33.愛好家

 ホワイトブロンドの少年が駆け寄ってくる。推定16歳前後。小柄で細身。160センチ前半といったところか。


 アイスグリーンの丸くて大きな瞳、頬に散らばるそばかすが何とも愛らしい。


 涼やかな空色のローブからは、白いパンツと茶色のロングブーツが覗いている。王国における『属性付与術師』の正装だ。


 少年の背をレイと三兄アルバートが見つめている。その眼差しは何とも生温かかった。


(バルコニーでお話なさっていたのね。通りで見かけないわけだわ)

 

 エレノアが小さく息をつくのと同時に、少年とリリィが口論をし始める。


「水差すんじゃないわよ! このが!!」


「な゛っ!? 妙な呼び方するんじゃねえよ!!」


 そう。彼は16歳の少年ではない。27歳の立派な青年。リリィよりも三つも年上であるのだ。


(ジュリオ様とお話をするのは15……いえ、13年ぶりになるのかしら? あの頃はまだ学生だったけれど、今ではもう立派な勇士ね)


 彼の名はジュリオ・セーラム。三大賢者一族の生まれで侯爵家の次男だ。


 セーラム家は別名『魔術の柱』と呼ばれている。その理由は単純明快、優秀な人材を絶え間なく輩出しているからだ。


 御多分に洩れずジュリオも優秀。光、闇、無属性以外の六属性(火/水/土/風/雷/治癒)を扱え、保有する魔力量も他の勇士達とは一線を画している。


 故にジュリオであれば替えの属性付与術師の投入を最小限に。保護対象を限定することで、守り手の負担を大幅に軽減させることが出来るのだ。


(同じとして誇りに思います)


 エレノアは内心でジュリオを絶賛する。呑気なものだ。激しく口論し合う二人に挟まれているというのに。


「リリィ、ジュリオ。落ち着いて」


「っ! ビルぅ~~♡♡」


 不意に救世主が現れた。ビルだ。リリィの機嫌は打って変わって上向きに。ジュリオはそんな彼女を目にするなり溜息をついた。


「リリィ。良かったらあちらで僕と一緒にお話しをしませんか?」


「はぁ~い♡♡♡ 喜んで~♡♡♡」


 ビルは慣れた手つきでリリィを誘導。バルコニーに連れ出した。解放されたエレノアは母に促されるままソファに腰掛ける。


「あの……その……もし? ジュリオ様」


 一人の女性が遠慮がちに問いかける。長姉のホリーだ。


「前々から気になっていたのですが、その……ビルはリリアーナ様のなのでしょうか?」


「え゛っ!?」


「どうなのですか? ジュリオ様」


 次姉のジェシカも鬼気迫る表情で問いかけていく。


 二人の姉は母にとてもよく似ている。黒髪、切れ長な目をした妖艶な美女。傍から見ると双子の姉妹のように映るが、実際のところ二つほど年が離れている。


「何ってことを……っ、無礼にも程があります」


「ああ、良いんですよ」


 怒る母をジュリオがなだめてくれる。それならばと姉達は身を乗り出した。ジュリオの返答を一音一句聞き逃すまいと言わんばかりに。


「ビルはただの仲間ですよ」


「本当に?」


「リリアーナは綺麗な人が好きなんです。同性異性問わずに」


「『美しき者の愛好家』です! 性的な意図はないとしっかりとお伝えなさい!!」


 リリィが叫ぶ。10メートルほど離れたバルコニーから。中々の地獄耳だ。


「だそうです。まぁ、婚約者もいるんで滅多なことはしないかと」


「あら? 一体どなた?」


「っ!? えっ、エラ!!」


「?」


 青い顔をした母が誰かを見ている。視線を辿るとその先には――ジュリオの姿があった。


「えっ? ……えっ!?」


 ジュリオはぎこちなく笑う。照れているというよりは煩わし気な印象だ。


(……そう。政略結婚なのね)


 魔族討伐を大義名分に、身分や派閥を越えて手と手を取り合う社会が形成されつつあるとのことだったが、未だ余風よふうが遺っているようだ。その事実を認識すると共に罪悪感を募らせていく。


