19.捕らわれの聖女
「ミラ!!! ――ぐあ゛っ!?」
「ロナルド!?」
隊長が吹き飛ばされた。樹木に背中を打ち付けて――動かなくなる。
「たっ、隊長……」
残る戦闘員はミラだけだ。エレノアには戦う術がない。
「あっ……」
ミラの手から剣が滑り落ちる。慌てて拾いにかかる――が、膝をついたまま動けなくなってしまう。
「
「…………っ」
ミラは否定しなかった。図星なのだろう。彼女には仲間に見捨てられた過去がある。
護衛として正しい選択であると分かっていても、仲間を置いて逃げるという選択それ自体が彼女にとって禁じ手であるのだろう。
「ぐおぉおぉぉぉおぉ!!!??」
「っ!?」
突如、天から光が降り注いだ。雷だ。巨大な柱のような落雷が地を、魔物の生命を
轟く雷鳴、眩さにエレノアは堪らず目と耳を塞いだ。
(エルヴェ叔父様。御覧になっていますか? 貴方様が命がけで繋いでくださった未来への希望が、今こうしてわたく達をお救いくださいました)
エレノアは胸を熱くしながらレイに目を向けた。
「っは、ざまぁ……みやが……れ……」
レイはうつ伏せに倒れ込んだまま魔法を放ったようだ。彼の周囲には魔術師特有の青い魔力の残滓が漂っている。
「やった……! やりましたよ! エレノア様!!」
「ええ、そうね」
「さっすがレイさん!!! よっ! 大賢者サマッ!!」
ミラは勢いよく立ち上がり、一人勝
エレノアは傷付いた勇士達の治療に着手しつつ周囲を見回した。魔物がいた付近には直径・深さ共に10メートルほどの大穴が開いている。
(やはり伯爵もご一緒に……。せめてご遺体だけでも――っ!?)
「くっくっくっく……いいぞ。いい……実にいい……想像以上だ。しかし、今一歩足らん。あの男、大賢者エルヴェ・ロベールを超えるのには」
(まさか……生きて……?)
エレノアは震える唇に力を込めて振り返る。
「更なる研
その男は浮いていた。血塗れの黒い軍服姿で。
伯爵ではない。
血を思わせるような真っ赤な瞳に漆黒の髪。背は2メートル近いが線は細い。妖艶な笑みの似合う美丈夫だ。背中からは
「……悪魔……?」
「さあな」
敵わない。本能的に理解した。
(決断……しなければ)
戦う以外の選択を。戦わずしてミラを、この村の人々を守る選択を。
エレノアは意を決して口を開く。
「降伏、致しますわ」
「っ!!? エレノア様――」
「貴方の目的はわたくしなのでしょう? ともすれば、これ以上の争いは無用であるはずです」
「まっ、待ってください! 何言ってるんですか!!」
ミラは半ば
「ゼフのメッセージをビルに。皆の治療を頼みます」
「っ! そっ、そんな――きゃっ!!?」
ミラの体が吹き飛ばされた。悪魔の仕業であるようだ。ミラの華奢な体が地を滑り土煙を上げる。
「ミラ――っ!」
悪寒が走った。気配を感じる。じっとりとした冷たい気配が。
「案ずるな。手荒な真似はしない」
「っ!!!??」
エレノアの視界が黒くて透明なガラス板で覆われた。
『なっ、何!?』
周囲には黒い
「見事な結界術だ。実に美しい」
眼前に悪魔の顔が迫る。異様に大きい。視界いっぱいに赤い瞳が広がった。
(……そう。そうなのね。わたくしもゼフのように……)
エレノアが予想した通りだ。彼女もまた5センチ大の黒水晶に捕らわれてしまった。
「これは見ものだな。何年……いや何日持つかな?」
悪魔の物言いから察するに、この瘴気に呑まれたら最期。伯爵のように洗脳あるいは肉体を乗っ取られてしまうのだろう。
(……場合によっては)
白いポシェットに手を伸ばす。中には短剣が入っている。もしもの時のために忍ばせているものだ。
「……せ」
(!!!!)
