12.後悔

 運ばれてきたのはユーリの父親だった。心臓が早鐘を打つ。何故? どうして? 疑問が浮かんでは消えていく。


(考えるのは後。まずは治療よ)


 無理矢理に頭を切り替えて治療を開始する。こちらもまた切り傷。右肩から左腰にかけて赤黒い線が刻まれていた。


(バトルマンティス……カマキリ型の魔物の仕業ね)


 国の精鋭が相手にするような魔物に遭遇、あろうことか危害を加えられたのだ。その恐怖と絶望は計り知れない。


(お体だけでなく、心も癒して差し上げられたらいいのに)


 漠然とした願いを胸に抱きながら魔方陣を消した。フキンで彼の体を拭きつつ、処置漏れがないか確認をしていく。


(作業中あるいは避難の途上で遭遇してしまったのかしら?)


 どうにもスッキリしない。むしろ胸騒ぎがする。過るのはユーリの姿。そしてそんな彼を担ぎ帰る父親の姿だ。


(まさか……ユーリを止めに……?)


 だとしたら、あまりにも不びんだ。血を拭う手から力が抜けていく。


「ゆっ、り……、ユーリ……っ」


 何度となく息子の名を口にする。酷く掠れた弱弱しい声で。まぶたは未だ下ろされたまま。言わずもがなこれはうわ言だ。


(ユーリ、貴方は愛されているのね)


 真意を測りかねていた。夢に対する頑ななまでの否定。それが息子を思ってのことなのか、それとも世間体を気にしてのことなのかと。


 少なくとも父親は恐れていたのだろう。こういった事態に、ユーリが危険に晒されることを。その夢を否定することで必死に息子を守ろうとしていたのだ。


「何ってこと……」


 互いにとっていい思い出になれば。そんな軽はずみな気持ちでしていい返事ではなかったのだ。


「……っ、申し訳ございません」


 どちらの選択が正しいのか。どちらの幸福を取るべきなのか。いくら考えたところで答えは出ない。おそらくはどちらも譲れない。どこかで折り合いを付ける必要があるだろう。


(そのためにもどうか、どうかユーリをお守りください)


 仕上げを終えたエレノアは両手を組んで静かに祈りを捧げた。


「……えっ? ……げッ!? うっ嘘でしょ!? もう終わったんですか!!??」


 背後のミラが慌てふためく。いつもと変わらぬ彼女の姿に勝手ながら救われた心地になる。


 彼女もまた緑色の魔法陣を展開させていた。そう。彼女は剣士でありながら『治癒術師』の才も秘めていたのだ。


 仲間から見捨てられ、深手を負いながらも生き延びることが出来たのはこのため。拙いながらも懸命に魔法をかけ続けたことでその命を繋いだのだ。


「落ち着いて。慌てず、慎重に処置をして差し上げて」


「はっ、はい!」


 ミラの指導はゼフがメインに、一部エレノアも担っていた。


 ――聖女であるエレノアが治癒魔法の指導を行う。


 これは実のところ異例中の異例のことだった。


 聖者/聖女


 治癒術師


 両者は同じ癒し手でありながらまったくの別物。その手法から扱う魔力の種類に至るまで、類似点はほぼ皆無に等しい。


 一般的に聖者/聖女が扱う回復魔法は『祈り』、治癒術師が扱うものは『治癒魔法』と呼ばれる。


 不思議なことに聖者/聖女には『治癒魔法』の適正がある。同じく光魔法の使い手である勇者には、攻撃魔法に大別される魔術・剣術の適性があるのだ。


 このことから治癒魔法は『聖光』の、攻撃魔法は『勇者の光』の派生なのではないかと言われている。


 その関係で、聖者/聖女・勇者の選民意識は非常に高い。特に前者は合法的に安地にいられるためか、向上心が非常に低く『治癒魔法』を率先して学ぼうとする者はほぼいない。


 つまりは、聖者/聖女は『治癒魔法』をというのが常識であり、二種の回復魔法を扱えるエレノアはまさに異色の存在と言えた。


 無論、同じ立場にある者達からは煙たがられている。彼らの選民意識や怠惰を浮き彫りにするからだ。


 そのため、習学段階から何度となく妨害を受けてきた。けれど、彼女はめげることなく励み続けた。『治癒魔法』を修得することで『祈り』の課題を克服、一人でも多くの人を救えると信じていたからだ。


 『祈り』の課題、それはずばり持久力だ。『祈り』は⇒対象に与えることで治癒力を向上⇒傷や病を治していく。


 そんな大層なことをしているせいか、どうにも燃費が悪いのだ。それこそ重症者が次から次へと運ばれてくるような戦場においては不向きと言わざるを得ない。


 対する『治癒魔法』は、させることで治癒力を向上⇒傷や病を治していく。言い方は悪いが、であるため『祈り』に比べれば消費する魔力量は圧倒的に少なくて済むのだ。


 そういった考えから、エレノアは『治癒魔法』を修得。大病や大怪我は『祈り』、その他は治癒魔法といった具合に使い分けることで課題克服に至ったというわけだ。


「ぐっ……うっ……! この……っ!」


「いいわ。その調子よ」


 緑色の淡い光がミラの顔を照らしている。彼女は額に汗を滲ませ、もどかし気に顎を震わせていた。けれど、その濃緑の瞳は熱く燃えている。使命感に溢れていると言ってもいい。ようは負けていない。困難に打ち勝とうと必死に足掻いているのが見て取れる。


(ミラ、貴方は本当に立派よ)


 実のところ彼女は一度挫折しているのだ。『選定の儀』と呼ばれる適性検査の場で治癒術師の素質ありとの判定を受けるも、勉強嫌いが災いしてか知識を上手く取り入れることが出来なかった。結果、すっぱりと諦めて剣の道へ。


 充実感を抱きながらも、仲間が傷付く度に『あの時ちゃんと勉強していたら』と後悔の念を募らせていたのだと言う。


『今度はもう逃げません! だから、……っ、だから、アタシに治癒魔法を教えてください!』


 エレノア達との出会いを運命と、最後のチャンスと捉えたのだろう。彼女は必死に頭を下げて指導を求めた。


『ふふっ、それではわたくしとゼフとで指導を行うこととしましょうか』


『かぁ~~! ったく、やるからには徹底的にやるからな?』


『~~っ、はい! ありがとうございます!!』


 ミラはそう言って破顔した。濃緑の瞳に溢れんばかりの涙を溜めて。


「ぐぅ~~!! ぬぅ~~~~!!!!」


「ふふふっ」


 エレノアはハンカチを手にミラの額の汗を拭った。そのハンカチの右端にはEのアルファベット、ひいらぎの刺繍が施されている。


「あっ、すみません。後で洗って返しますね」


「ふふっ、いいのよ。気にしないで――」


「聖女様!!」


 荒々しく切迫した声が広場中に響き渡る。その声の主は意外な人物だった。



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