「あ~……そっ、そうだ! お騒がせしてしまった詫びにここで一つとっておきの話を――」


「まっ、まぁまぁ! 何かしら?」


「ぜひお伺いしたいですわ!」


 母と長姉ホリーが飛びついた。気まずさ故だろう。エレノアもお辞儀をしつつその波に乗る。ジュリオは謝意を滲ませると溌剌はつらつとした笑顔で続けた。


「何と! ウィンドルとラウンドベリーを繋ぐ転移装置が、ババンッと完成しちゃったんですッ!」


 ウインドルというのは、エレノアが静養していたフォーサイスが治める城塞都市。


 一方のラウンドベリーは、王都近郊にあるクリストフの実家リリェバリが治める城塞都市だ。


 ウインドル~古代樹の森、ラウンドベリー~王都まではそれぞれ馬車で1時間。はやてや風魔法を駆使した高速移動であれば15分ほどで辿り着ける。


 要警戒地域である古代樹の森への移動が容易になれば、対応力がアップするのは勿論のこと、勇士達の拘束時間も格段に減り『生活の質』の向上も見込めるだろう。


「この転移装置は賢者のギルバート・ロバーツさんと、錬金術師のフランシス・プレンダーガストさんの共同開発で    という技術が用いられているんです。これがとても革新的で、というのも        で      なんですよ!! なので     が        で……」


「「「「???」」」」


 エレノアはおろか母、二人の姉達でさえ理解することが出来ない。あまりにも高度な内容であるためだ。


(『魔法オタク』、ユーリが言っていた通りね)


 ジュリオは付与魔法に限らず有りと有らゆる魔法に精通しているらしい。


(まさに知識欲と行動力の賜物。ふふっ、レイが折れるのも無理はないわね)


 ジュリオが15の頃のことだ。実戦経験を積む必要があると思い至った彼は、両親に無断で休学届を提出。レイの修行場所を特定して転がり込んだ。


 言わずもがなレイは受け入れを拒んだ。かなりキツい態度で応対したそうなのだが、それでもジュリオは頑として引かず。最終的にレイが折れてジュリオを受け入れたそうだ。


(あの口調はレイ譲り。共同生活の名残なのよね)


 打ち解けたい。その一心で口調を真似る内に2年の月日が経過。気付けば板に付いていたとのことだった。


「……ってなわけなんです。どうです? 凄いでしょ???」


「えーえー! ジュリオさんの言う通り凄いし、とっても有難いですよ」


「「「「「!!?」」」」」


 唐突にミラが乗り込んできた。いつの間にやらエレノアの背後に回り、彼女と母の間に顔を差し込んでいる。


「でもね、最初の方はほ~~~~っんとに酷かったんですからね!!?」


「みっ、ミラ! あんまり言うとギルバート様やフランシス様に悪いよ……」


 止めに入ったのは彼女の夫・ルイスだ。2メートル近い大きくて厚みのある体を縮こませている。


 やはり柔和を通り越して気弱な印象だ。屈強な肉体に合わせるように顔の骨格もしっかりとしているのだが、パーツがまるで釣り合っていない。全体的に下がり調子だ。眉も、目も、口角も何もかも全部。


 外はねのセンター分けの前髪が似合う点もまた『お坊ちゃま感』というか、未熟さを際立たせているように思う。


(ルイス様はお優しい。ただ、その程度が過ぎるというか……過剰なのよね?)


 他人を気遣い寄り添おうとするあまりに雁字搦がんじがらめになってしまっているのではないか。そんな気がしてならない。


「ははっ! まぁ、確かに最初の方はキツかったな~」


「でしょ!? ぐわんぐわんして、もぉ!!! アタシに限らずみ~んなゲボってたもんね!」


「みんな……? っ! ということはつまり、ビルやレイも……?」


「まぁ♡」


 姉達の目が妖しく光った。非情に軽薄なムードを漂わせている。見兼ねた母が叱りにかかったが。


「さて」


 直後、グラスが鳴り響いた。見れば父がスプーンでグラスを叩いている。


「場も温まったことだし、ここで一つ大切な話をしようか」


 父がゆっくりと立ち上がる。そうして流石は枢機卿と言わんばかりの慈愛に満ちた微笑みを浮かべると、横に座るユーリへと目を向けた。



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