47.種明かし
黄色く色付くポプラの木々が、右に左に小さく揺れている。天気は快晴。雲一つない穏やかな昼下がりだ。しかしながら、漂う雰囲気は穏やかでいて、途方もなく
エレノアは祈りをといて、そっと視線を上向かせた。
そこには真っ白な柱のようなモニュメントが建っている。
これは慰霊碑だ。魔王・アイザックによって命を奪われた人々を祀ると共に、悲劇の風化を食い止めてくれている。
――そう。ここはユーリが生まれ育った村・ポップバーグ。エレノアのたっての希望で、この地を訪れるに至っていた。
式を挙げる前にけじめを付けておきたかったのだ。決して赦されることはない、自己満足にしかなり得ないと分かっていても。
「ありがとうございます。父もさぞ喜んでいることと思います」
小柄でふくよかな体型の男性が声をかけてきた。年齢は30歳前後。人好きのする笑顔は、彼の父親を自然と思い起こさせた。
彼の名はアーロン・ペンバートン。前領主であるオスカー・ペンバートンの次男で、現在はポップバーグの領主を務めている。
そんな彼の背後からは、ポップバーグの村を一望することが出来る。けれど、その景観はエレノアの知るものとはまるで異なっていた。畑や牧草地の面積も、立ち並ぶ家の数も10年前の比ではないのだ。
(あの日の破滅がバネになったのよね)
アーロンを始めとした大切な家族や、友人を亡くした人々が前向きに生きようとした結果。悲しみを乗り越えようと必死に努力した結果、この豊かさを生んだのだと言う。
エレノアはそんな彼らのことを心から尊敬した。
その点においては、ユーリも同じであるようだが――やはりどうにも受け入れがたいものであるらしい。
(残影が過って止まないのね。後悔と罪悪感に苛まれているのだわ)
この苦しみが癒えることは決してないのだろう。ユーリ自身が解放を望まない限り。
(心の傷は、互いが強く求め合わない限り癒すことは出来ない)
その事実を改めて痛感する。
「ご案内はこちらで以上となりますが、他にどこか見て回りたいところはございますか?」
「もう少しだけ歩いてみてもいいかしら?
アーロンは両方の眉をくいっと押し上げた後で、茶目っ気たっぷりにウインクをしてきた。
彼は知っているのだ。エレノアの企みを。何せその場所をエレノアに教えたのは彼であるのだから。
「畏まりました。それでは、
「ありがとう」
アーロンと別れて歩き出す。隣には自然と白い軍服姿のユーリが並んだ。
「エラ」
ユーリが腕を差し出して来る。エレノアは笑顔で応え、その
やわらかな風が、エレノアの深緑色のドレスを撫でていく。装飾はスカートの裾の部分だけ。シンプルな
「どこに向かう気ですか?」
「ふふっ、内緒よ」
眉を上げてやれやれと首を振るユーリを愛でつつ、ちらりと背後に目を向けた。20歩ほど離れたところに、レイとビルの姿がある。
レイは相変わらずの上下黒の革製の黒のジャケット、パンツ、ブーツスタイル。
ビルは白のチュニック、オリーブ色のパンツに黒いブーツといったカジュアルな格好をしていた。
2人の目的は護衛だ。自らこの役目を買って出てくれた。そんな2人の動機の根底にあるのは、十中八九後悔なのだろうと思う。
(無事に護衛を務め上げたとしても、2人の心が浮かばれることはない。むしろ、より後悔を深めてしまうのではないかと……そう憂いていたのだけれど……
2人は笑顔こそ浮かべてはいないものの、纏う雰囲気はとても穏やかなものだった。
(静かに受け止めているのね。過去も、やりきれない思いの数々も)
「意外ですか? あの2人が仲がいいのは」
「えっ? ……ええ、そうね」
意図とはまるで違っていたが、確かに言われてみればと思い至る。
ビルは以前からレイに対して友好的だったが、レイは距離を置いていた。ああして2人で話す姿すら、ろくに目にした記憶がない程に。
「ビルの働きかけが、実を結んだといったところかしら?」
「とんとんですね。瞬間的な熱量という観点から見れば、師匠(=レイ)も負けてない。
「……そう」
「驚かないんですね」
「レイとはそれなりに付き合いが長いから」
レイの師であるエルヴェは、エレノアの叔父にあたる人物だ。その影響で、彼の半生は大方耳にしてきている。
レイはスラムにいた頃は、多くの子分に慕われる良き兄貴分であったらしい。つまりは、本質的には仲間思いであるのだ。
にもかかわらず、彼は奪われ続けてきた。暴漢に子分達を。魔王にゼフを始めとした仲間達を。
「もう二度と失わない、奪わせやしないと、決死の思いで戦ったのでしょうね」
「……ええ」
「想像するだに胸が痛みます。一方で心底ほっとしている。守り切れて良かったと。叶うことならこれからもと、願わずにはいられません」
「大丈夫ですよ。2人は俺が守りますから」
「っ!」
幼い日の彼の姿が頭を過る。
「『オレは自分も、みんなも守る。守るために勇者になるんだ!』」
記憶の中の彼と共に言葉を
「おちょくってるんですか?」
「まさか。素敵だと思ったから覚えていたのよ。一言一句正確にね」
「貴方はたぶん……いえ、確実に『ごっこ遊び』が好きだったタイプですね」
「お見通しと言うわけね」
「ええ、目に浮かぶようですよ」
「貴方は?」
「ごっこ遊びでは満足出来なかった。だから、
「
「友達も作らず、家の手伝いもせずに鍛錬に明け暮れる」
「素晴らしい向上心ね」
「単に割り切れなかっただけですよ。振り返って見ると、我ながら可愛げのない子供だったなと――」
「強く見せる必要があったのでしょう? 否定の波に抗うために」
「なっ……」
ユーリの茶色がかった金色の瞳が大きく見開く。酷く驚いているようだ。見透かされるなどと、夢にも思っていなかったのだろう。
「わたくしも似た境遇にあったから。だから、分かるの」
――聖女が治癒魔法を習得する。これは慣例に反する行いだった。
彼らは治癒魔法の習得に関心を示さぬことで、『祈り』こそが至高の回復魔法であると、治癒魔法は祈りの下位互換であると、暗に示していたからだ。
故にエレノアは激しく煙たがられた。1人でも多くの患者を救いたい。そんな志が評価されることは
「だから、俺を選んでくれたんですか?」
「ふふっ、思えば
「決め手は?」
「光」
「勇者の?」
「ふふっ、違うわ。魂の輝き、とでも言えばいいのかしら。貴方の光は力強く、温かで、それでいて
「一言余計ですよ」
「不満?」
「ええ、
「まぁ! ふふふっ」
甘く、爽やかな風が流れていく。幸せだ。多幸感を胸の中で転がす内に――辿り着いた。目的としていたその場所に。
「……なるほど」
ユーリはその場所を目にするなり、深く、それはそれは深い溜息をついた。
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