41.パレード

「そうだわ、ユーリ。貴方……エラにしたんだったわね?」


 エレノアはこの10年、異空間に閉じ込められていた。そのため容姿はほとんど変わっていない。


 今の彼女のこの姿は、あの日のと言っても過言ではなかった。


「なっ!? なっ……~~っ……」


 我に返ったらしい様子のユーリが、大慌てで口元を覆い隠しにかかった。


 完璧なる悪手だ。皆の頬は一層緩んでいく。


「若いね~」


「ジュリオさんまで! 茶化すなよ……っ」


 女性陣は勿論、男性陣も便乗し始めた。


 ユーリは余裕がなくなってきたためか、昔のやや粗暴な口調に戻りつつある。


 エレノアの目から見ても、年相応の振る舞いをするユーリは珍しい。


 このまま皆と共に愛でたいところではあるが、ルイス同様少々気の毒な気もしてきて。


「でもまさか、こんな形で夢が叶うなんて……」


 気付けば助け舟を出していた。皆の注目がエレノアに向く。


「夢だったのですよ。勇者パーティーに加わるのが――」


「何を言ってるんですか? 貴方は最初からパーティーの一員ですよ」


「えっ?」


「ここにいる皆は、貴方の思いと情熱に感化されて集まったんですから」


 思い起こされるのは、あの日――ユーリと彼の母親に送った言葉だ。


『皆で力を合わせなければ。……決して平坦な道のりではないでしょう。ですが、めげずに励む所存です』


(覚えていて……くれたの……? それを貴方が汲んで……)


 エレノアの瑠璃るり色の瞳がじんわりとにじんでいく。


 助けるはずが、逆に助けられてしまった。


 何とも滑稽こっけいな話だが、同時にこの上なく幸せなことだとも思う。


「そろそろ参りましょうか。皆がお待ちかねよ」


 リリィに促されるまま辺りを見回す。周囲には正装姿の勇士達の姿があった。


 しかしながら、クリストフの姿は見受けられない。


「クリストフ様は?」


「私用により欠席です」


 ユーリは間髪入れずに答えた。


(いけない。わたくしったら……)


 夫であるユーリに対して、あまりにも配慮にかける発言だった。


 詫びなければと急ぎ口を開くが――それよりも先にリリィが零す。


「逃げたのですよ。自身のプライドを守るために」


 デンスター王国は今、革新の只中にある。


 大半の人々が『一致団結』の標語のもと前進していく中で、クリストフを始めとした権威主義者達――所謂『先王派』の人々は時代に取り残されつつあった。


 クリストフの過去の言動を振り返るに、今の王国やユーリの勇者としての在り方は、彼が抱く理想に近いように思う。


 だが、刷り込まれた主義主張がその手を取ることをはばんでいる。……そんなふうに思えてならなかった。


「自衛は大切だよ。でも、このままだと……」


 手遅れになる。


 ルイスはそんな懸念を抱いているようだ。エレノアも同調するように深く頷く。


「ルイ、心配すんな。クリストフ様は俺が必ず連れ戻すから」


 ユーリは言い切った。ハッキリと、自信満々に。


 挑発的でもあり、悪戯っぽくもあるあの目を向けながら。


「クリストフ様には是が非でも続投してもらう。ただでさえ。三人揃ってやっと機能しているようなもんなんだからな――」


「ごめん……」


「っ!? ちっ、違う! お前を責めてるわけじゃ――」


「分かってる! 分かってるけど……私が勇者でないばかりに――」


「だぁ~~、もう!! ま~たお前は!!」


(……なるほど)


 目の前でユーリとルイスのの会話が繰り広げられる中で、エレノアは一人感じ入っていた。


 ――勇者は三人揃うことで初めて機能する。


 その言葉の意味に合点がいったからだ。


 クリストフは文字通り『繊細』、ハーヴィーは肉体に『障碍』を負い、ユーリは精力的だが『粗削り』の状態にある。


 そんな三人がそれぞれの長所を持ち合い、補い合うことで、様々な苦難を乗り越えてきたのだろう。


「『旗振り役』は言わずもがな貴方ね」


 ユーリとルイスの一方通行な会話がピタリと止む。


 ルイスが状況を呑み込めずにいる間に、ユーリが苦笑まじりに応えた。


「旗振り役を……それで助けてもらっている感じです」


「まぁ? ふふふっ」


 ユーリとしては意図した形ではないのだろうが、クリストフやハーヴィー達からすれば言い訳の立つ、ある種有難い形になっているのではないかと思う。


「足元に気を付けてください」


「ええ」


 ユーリに導かれるままフロート車と呼ばれる飾り車の前へ。


 一階部分は操縦席に、二階部分はお立ち台になっているようだ。


 エレノア達は一歩一歩慎重に後方の階段をのぼっていく。


「あら? お馬は?」


「この車は魔道具の一種。動力源は魔力です。半年ほど前にフランシス・プレンダーガスト様が開発されました」


「転移装置開発に尽力された? まさに新進気鋭の天才ね」


「……ええ」


「っ! まぁ! とってもいい眺めね」


 遥か遠く、金色の門をくぐった先に民衆が押し寄せているのが見えた。


 あの先が城下だ。大通りを巡って城下を一周⇒今いる城の広場に戻る……そんなコースが予定されていた。


「うわ~……。本当だ……」


「「「っ!!?」」」


 ビルの声が鈍く響く。酷く弱弱しい声だった。皆の頭上に感嘆符が浮かぶ中で、ミラがいち早く食らいつく。


「まさかビルさん、高いところが苦手なんですか?」


「えっ? ……ああ、うん。実を言うとね」


「えぇ~!? うっそぉ!? 普段あんなに飛んだり跳ねたりしてるのにぃ?」


「ははっ、戦ってる時はその……色々と必死だから」


「高所恐怖症の剣聖様かぁ~。ふふっ、か~わいい♡」


「内緒にしてくれる?」


「いやいや! こんなオイシイネタ、使わない手はないでしょ!?」


「ははっ、だよね~……」


(あらあら……?)


