ソフィア7
真っ白な空間が千春を出迎える。
青い粒子がどこからともなく現れたかと思えば、集合して一つの塊となり、長身の女性のシルエットを作り出す。
光が弾けたかと思うと、中から白のドレスを身に纏った神々しい雰囲気の女性が現れた。
全身で「女神です」と自己紹介してくれているNPCが、千春をまっすぐ見据えて口を開く。
『ようこそ、エタガの世界へ』
当たり障りのない出迎えの言葉。
彼女から発せられる言葉はほんの少しエコーが掛かっており、より一層女神感を買って出ていた。
『あなたは何者ですか?』
千春の前に、キャラクターメイクの案内が目の前に現れる。
一度作成したキャラクターは、三回目までは無料でリメイクを行えるので最初は気楽にキャラクターを作っていいらしい。
わざわざ再作成できることを教えてくれるということは、キャラクター作成にとても多くの時間を注ぎ込むプレイヤーがたくさんいたということだろうか。
女神の隣に、真っ白なマネキン人形が出現する。
千春がアバターのパーツを選ぶと、その真っ白なマネキン人形に反映された。
ロングヘアを選べば、目の前の人形がロングヘアになる。肌の色を選べば、人形に色が着く。
「そういうことか」
無限にあるのではないかと錯覚するほどの大量のパーツの中から適当に選択して、目の前の人形に反映させる。
最初は真面目に作ろうと思っていた千春だが、途中から面倒になってランダム作成を連打していた。
「これでいいか」
見る者が思わず目を逸らしてしまうような醜悪な顔立ちに、頭皮が見え隠れする薄毛の禿頭。平均的な成人男性の二倍近くある肥満体。
誰が見ても生理的嫌悪感を覚えるキャラクターがそこにはいた。
いわゆるネタキャラだが、この見た目が気に入った千春はなんの躊躇もなく決定ボタンを押した。
キャラクターの作成が完了すると、千春が光に包まれ、今しがた自分が作成した醜悪なデブ男になった。
これがエタガ内での千春のアバターとなる。
歩き辛そうな肥満体をぷにぷに摘まんで、千春は吹き出しそうになった。
大きな姿見が宙を飛んで来て、千春の前に現れる。
鏡に映った自分の顔を、ペタペタと触って確かめてみた。
リアルな感触。表情筋や瞳なんかも現実となんら変わらないほどに精巧な見た目をしていた。
笑顔を浮かべたり、睨んだり、表情を作ってみる。なんの違和感もない。
あまりに気持ち悪すぎて、自分のアバターなのに腹を抱えて笑ってしまう。
『最後に、あなたの名前を教えてください』
名前を入力するウインドウが現れ、千春はそこに【デカパイマン】と入力した。
しかし、ソフィアに白い目で見られることを考慮して普通に【千春】にした。
名前を決めると、頭の中に女性の声が響く。
先ほどまでいた女神のような女性はいなくなり、代わりに大きな光を残していった。
『ようこそ、エタガの世界へ。私たちはあなたを歓迎します』
光は徐々に強くなり、千春や周囲の空間全てを飲み込んで消滅する。
気が付けば、千春の目の前には海が広がっていた。
海の匂い。
肌を撫でる潮風。
一歩進むと、濡れた砂浜に足が埋まる。
そのあまりの現実感に、千春は言葉を失っていた。
まだメインコンテンツの欠片にも触れていない段階だというのに、このゲームが人気な理由が嫌でも理解させられる。
遠くの青空には、宙を浮かぶ島々、宇宙まで届きそうな大樹が見えた。その向こうには、引力でぶつかりそうなくらいに大きな星々があった。
デブで不細工なアバターが、長い間、ぼんやりと地平線を眺めていた。
その間も新規プレイヤーが砂浜に現れては、きょろきょろ辺りを見まわしながら道なりに大陸の方へと進んでいく。
ソフィアのことを思い出した千春は、ウインドウがフレンドシステムを呼び出して、ソフィアの名前と識別番号を入力してフレンド申請を送る。
申請はすぐに承諾された。
千春のすぐ傍で、突然激しい光のエフェクトが発生する。
その光は輪になって広がり、中から一人のプレイヤーが現れた。
銀色の髪に、白いドレス。白いタイツ。銀のグリーブ。白い鞘の剣。白いガントレットの全身が白い少女だった。
白い下地に、青色の装飾品と金の刺繍がよく映えていた。
少女のプレイヤーネームは【ソフィア】だった。
顔立ちは美しく、現実のソフィアと殆ど同じ見た目をしていた。
「ソフィア?」
「え……ちはる?」
千春のアバターを見て、ソフィアは目を丸くする。
「ちはるのアバター、気持ち悪すぎ」
そう言ってソフィアは、腹を抱えて思い切り笑った。
ソフィアがこんなに大笑いするところを見るのは初めてで、謎の達成感を得ると共に、千春も釣られて笑ってしまう。
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