「来たか。幼き勇者よ」
丘の下へと続く道の先には、例の少年・ユーリと村の自警団の姿があった。
「エレノアを返せ!!!!」
「っ! ユーリ!! 待て!!」
ユーリが駆け寄ってくる。団長の制止を振り切るようにして。栗色の瞳は怒りで燃えている。我を失っているようだ。
『ユーリ!!! 来てはダメ!!!!!』
「良い機会だ。一つ試すとしよう」
悪魔は口角を上げるとふわりと宙に浮いた。みるみる内に皆の姿が遠ざかっていく。
『一体何を――』
「まぁ、見ていろ」
『っ!!!???』
直後、村が消し飛んだ。鼓膜を破らんばかりの爆音と爆風と共に。
『なっ……あっ……何ってこと……』
領主邸があった丘は潰れ、半径50メートル以内には何もない。周囲には瓦礫や、へし折れたポプラの木々が。自警団員を含めた村人達、エレノアの護衛騎士達の死体や、家畜と思われる生き物の死骸が転がっていた。
『惨い……惨過ぎるわ』
「どこを見ている。あれを見ろ」
『っ!』
不意に光を感じた。弱弱しくも優しい光を。
(ユーリ!!?)
見ればちょうど真下のあたりに赤毛の小さな体が転がっていた。全身傷だらけ、頭からは血を流しているが確かに生きている。
「齢10にして、まったく頼もしい限りだな」
他に生きている者はいないか。エレノアは決死の思いで目を走らせる。
「勇者だけではない。大賢者も生きているぞ」
『レイが!?』
「フォーサイスと言ったか? その者の屋敷に飛ばした」
『助けたと言うの? 貴方が???』
「ああ。手心を加えた。死にはしないだろう」
『手心? 何故……?』
「
頭の奥が熱くなった。眩暈すら覚える。これは怒りだ。涙と激情が込み上げてくる。
『無価値だと言うの? 貴方が散らした一つ一つの命が――』
「っふ、あれも無価値だと、そう思っていたのだがな。くっくっく……」
悪魔の視線を辿る。そこには瓦礫の山があった。積み上がった壁の一つがカタカタと揺れて――細い腕が出てくる。
「ゲホっ、ゲホ……っ」
『ミラっ!?』
ミラは生きていた。あの時同様、自身に治癒魔法をかけて生き延びたのだろう。
「エレノア、さま……っ、みん、な……」
ミラは瓦礫の山から這い出ると忙しなく周囲を見回した。こちらには気付いていないようだ。
「っ!? ユーリ!!」
ユーリに気付いたようだ。傷付いた左脚を引きずりながらユーリの元に向かう。彼女の足跡が血で赤く染められていく。
「ユーリっ、しっかりして」
ミラはユーリの治療を始めた。しかしながら、緑色の魔法陣は消えかかっている。もうほとんど魔力が残っていないのだろう。
『いけません! それ以上魔法を使っては』
魂を
これは取り返しのつかない行為だ。修復出来ないから。癒しの力が及ぶのは肉体まで。魂そのものに干渉することは出来ないのだ。
『ユーリの容体は安定しています! 焦って治す必要は……っ』
ミラは治療を止めない。何事か呟いているが、距離があるせいで上手く聞き取れない。
『~~っ、お止めなさい!! ミラ!!!』
「来たか」
『えっ……?』
人影だ。凄まじい勢いでこちらに向かってくる。ビルだ。皆を、エレノアを呼ぶ声が大きくなっていく。
「さて、大聖女よ。共に『
『修羅……?』
エレノアは知らない。それが
悪魔はエレノアが入った黒水晶をペンダントに。首から下げると、手から別の水晶を出現させた。目を凝らせばその中には――紫色の靄に包まれたゼフの姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます