セレナ1







 セレナと千春はシフトが休日まで丸々被っており、長い時間をホールで共に過ごした。


 二人とも仕事を覚えるのが早く、まさに即戦力というのに相応しい。

 期待以上の働きをする二人を迎えられて、店長の向田むかいだ 勇雄いさおは満足げに頷く。


 千春とセレナからすれば、想像以上にホールスタッフの業務が簡単であった。

 厄介だと思ったのはクレーム対応とかドリンクバーの補充だけで、一台だけ稼働している配膳ロボットと、タッチパネル式端末による注文のお陰でとにかくスタッフの負担は少ない。


 ピークタイムは流石に配膳ロボ一台では足りず、流石にホールスタッフ総出で対応するくらいには忙しくなるが、それも一週間経たずに慣れた。


「いやあ、優秀だね、二人とも」


「どうも」


 バイトリーダーの五十嵐いがらし 彩人あやとが手放しに褒める。

 愛想の無いセレナに変わって、千春がお褒めの言葉をありがたく頂戴した。


 研修生がもっとも困るのはクレーム対応だが、千春もセレナも雰囲気に圧があるためか、とにかく少ない。

 金髪にピアスに長身の千春はともかく、まるで氷の女王のような威圧感があるセレナも、クレーマーから避けられる傾向にあった。

 

「とりあえず今日はお疲れ様。タイムカード切って上がっていいよ」


「はーい、お疲れ様です」


「お疲れさまでした」


 今日も順調に仕事を終えて、千春とセレナはタイムカードを切ってからそれぞれ更衣室に向かう。

 先に着替え終わった千春が、店の裏口でセレナを待った。


 数分して、裏口の扉が開かれる。


「…………」


 中から出てきたセレナが、扉の近くで待機していた千春を無言で睨みつけるのは、いつも通りの行動。


「帰ろう」


「ストーカー」


「ういっす」


 千春に送られるのが相当嫌なのか、遂にはストーカー呼ばわりされる始末。

 アルバイトを初めて一週間、千春はセレナと一緒に帰るようになっていた。

 バイト初日を終えて同時に上がって、同時に店を出たら、二人とも帰り道が同じことに気づいたのだ。


 帰り道にはひと気のない区域もあるので、か弱い女子に一人で夜道を歩かせるわけにはいかないと、護衛を勝手に買って出た。


 ただ、一緒に帰りたがる千春と違って、セレナは分かりやすく嫌がっていたのだが。


「…………」


 帰り道、セレナは特に何も喋らない。

 話しかけても大して反応してくれないので、そのうち千春は喋るのをやめた。

 年頃の男女なのに、毎日無言で一緒に帰る不気味な仲。

 いわゆる塩対応というやつだが、セレナほどの美人をひと気の少ない時間帯に一人で帰らせるのも不安すぎるので、千春は一緒に帰ることをやめない。


「そもそも、あなたの家はこっちなの?」


 今日は珍しく、というより、初めてセレナの方から話しかけられた。


織場おりばだよ」


「どこだか分からないけど」


「大体同じ方向……というか、セレナさんの住む四久良しくらの隣なんだけど」


「分からないわ。私、この辺の生まれじゃないもの」


「引っ越してきたの?」


「レナ高に通うためにね」


 アルバイトで共に多忙な時間帯を乗り越えてきたからか、少しだけ身の上を話すようになってくれて千春は内心喜んだ。


「つまり一人暮らしってこと?」


「そうなるわね」


「ちなみに俺も一人暮らし」


「興味ないけど」


 どちらも一人暮らしなんて珍しいと千春は思ったが、レナ高は金持ちが集まるし、案外一人暮らしも珍しくないのかもしれないと思い直す。学生寮もあるし。


「というかもしかして、セレナさんって外部生?」


「だったらなに」


「俺も外部生だからさ」


「だから?」


「親近感湧くじゃん」


「湧かないけど」


 セレナの冷たい対応と、彼女とだけ出来る独特なやり取りは、新鮮で面白かった。癖になっていると言ってもいい。


「セレナさんはなんでバイトすんの?」


 初日か、その次の日くらいにもした質問だが、その時は無視された。

 今日はどうだろう。


「……別に。私は自分の生活費は自分で稼ぎたいだけ」


「立派だねぇ」


「あなたはどうなの?」


「それはもちろん、デートの時に女の子に奢るため。今度初任給で奢るからデート行こう?」


「行かない」


 相変わらず興味はなさそうだが、セレナの方から千春のことについて尋ねたことに意味はあると感じている。

 本当に僅かな距離だとしても、彼女に近づけるのが嬉しかった。


「それじゃ、さようなら」


 セレナが足を止めて、別れの言葉をいう。

 雑談をしている内に、彼女が住むアパートに辿り着いてしまった。


「また明日」


 もう少し話していたかった千春は、別れを惜しみながら手を振って彼女を見送る。


 セレナが二階に上がり、自室の扉を開ける音、閉まる音を聞いて、千春はようやく帰路に着く。


 歩きながら、セレナの住むアパートを振り返って見つめる。


 あまりにも、可もなく不可もない普通のアパートである。


 ハイブランドの腕時計を持つ女の子にしては、セキュリティに不安があるような気がした。


 ましてや、あんなにも美しい少女なのだから、千春が住んでいるマンションのようなセキュリティがしっかりした所に住んだ方が良いような気もするが。


 余計なお世話か。





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