11.総力戦

「到着致しました」


「ありがとう」


 30分後、エレノア達は再びポップバーグへ。馬車は広場に停まった。


 建物への被害は見受けられない。魔物の発生源と見られる森の近くに防衛線を張り、村への侵入を食い止めているようだ。


 実に見事だが、人的被害をゼロにすることは叶わなかったようだ。広場の中心部には負傷した人々の姿が。その数23名。いずれも男性。防具を着用していることから団員であろうと推察する。


「きゃっ!?」


 突如、何の前触れもなく雷鳴がとどろいた。耳をつんざくような苛烈な音だ。エレノアを始め、皆が堪らずといった具合に耳を塞ぐ。


(森の方から? 相当に激しい戦闘が行われているようね)


 建物に阻まれ、加えて距離もあるために戦況をうかがい知ることは出来ない。ただ、ここからでも出来ることはある。


(……よし)


 エレノアは静かに目を閉じてそっと両手を組んだ。


「っ! なっ、何!?」


「なっ、何だ!?」


 村は一瞬にして虹色のオーラに包まれた。


(良かった。成功ね)


 エレノアは控えめに息をつきながらそっと胸を撫で下ろした。


「これは……?」


 宙を漂う小さな光。その光はミラの手に触れるなりふわりと消えた。あれは光魔法の残滓。はらはらと舞い落ちるその様は、さながら粉雪のようだ。


「結界です。魔物を弱体化あるいは死に至らしめる効果を持ちます」


 皆の意識がエレノアへ。半ば茫然としていた表情が輪郭を帯びた明瞭なものになっていく。


「すっ、すごい! すごいです、エレノア様!!」


 注がれる。感謝と尊敬の眼差しが。


「……っ」


 エレノアは小さく咳払いをした。照れ隠しだ。慣れていないのだ。世辞でも皮肉でもない、ありのままの感謝と賞賛に。


 けれど、苦手なわけではない。むしろ嬉しいぐらいだ。それこそ小躍りしたくなるほどに。


「こっ、これは聖者ないし聖女のお方のみが扱える力。王都に張られているものと同じものですね?」


 問いかけてきたのは件の青年。救援を求めてきたあの青年だった。彼の名はリンク。16歳。黒髪、釣り目の中肉中背の青年で少々神経質な印象を受ける。


 しかしながら、その実はとても勇敢で機転の利く青年であるようだ。聞いた話によると、エレノア達への救援要請も彼の発案。団長に進言し実行に移したのだと言う。


(自警団の未来のブレーンといったところかしら)


 10年後、ユーリが彼と共に村を護る姿を想像する。胸が熱くなった。同時に痺れも走ったが、それには気付かないふりをする。


「おっしゃる通りです。因みに王都を守護しているのは我が兄セオドアです。どうぞお見知りおきを」


「せっ、セセセセオドア様!? 歴代最年少、14歳で王都大司教に就任されたあの……っ、あのかくもセオドア様の妹君……っ」


(麗しくも荘厳な……)


 エレノアは鼻をすするフリをして笑いを堪えた。小さく咳払いをして村民達に向き直る。


「村の玄関口である門から領主邸にかけて、それから前線と森の間に結界を張りました。この場の安全は確保され、前線の勇士達も優位に戦いを進められるようになったはずです。もうしばらくの辛抱。共に励みましょう」


「はい!」


「ありがとうございます! 聖女様!」


 村民達の士気がぐっと高まった。エレノアは再び鼻を啜る。今度は膨らみかけた鼻孔を隠すために。


「さぁ、ミラ。わたくし達も参りましょう」


「よっしゃー!! 気張りますよー!!!」


 エレノアとミラは患者のもとに向かった。その背後でリンクが呼び止められる。その相手はペンバートン家の老齢の家令だった。


「オスカー様を見ていないか?」


「ごめんなさい。僕、今村に戻って来たところなんです」


「領主様か? 俺はずっとここにいるが見てねえな。流石に前線には行かれていないとは思うが……」


「そうか……」


(伯爵が行方不明に……?)


 民思いの彼のことだ、自ら率先してサポートに回っているのかもしれない。だが、それにしても家令に何も言わずに単独で行動することなどあり得るのだろうか。


 疑問と不安を抱きつつもエレノアは頭を切り替えた。一人また一人と治療をしていく。滞りなくとてもスムーズだ。それを可能にしたのはレイのアシストによるところも大きい。


 レイはエレノア達が村に戻るまでの僅か30分の間に、負傷者全員の応急処置を済ませ、メモに容体・懸念事項をまとめ上げていたのだ。


(専門外なのに。ふふっ、やはりどうにも妬けてしまうわね)


 広場にはレイの姿はなかった。村民の話では休む間もなく前線に向かったのだと言う。やれやれと首を左右に振って22人目の患者に触れる。


「ぐっ、はぁ……ぁ……っ!」


「お気を確かに。大丈夫、直ぐに良くなりますよ」


 緑色の魔法陣を展開させて治療を進める。男性の息遣いが荒いものから穏やかなものへ。花がほころぶように表情も和らいでいく。


(良かった……)


 快方に向かうその姿を見る度に心底安堵する。かけがえのない命を、未来を守ることが出来たのだと。


 自己満足以外の何ものでもないが、この気持ちが湧き上がる度エレノアは思うのだ。癒し手として一人でも多くの人を救いたい。この命尽きる日まで、と。


「聖女様! こちらもお願いします!」


「はい! ただいま――っ!?」


 一人の怪我人が担架で運ばれてくる。見覚えのあるその紅髪に、エレノアは堪らず息を呑んだ。



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