出会い編

04.村と自警団

「のどかですね。空気も澄んでいて心地がいい」


「恐れ入ります」


 王都を出てから半月後。エレノアはレイとビルの他に10名ほどの騎士を連れてとある村を訪れていた。


 村の名は『ポップバーグ』、王都から馬車で一週間ほどのところにある小さな村だ。


 この地を治めるのはオスカー・ペンバートン伯爵。『領民あっての村、領民あっての街』との考えを根強く持つ民思いな領主として知られている。多忙な合間を縫って領民達と対話を重ね、時には大胆に、時には慎重に改革を行う。


 その甲斐もあってか彼が治める土地の税収は非常に安定しており、領民達が飢饉で苦しんだとの記録も残されていない。


 そんな卓抜した経営手腕を持つ彼であるためか、助言を求められることが多々ある。相手は他領の領主ないしそれに付随する人々だ。今日も今日とて前触れなく他領の領主に泣きつかれる始末。


 止むを得ず、村の案内はペンバートン家の老齢の家令が担うことに。無論、不満も不足もない。エレノアは農村の風景を堪能しつつ家令の説明に耳を傾ける。


「なるほど。この村のシンボルはポプラの木なのですね」


 彼女の言う通り村の所々には見上げるほどに背の高いポプラの木が植わっていた。春先ということもあり葉は青々と輝いている。


「はい。ポプラの花言葉が『勇気』『度胸』といった大変力強いものであったため、お選びになられたそうです。この村ではご先祖様方の思いを今に伝えるべく年に一度植樹を行っておりまして、その際には村人達と共にペンバートン家の当主、夫人、子息令嬢も加わり汗を流すのです」


「素敵なお話ですね――」


「ふっふっふ! アタシは分かっちゃってますよ? 本当のところは願掛けなんでしょ? 『勇者様が生まれますように!』って」


 話しに割って入ってきたのは小柄な少女だった。淡い茶色の髪をポニーテールに。胸や関節、額など部分的に防具を着用しているものの、白のチューブトップに茶色のショートパンツ、黒のロングブーツとかなり露出度の高い恰好をしていた。


 彼女の名はミラ。年齢は17歳。つい先日まで冒険者として活動をしていた双剣使いだ。撤退時に仲間達から見捨てられ、集落近くで行き倒れになっていたところをエレノア一行に救われた。その恩義からこの慰問の旅に同行することになったというわけだ。


 共に旅をするようになってから一週間足らずではあるものの、彼女の人懐っこい性格が幸いしてか早くも馴染みつつある。


「なるほど。それは盲点でございました。どうやら初代のご当主様も隅に置けないお方であったようですね」


 老齢の家令はミラの茶々も邪見にすることなく笑いに変えてくれた。穏やかな人柄が見て取れる。


「皆様ご機嫌よう」


 村民達は皆手を止めて挨拶をしてくれる。表情こそ硬くはあったが、嫌悪感や不快感が伝わってくることはなかった。王ならびに聖教からの使いということもあり、無礼がないようにと気を引き締めているのだろう。


「聖女さまー! どこに行くのー?」


 黒髪の少女が声をかけてきた。傍にいた母親が慌てて叱る。母親の顔はすっかり青褪めてしまっていた。


「自警団のお稽古場までー」


 エレノアは笑顔で応えつつ彼女の母親に会釈した。少女は満面の笑み。母親は何度となく頭を下げた。


 そんなやり取りをする内に、金属音と威勢のいい声が聞こえてきた。平らな芝生の上で騎士達が剣や魔法をぶつけ合っている。女性の姿はなく全員男性であるようだ。いずれも屈強。数にして30人ほどか。


「おーい、ボリス」


 呼びかけに応えたのは一際屈強な男性だった。黒髪モヒカン頭に日焼けした肌、そして黒い瞳。背中には大剣を背負っていた。団員達の稽古を監督していたあたり、おそらくは彼が団長なのだろう。


「あー、どうもどうも。こんなところまでわざわざ恐れ入ります」


 ボリスと呼ばれた男性は頭を掻きながらゆったりとした足取りでこちらに向かってくる。笑顔を浮かべているが、エレノアの目にはその笑顔がやや軽薄に映った。


(わたくし達のことをご存知なのかしら……?)


