20歳。チョコレートブランのやわらかな髪に、目尻が垂れ下がった萌黄色の瞳。その身に宿す色は勿論のこと、纏う雰囲気もなめらかで心地のいい青年だ。悩みの一つでも打ち明けたくなるようなそんな包容力も感じさせる。


「悪いのはヤツの方ですよ。貴方に非はありません」


 擁護したのはレイだ。全身黒ずくめ。革製の黒のジャケット、パンツ、ブーツと何ともパンクだ。年齢は29歳。黒髪坊主頭、褐色がかった肌に彫の深い顔立ち。目力が強くビルとは対照的なワイルドな印象を抱かせる。


 一方でその職業柄からか知的さも感じさせた。そのためか、顎と口に蓄えられた髭も清潔感を損なわせるようなことはない。


「ヤツは逃げたのですから」


「見限られたのですよ」


「またそのようなことを――」


 レイの反論を笑顔で制する。気持ちはありがたいがこれだけは譲れない。


「クリストフ様は安らぎを得ました。ですから、もうきっと大丈夫です」


 これにはレイだけでなくビルも表情を曇らせた。クリストフに対する途方もない不信。その上にエレノアに対する同情が乗っている。彼女自身はそう解釈していた。


「何はともあれこれで用は済みました。早く邸に戻るとしましょう」


 エレノアは笑顔で告げた。切り替えをアピールしてのことだ。こうなると2人も呑み込まざるを得ない。2人は微苦笑を浮かべつつ頷く。


「そうですね。この腕輪ともおさらばしたいですし」


「同感です。ったく、気色悪りぃったらありゃしねえ」


 レイは鬱屈とした表情で自身の腕を見た。2人の両手には黄金の太い腕輪が付けられている。この腕輪には毒針と警報機が仕込まれているのだ。ほんの僅かでも魔法を使えば猛毒に侵され、警備兵に囲まれる。


 目的は王を始めとした王族の身を守るため。しかしながら、この腕輪の装着は登城者全員に強要されるものではない。は除外されるのだ。現にクリストフとシャロンはこの腕輪をつけていなかった。


 エレノアは腕輪に施された巧みなつたの装飾を眺めつつ苦笑を浮かべる。


「それにサーベルも。手元にないとどうにも落ち着かなくて」


 そう零したのはビルだ。無力化されたことへの不安というよりは、むず痒さが先行しているように思う。彼は騎士であるのだ。彼にとって剣は、最早単なる道具ではなく体の一部であるのかもしれない。


 見上げるほどに高い扉を通り過ぎると、豪華絢爛な回廊に出た。左右にはアーチ形の大きな窓が無数に並び立っている。右手には宮殿の見事な庭園、左手にはエレノア、レイ、ビルの姿がある。


 そう。左手に並び立っているのは窓ではなく鏡。一点の曇りもなく磨き上げられたそれらの鏡は、向かい側に広がる庭園や回廊を通る人々の姿を映し出している。

 

 宙にはガラス製のシャンデリア。その数24灯。横に3灯、縦に8灯、等間隔で並び吊るされていた。


 そしてそのシャンデリアの奥、天井には巨大な絵画が。色鮮やかに建国の歴史を伝えている。端的に言えば英雄譚。国王は初代勇者の末裔であるのだ。そのため王甥であるクリストフは、この先代勇者の系譜を継ぐ者ということになる。


(赦されることも多い。けれど、かかる責任は過大。故に孤独は必定。少し考えれば分かりそうなこと。にもかかわらず、わたくしはろくに頭を働かせもせずにあのお方をいたずらに鼓舞し続けた。私生活においても勇者であることを求めてしまった)


 クリストフは常に笑顔だった。エレノアはそんな彼が向けてくれる言葉を、ろくに咀嚼することなく飲み続けてしまったのだ。繰り返される期待と落胆。クリストフが受けた苦痛は想像に難くない。


(……今のわたくしに出来るのは)


 回廊の脇に立つ貴族達の視線がエレノアに集中する。エレノアは小さく息を呑み、縮こまりかけた背を真っ直ぐに伸ばした。


(この罰を受けること。ただそれだけ)


「見ろ。今日も男を侍らせて」


「ふしだらな。カーライルは落ちぶれたものだな。あの長兄殿といいエレノア様といい……」


「癒し手として大変熱心に励まれていると聞き及んでいたのだがな」


「兄君には敵わないと悟り、自棄を起こされたのだろう」


 性的放縦な聖女。それが今、エレノアに向けられている評価だ。この悪評によって、彼らの交際~結婚の正当性は一層高まる。


 つまりはこれは、2人が結ばれるに必要な過程。エレノア自身が支払うべきと捉えている代償だ。周囲にいるレイやビルを巻き込んでしまう。その一点だけが心苦しい限りだが。


「兄君? 公妾の?」


「セオドア様だ」


「王都大司教様であらせられるのだぞ。斯様な者と一緒にするでないわ」


 背後から殺気を感じた。エレノアは咳払いを一つ。それとなく顔を後ろに向けて会釈する。『苦労をかけます』と謝意を伝えたつもりだ。きちんと伝わり、あわよくば汲んでくれることを切に願う。


(出口だわ)


 嘲笑と侮蔑で歪んだ回廊を抜けた。日差しが瑠璃るり色の瞳を照らす。エレノアは右手で傘を作って空を見上げた。空には雲一つない。快晴だ。心は自然と前向きになっていく。


(神よ。貴方はわたくし達に祝福をお与えくださっている。誠に勝手ながらそう解釈させていただきます)


 エレノアは歯を出して笑った。振り返ればレイとビルの姿がある。唐突に笑い出したエレノアに戸惑っている様子だ。エレノアは悪戯が成功した子供のように一層笑みを深くする。


「わたくし達は、文字通りドン底ですね」


「ドン……どこで覚えてきたんですか、ンな言葉」


「ですので、後は登るのみです。めげることなく共に励みましょう」


(この声を届けるために。それがこれからのわたくしに出来ること)


 そう。エレノアには大望があるのだ。これから行われる慰問の旅は、その大望成就に向けた第一歩。立案者は長兄ミシェル。内容は言ってしまえばデンスター王国の立て直しだ。


(この計画が成功すれば諸問題の解決は勿論、クリストフ様の憂いも少なからず晴らすことが出来るはず)


 エレノアは両手に握り拳を作った。レイはやれやれと首を左右に振る。


「……セオドア様か」


「流石は我らが聖女様。頼もしい限りです」


「ふふん♪ そうでしょう。そうでしょうとも」


「ウィリアム殿。聖女様に世辞は通じませんよ」


「本心ですよ。レイ殿も同じ思いでいらっしゃるのでは?」


「……………………………………………………」


 レイは眉間に皺を寄せて目を逸らした。エレノアとビルは示し合わせたように顔を見合わせて微笑み合う。


「さぁ、参りましょう。明日は早い。寝坊などしては大変ですよ」


 まるで旅行にでも行くかのような浮かれっぷりにレイは一層深い溜息を、ビルは穏やかな表情でエレノアの背を見つめていた。



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