05.恋に落ちて
「ユーリ! 頑張れ~!」
「っ!? エレノア様!? きゃーー!!! 危ないですよ!!!」
ミラが慌てるのも無理はなかった。ユーリは今模擬戦の最中。場合によっては巻き沿いを食らう。ミラは大慌てでエレノアの元に向かった。
「は? なん――っ!」
ユーリはエレノアに気付くなり目を見張った。その頬はほんのりと赤く色付き、栗色の瞳はじんわりと
「ドアホ」
「ってぇ!!??」
「きゃあッ!?? ユーリ!!??」
直後、ユーリの頭に剣が刺さった。慌てて駆け寄り患部に目を向ける。どうやら峰打ちであったようだ。たんこぶこそ出来ているが出血はしていなかった。
「っは! 生意気なガキだぜ。一丁前に鼻の下なんか伸ばしやがって」
「~~っ、ちがうッ!! オレはただその……っ、急に話しかけられてビックリしただけだ!!」
「何ってこと! ごめんなさいね、わたくしのせいで」
「う゛……っ」
「直ぐに治します。じっとしていて――」
「いっ、いいッ! こんなのへっちゃらだッ!」
「あっ! ユーリ……っ」
ユーリはエレノアを半ば押しのけるようにして離れていってしまった。
「ちょっと! 何すンのよ!」
ミラが透かさずエレノアを支える。彼女はすぐさまユーリを非難したが、当の本人は無反応。聞こえないふりを貫く構えであるようだ。
「あ~、あ~、何やってんだおめぇーは」
「うるさいッ!! オッサン、もう一本だッ!!」
ユーリは相手の男性に剣を向けた。白い霧がかったオーラが彼の全身を包み込む。
(驚いたわ。あの若さで無属性魔法を扱えるなんて……)
感心するエレノア。対するユーリの顔は真っ赤に染まっている。しかし、エレノアがいる位置からは確認出来ない。ユーリのほぼ真後ろに立っているからだ。
「ユーリ、せめて頭の傷だけでも――」
「~~っジャマすんな!!」
「ったく……」
合流した団長が微苦笑を浮かべる。やれやれと首を左右に振って、ユーリの対戦相手である男性に目を向けた。
「イゴール、もう一本付き合ってやれ」
「へいへい」
イゴールと呼ばれた男性は、団長に言われるまま中段の構えを取った。白い霧がかったオーラが彼の全身を包み込む。
ドワーフを彷彿とさせるような立派な髭を蓄えた男性だ。鬱屈とした表情こそ浮かべているものの、改めて見てみると温厚な人柄が透けて見える。
ユーリを見る目がどことなく優しいのだ。単純に子供好きなだけなのかもしれないが、もしかすると団長同様にユーリの気概に心動かされた人物であるのかもしれない。
「ユーリ! ぜってぇー勝てよー」
「聖女のねーちゃんも見てるわけだしな?」
「~~っ、うっせえ!!!」
「俺はユーリが勝つ方に1,000マネだ」
「んじゃ、オイラはイゴールが勝つ方に10,000マネでやんす!」
気付けばギャラリーが出来ていた。稽古そっちのけで二人の戦いを愉しむことにしたらしい。
(のけ者であった過去は遥か遠く。貴方はこの一団の仲間として認められているのね)
エレノアは羨望と祝福を瞳に乗せて戦いに挑まんとするユーリの背を見つめた。
「よ~しっ。んじゃ、始め」
団長の覇気のない掛け声を受けて戦いが始まる。間もなくして足音が聞こえてきた。ビルだ。
彼は正装を止めてベージュ色のチュニック、オリーブ色のパンツに黒いブーツといったかなりカジュアルな服装を選択するようになった。
腰からサーベルを下げていることからかろうじて騎士と分かるが、傍から見れば非番の騎士あるいは駆け出しの冒険者に見えるだろう。他の騎士達が甲冑姿であるだけに一層異様に映る。
(窮屈なのが嫌いと言っていたけど……ようは自信の顕れなのよね)
騎士は無属性魔法の使い手だ。これは纏うタイプの魔法で、言ってしまえば見えない鎧や武器のようなもの。肉体や剣にかければ凄まじい硬度を持つようになる。
言わずもがな上級騎士になればなるほどその精度は上がっていく。それこそこんな普段着のような恰好でも何ら支障なくSS級のドラゴンと戦えてしまうほどに。
そんな強者感を滲ませるビルの視線の先にはユーリの姿がある。その目つきは真剣そのものだった。ユーリの力量を見定めようとしているのかもしれない。
「見込みアリ?」
声を潜めて訊ねてみる。直後、ビルは少々驚いたような表情を浮かべた。相当に集中していたようだ。
「ユーリはいくつでしたっけ?」
「10歳です」
団長が答えた。ビルは軽く頷くと再びユーリに目を向ける。
「……っ」
返事を待つ団長の表情は心なしか硬いように思えた。
(もしかして緊張していらっしゃるの? ユーリの将来を思って? ふふっ、まるでお父様ね)
「見込みはあると思います」
「本当!?」
「本当ですか!?」
「すごーい!!」
「ええ。……ただ」
「「「ただ?」」」
「ちょっと力み過ぎちゃってますね。聖女様にかっこいいところを見せたいんでしょうけど」
「がはっ!?」
ビルが苦笑交じりにコメントしたのと同時に、ユーリの体は勢いよく蹴り飛ばされた。小さな体が土煙を立てて地面に転がる。
「ぐっ……! もう、一本だッ!」
ユーリは起き上がろうとする。けれど、思うようにならないようだ。地面に顎をぶつけて悔し気に唸り声を上げている。
「終いだ。んな調子じゃ、何本やったところで変わりゃしねーよ」
「うっせ! たたかえよッ! このヒゲ面――」
「ユーリ!」
「なっ……」
戦いは終わった。そう判断したエレノアは半ば倒れ込むようにしてユーリに覆い被さる。
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