 エレノアの背が自然と伸びていく。


「団長のボリスです。あ~……その、何だ? 貴族的な挨拶はご容赦いただけますか? 柄じゃねぇつーか、何っつーか……ははっ、俺ァ根っからの庶民なもんでね」


 ボリスは照れ臭そうに鼻の下を掻いた。エレノアの緊張がふわりと解ける。


「ふふっ、お気持ちだけで十分ですわ」


「助かります」


「見た目によらずシャイなんですね?」


「ああ゛? 生意気だぞ小娘」


 一目見てミラは貴族ではないと見抜いたのだろう。ボリスはお茶らけた調子でミラに吠えた。ミラはそれを擽ったそうに受ける。お陰で一層場が和んだ。ビルを始めとした騎士達からも笑みが零れる。


「ボリス。そろそろ自警団の説明を」


「あ~、はい。っても、何から話しゃいーのかな?」


 ボリスはやや拙いながらも自警団の成り立ちから、現行の任務について話してくれた。在籍しているメンバーの経歴は様々で、冒険者ギルドから出向してきている者、この村の出身者で王都の騎士学校で学んだ過去を持つものなど様々だった。


「あの少年は? 団長様のご子息なのでしょうか?」


 エレノアの視線の先には一人の少年の姿があった。年齢は推定10歳前後。彼以外に少年の姿はない。屈強な男達に混じって剣を振るその姿は些か異様とも取れた。


「ん? あぁ、ユーリですか。アイツは村の農夫のせがれ。俺の子じゃありませんよ」


 言われて納得する。確かにボリスとユーリはまるで似ていなかった。紅色の髪に色白な肌、そして栗色の大きな瞳。類似点はほぼゼロと言ってもいい。


(でも、だったらどうして……ああっ!? 危ないっ!)


 ユーリは身を屈めて剣をかわした。斬られた数本の紅髪がひらひらと宙を舞う。少なくとも相手の男性が持つ剣は本物、つまりは真剣であるようだ。エレノアの心拍数がみるみる内に上がっていく。


 一方のユーリはというと、まるで動じていなかった。あどけなさの残る声で雄たけびを上げて相手の男性に斬りかかっていく。


「アイツはどうにも剣が好きなようでね。始めてここに来たのは4年前……6つの時だったかな?」


「何と勇ましい」


「っても、アイツは農夫の倅。両親の意向もあって、ずーっと無視してたんです。期間で言うと……ちょうど3年ぐらいか」


「そんなに……」


「けど、アイツはめげなかった。隅で一人で稽古して、俺や団員達の技を盗んでいったんです」


「……………………」


 否定の声を受けながら努力を重ねる。それは相当な苦痛と孤独が伴う行為だ。エレノアにも経験がある。だからこそ、諸手を挙げて賞賛することが出来なかった。


「終いには、テメェよりも二回り以上大きなゴロツキどもを一人で伸しやがりましてね。これには俺も根負けしてしまって、見習いって形で受け入れることにしたんです。……まぁ、親御さんからは睨まれまくってるんですけどね」


「すっごいガッツ」


「だろ?」


 盛り上がるミラと団長を背に、エレノアは一人歩き出した。未だ両親からは認められていない。その一言が引き金になって。


(赤の他人であるわたくしがご両親に代わる言葉を送れるとは到底思えない。けれど、それでもわたくしは……)


 呆れ顔で嗤う父。何も言い返せないままその背を見送った。その時の記憶が過ったのと同時に、エレノアは大きく口を開いた。



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