14.覚醒したその後で

 エレノアはユーリに継げた。勇者に覚醒した――その事実を。


「ゆっ、勇者? おっ、オレが……?」


「ええ。貴方はまごうことなき勇者です。この虹色の輝きがその証明で――」


「よっしゃー!!!!」


 ユーリは余程嬉しかったのか目をキラキラと輝かせた。その輝きはユーリを包む『勇者の光』以上に眩しくて。


「ちょっ、ちょっと待ってください! この子は間違いなくアタシとバリーの子です!!」


 『不義理の子なのではないか?』そんな疑念を向けられていると捉えたのだろう。ユーリの母は涙ながらに訴える。


(それだけ受け入れがたいことなのでしょうね。ユーリの母であることに強い責任と愛着を抱いていらっしゃるから……)


 エレノアの心が重く沈む。彼女は告げなければならないから。この親子を引き裂く言葉を。国は、世界は救世主を渇望している。そんな大義名分を笠に着て。


「血筋は関係ありませんよ」


 見兼ねた様子のレイが代わって答える。


「勇者、聖者/聖女、各ジョブの最高位のライセンスを預かるような『逸材』を輩出出来るのは王族や、王族に由来する高位貴族に限られる……といった定説は既に過去のもの。約40年ほど前から血筋を問わず確認されるようになったのです」


「いっ、一体どうして?」


「生存本能に由来した進化、との見方が有力です。かく言う私も、こちらのウィリアム殿もその類の人間です」


「えっ!? アンタらも勇者なのか!?」


「いいえ。こちらのレイモンドが『賢者』、ウィリアムが『剣聖』です」


 エレノアが代わって答えた。レイが繋いでくれたお陰で気持ちが整ったと、アイコンタクトで感謝の意を伝える。


 対するレイは片側の口角だけ上げて目を逸らした。チャックで無理矢理に口を閉じたようなそんな表情だ。あのまま汚れ役を肩代わりするつもりだったのだろう。『慣れてますから』とそんな一言を添えて。


「すっげぇー!!!」


 エレノアが口を閉ざしている間に、ユーリが勢いよく駆け出した。向かう先にはビルがいる。ビルや他の大人達が戸惑うのを他所に、ユーリはビルの周囲をくるくると回り出した。


 興奮が冷めやらないのか、サーベルを見せてほしいなどとお強請ねだりをし始める。ビルもこれには笑顔だ。堪らずといった具合にユーリの頭を撫でる。


 一方で賢者であるレイは完全無視だ。「クソガキが……」とレイが低くうなったのをエレノアは聞き逃さなかった。


 内心で苦笑しつつユーリの母に目を向ける。彼女はまだ事態を呑み込めていないようだ。無表情に近い表情で顔を俯かせている。酷なことをしている。その事実を胸に話しを続ける。


「……しかしながら、今の二人は無免許の状態。ライセンスを剥奪された状態にあるのです」


「えっ!? どうして???」


「血筋由来の逸材とそれに関連した人々……所謂『国の権力者』達が、が台頭することを快く思っていない。もっと言うと自身の立場が揺らぐことを、何よりも恐れているからです」


 そういった保守派の人々は自身らとその他をこう区別した。


 血筋由来の逸材を『λラムダ


 突然変異によって誕生した逸材を『μミュー』と。


「レイ、ビル。お話してもよろしいかしら?」


 レイは煩わし気に、ビルは気まずそうに頷いて応えた。了承を得たエレノアはおもむろに語り出す。


 レイはエレノアの元婚約者である勇者・クリストフを始めとしたλ達と作戦を巡り度々対立。自分を含めたμの命すら軽んじるλ達の姿勢に我慢ならなかったようだ。結果、度重なる遠征失敗の責任を背負わされて解任。賢者のライセンスも剥奪されてしまった。


 ビルもまたλの思想に反感を抱いていたが、男爵家の次男という立場上やむを得ず従っていた。すると思いがけず気に入られてしまい、やたらと贔屓されるように。λとμの板挟みにあいながらも懸命に任務をこなしていたが、最終的にクリストフの父・リリェバリ公爵の不敬を買い、剣聖のライセンスはおろか実父から勘当されて貴族の身分すら失ってしまう。


「ヒゲのオッサンはともかく……このにーちゃんが? 何したんだよ?」


「あ゛? 俺はまだ29――」


「婚約の打診に難色を示してしまったんだ。本来は迷わず『喜んで』って、お返事をしなくちゃいけないんだけど――」


「あっ! 分かった! 相手のオンナがすっげぇブスだったんだろ?」


「こらッ! ユーリ!」


 青褪めるユーリの母を他所にビルは表情を和らげる。遠慮のえの字もない物言いに救われた心地になったのだろう。


「戸惑ってしまったんだ。いや、現実に打ちのめされたと言った方がいいのかな。最高位のライセンスを手にしたところで、結局は剣一本じゃ生きていけない。……。そう思い知らされたようで」


「??? ふ~ん……?」


 ぴんと来ていない上に、さほど興味もないのだろう。ユーリは頬を膨らませてぷっと息をついた。


「でもさ、その……なんっつーかバカだよな」


 しばしの沈黙の後、ユーリが半ば独り言のように切り出した。その声には呆れと怒りの感情が滲んでいるように思う。


「ケンカなんかしてる場合じゃないだろ? 魔物は倒しても倒しても減らないし、それに……どんどん強くなってきてる。ケンカしている間に全部壊されて誰もいなくなっちまう。そんなところで威張ったって何にもならないだろ」


 ユーリはまだ年端も行かない10歳の子供だ。にもかかわらず、こういった達観した考えを持つに至っているのは、戦いの中で肉体と精神に磨きをかけているから。彼なりにしっかりとした考えを持って剣を握っているのだとひしひしと実感した。


「エレノア達は、王都の外にいる人達を助けるために旅をしてるのか?」


「……ええ。けれど、もう一つ重要な目的があります」


「へえ? どんな?」


「貴方と同じように、国の未来を憂う方々と連携を深めることです」


「連携……?」


「平たく言えば俺達は、王をげ替えようとしているのさ」


「王様を!?」


 エレノアはレイから説明を引き継ぐ形で親子に伝えた。この国の将来を憂う王弟・アンゲルス公爵を王に立てる計画があること、現国王には退位こそ迫るもののその命は奪わず隠居して貰う腹積もりであることを。


「じゃあ、その取り巻き達も一緒にクビにするんだな?」


「それでは本末転倒よ」


「えっ?」


「貴方が先程おっしゃった通りよ。皆で力を合わせなければ」


 新王のもと特定の誰かを祭り上げるのではなく、皆で協力し合う気運を高めるのだ。エレノアはクリストフの寂し気な背中を思い浮かべて深く頷いた。


「そっか。……そうだよな。でも、納得してくれるのかな?」


「決して平坦な道のりではないでしょう。ですが、めげずに励む所存です」


「………………」


 ユーリはエレノアの顔をじっと見つめた。彼の表情は時を経るごとに引き締まっていく。エレノアの覚悟を彼なりに感じ取ったのかもしれない。


「分かった。オレも――なっ!? ちょっ!! 母ちゃん!」


 ユーリが何か言いかけた直後、母親が彼を抱き締めた。強く強く。きつくきつく。それこそユーリが戸惑い暴れてしまうほどに。


 言わせない。言わせやしない。そんな強い意思を感じ取ったエレノアは呼応するように自身の襟元を強く握り締めた。



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