02.旅に出るその訳

「この慰問の旅は貴様らにとってみれば謂わばみそぎ。精々励むが良い」


「格別なるお慈悲、心より感謝申し上げます。このエレノアを始め、ウィリアム、レイモンド共々誠心誠意励んでまいります」


「結構。下がって良いぞ」


 エレノアは白いカソックの裾を摘まんでカーテシーをした。対する王は玉座にふんぞり返るようにして腰かけ、太い唇を波打たせている。あくびを堪えているのだろう。


 深紅のソッターナに同系色のマント。腰に巻かれた細いベルトの上には丸い腹が乗っている。肩にかけられたアーミンは『サンダールナール』と呼ばれる白い狐型のモンスターのもの。


 献上したのは勇者クリストフ・リリェバリ。脅威レベルはS。上から数えて三番目の危険度を誇るモンスターのものだ。『サンダールナール』が持つ属性はその名の通り雷。高電圧での強力な攻撃、高速での移動を得意としており、並の使い手では手も足も出ないと言う。


 エレノアは背後に立っていたレイモンド、ウィリアムの間を通って扉をくぐった。暫く歩いたところで中庭に出る。左右には噴水が置かれ、その周囲を囲むようにして赤い薔薇が植えられていた。


(綺麗ね)


 芝や薔薇の花が日の光を受けて輝いている。とても淡い光だ。ひらひらと舞い飛ぶ白い蝶を目で追う内に心が和んでいくのを感じた。


「やぁ、エレノア。聞いたよ。明日にでも王都を発つそうだね」


「っ! クリストフ様」


 通路の先には金髪の男性と、白いカソック姿の女性の姿が。男性は女性の肩を抱き、女性は男性の胸に頬を押し当てていた。


 男性の名はクリストフ・リリェバリ。王にアーミンを献上したあの男だ。三大勇者一族リリェバリ家の嫡子で現在22歳。勇者の証である上下白の軍服をきっちりと着こなしている。


 一方で髪は少し遊ばせていた。髪油でしっかりと固めつつ分け目を右奥へ。ブロンドの髪がアイスブルーの左目に少しかかるようにセット。程よく抜け感を出すことで色気を演出している。漂う色香はアッサムを彷彿とさせた。薫り高く、それでいてほろ苦い。


 彼の傍らにいる女性の名はシャロン・レイス。侯爵家の令嬢だ。青の巻き髪に濃紺の大きな瞳を持つ美女。纏う雰囲気は清らかでありながら儚げで、まさに『深窓の令嬢』といったところ。


 だが、その瞳からは強い意思を感じた。冷たい炎を滾らせている。そんなイメージだ。憎しみ、嫌悪、侮蔑。エレノアは彼女から向けられるそれらの感情を受け止めきれず、小さく息を呑んだ。


「ええ。明日、王都を出ます。本日は陛下に出立のご挨拶を申し上げに参りました」


「慰問の旅とはまったくご苦労なことだ。それにしても……本当にその2人を連れて行くつもりなのかい?」


「禊、でございますので」


「無意味ではないかな? 彼らが反省し言動を改めるとはとても思えないのだが」


 エレノアは促されるまま背後に目を向けた。レイモンドもウィリアムも揃ってクリストフを睨みつけている。前者からは嫌悪、後者からは軽蔑が伝わってきた。


「レイ、ビル。慎みなさい」


 エレノアは護衛役である2人を愛称で呼んでいる。レイ=レイモンド。ウィリアム=ビルといった具合に。


「……申し訳ございません」


 謝罪の言葉を口にしたのはビルだ。レイは彼には続かず、有ろうことか大きく舌打ちをした。謝罪の言葉は続きそうにない。


「まったく君という人は」


 不愉快だ。そう言わんばかりにクリストフが表情を歪める。


「それでは我々は先を急ぎますので」


 エレノアは話しを切り上げることにした。これ以上この場にいるのは得策ではない。そう判断したためだ。


「……お二人とも、どうぞお幸せに」


 そう言って会釈一つに去ろうとする。そんな彼女に待ったをかけたのが、クリストフの現婚約者である聖女シャロンだった。


「面の皮の厚いこと。貴方っていつもそう。見苦しいったらないわ」


「シャロン様……」


 シャロンは三大聖教一族レイス家の次女。聖教のトップである現教皇は彼女の祖父が務めている。にもかかわらず、勇者クリストフの婚約者にと選ばれたのはエレノアだった。言わずもがな、彼女がエレノアを憎む理由はそこにある。


「君を選ばずにおいて正解だった。心からそう思うよ」


 クリストフが追い打ちをかけてきた。胸が痛む。この痛みは未練に端を発したものではない。罪の意識からだ。


 エレノアは気付くことが出来なかったのだ。彼はずっと助けを、安らぎを求めていたのに。彼が背負う責任の重さをまるで理解出来ていなかった。理解しようともしなかったのだ。


 エレノアは深く頭を下げると、前を見据えて歩き出した。視線の先は突き当りに置かれた白磁の花瓶。視界の隅には、クリストフとシャロンの姿がある。彼らの横を通り――過ぎた。駆け足でそそくさと走り去るようにして。


(不甲斐ないわ)


 肩に力を込めて小さく息をつく。


「……聖女様」


 回廊の手前でビルが声をかけてきた。振り返れば、黒と紺を基調とした正装姿の彼と目が合う。



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