 今この瞬間まで案じてしまっていた。


 ビルがミラの思いを拒んだことで、関係がこじれてしまったのではないかと。


(こちらもまた杞憂であったようね)


 エレノアは内心でほっと息をついた。こうして元の仲間に戻れたのは、やはり夫であるルイスのお陰なのだろうか。


「エレノア様! お辛くなったら直ぐに仰ってくださいね」


「ありがとう。頼りにしているわ」


 エレノアの後ろにはビルが。その隣にはミラが控える形になった。何とも頼もしい限りだ。


「動かします」


 騎士の合図を受けて車が動き出す。


 車の後方を見るとエレノアの専属メイド・アンナが深々と頭を下げているところだった。


 車の前後左右は騎乗した勇士に囲まれている。


 いずれの勇士達も軍服姿。跨る馬達には式典用の豪奢な装飾も施されていることもあって、とても華やかだ。


「っ!! 勇者様ー!!!」』


「ユーリ様ぁ!!! きゃーーー!!! 今日も~♡」


「ぐっ……」


「また背が伸びたんじゃないか?」


「……成人だっつーの」


 ユーリのぼやきは歓声に呑み込まれてしまった。彼を筆頭に大層な人気だ。


(気を引き締めなければ)


『光の勝利』、その一端を担う者としての責務を改めて反芻させる。


「お似合いね~」


「ええ、素敵だわ~♡」


 パレード進行後、しばらくしてエレノアは自身とユーリに熱視線が向けられていることに気付いた。


(……よし)


 エレノアは思い切って、ユーリの肩に頭を乗せた。


「っ! エラ――」


「「「きゃーーーー!!!」」」


 女性を中心に歓声が巻き起こった。まさに割れんばかりの歓声だ。


 エレノアはそれとなく両手で耳を押さえる。


「エラ、いたずらに刺激しない方が――」


「チュー! チュー!」


「っ!!?」


「「「チュー! チュー!」」」


 リリィのコールに皆が続く。直後、ユーリが大きく舌打ちをした。こういった事態になることを危惧していたのだろう。


「男見せい! ユーリぃー!!」


「~~っ、ミラさんまで」


「あらあら~。ふふっ、困りましたわね~」


「無視しましょう。応える必要はありま――っ!」


 エレノアはユーリの色白の頬に触れた。ゆっくりと顔を寄せていく。ゆっくり、ゆっくりと。


 そうして、そっと目を閉じて――その時を迎える。


「「「きゃーーーー!!!」」」


「ちょっ!? えっ!? えっ!?」


 唇が包まれる。あたたかくやわらかな感触がした。


(甘い。……これが貴方の愛の味なのね)


 頭上で輝く栗色の瞳はぱたぱたと瞬いて――次第に細く――最後には固く引き結ばれた。


「ふふっ、そんな顔しないで」


には感謝します。でもやっぱり俺は、こんな形じゃなくて……もっと大切にしたかった」


「待ちきれなかったの。ごめんなさいね」


「……やはり、貴方はだ」


 自分は未だ『公人』になり切れずにいる。おそらくはそう言いたいのだろう。


「貴方のその誠実さは危うくもあるけど、欠かすことの出来ない美徳だとも思うわ」


 ぎこちない笑顔が返ってくる。同意は得られそうにない。


 十中八九この先もずっと。同意を得られる日は決して訪れないのだろうと思う。

 

「ちょっ! 見れなかったぁ~!!」


「一生の不覚ですわ……」


「みっ、ミラ! リリィ! 何を言い出すんだよ……っ」


「だってぇ~」


 後ろでミラとリリィが不満げな声をあげている。


 ルイスは印象通りの純情な青年であるようだ。酷く困惑しているのが見て取れた。


(ふふっ、微笑ましいこと。……あら?)


 城へと続く門が見える。いつの間にやらパレードは終わりを迎えつつあるようだ。


「あっという間ね」


「もう一周しちゃいません?」


「そうね……」


 エレノアは少々の間を置いてから――首を左右に振った。


「しかと胸に刻みます」


 エレノアはゆっくりとまぶたを閉じた。この目で見た光景、感じた思いを体に、心に浸透させていく。


 後方で門が閉まる音がした。パレードの終焉を知らせる合図だ。けれど、未だ歓声は止まない。


(皆様、どうかこれからもユーリと共に。熱いご声援を勇士達へ……)


「ねえ、ビル。貴方、今晩もいらっしゃらないおつもりなの?」


 エレノアが切に願うその傍らでリリィが切り出した。


(舞踏会のお話ね)


 エレノアは気が重たくなるのを感じながら、リリィとビルの話に耳を傾けた。



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