ソフィア12
想像していたよりもすんなりと、なんのトラブルも無く、千春達はデートの到達点であるカフェにやって来れた。
人気の店であるがゆえか、開店したばかりなのにも関わらず店内には多くの客がいた。
ぱっと見だと女性客が多く見えるものの、静かで落ち着いた雰囲気の内装は男性である千春にとっても居心地が良い。
「お好きな席へどうぞ~」
質素な制服の定員に通された千春は、ソフィアを連れて店内を歩く。
ちょうど空いていた壁際の二人用の席に座った。
ソフィアは被っていた麦わら帽子と、身に着けていたポーチを席の傍のある棚に置く。
「ごゆっくりどうぞ~」
向かい合って座り、千春はまずメニューを手に取った。
ソフィアは豊葦原では初めて?のカフェに落ち着かない様子で、店のお洒落な内装をきょろきょろ見まわしていた。
お冷を持ってきた店員にさえもおどおどしていて、長身なのに纏う空気が小動物そのもので可愛かった。
「何にする?」
メニューを広げて、ソフィアの方へと軽く滑らせる。
愛想良く微笑んでいる千春をじっと見つめた後、彼女は静かにメニュー表へと視線を移す。
メニュー表に記されている名前は葦原語、英語の表の二ヶ国語しかないが、写真が載っているので問題はないはずだ。指で示してくれればいい。
メニュー表に目を走らせる彼女は普通の女の子らしく、煌びやかなスイーツの写真を見て目を輝かせていた。
「あと、飲み物もね。ドリンク」
ドリンクのページに指を置くと、ソフィアは頷いて理解を示す。
「ちはる」
「決まった?」
ソフィアに名前を呼ばれ、千春はほんの少しテーブルの上に身を乗り出す。
「ん……」
両手で人差し指を伸ばし、パンケーキとパフェの上に指を置いた。
「いいじゃん」
二つ食べる気らしい。
写真を見れば分かる通り、二つともそこそこボリュームのあるスイーツだ。
自覚があるのか、ソフィアは羞恥に顔を赤らめていた。
身長でかいし、健康的で良いと思うのだが、本人的には恥ずかしいらしい。
「ドリンクは何にする?」
”ドリンク”という単語は伝わっているらしく、彼女は特に悩むことなくコーヒーを指差した。
千春はソフィアのオーダーを確認して、店員を呼ぶ。
「すみませーん」
軽く手を上げながら声を掛けると、すぐさま店員がやってくる。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「パンケーキとパフェとフルーツサンドを一つずつ。あとコーヒー二つで、以上です」
実際のメニュー名はもう少し長ったらしい名前ではあるが、省略しても通じそうだったのでメニュー表の写真を指で差しながら一つ一つ告げていく。
千春がメニュー名を言うたびに、合いの手のように小さく頷いているソフィアが可愛かった。
店員が注文内容を繰り返し、オーダーを持ってキッチンへと向かう。
待っている間、暇だったので、ソフィアに向けて手を伸ばす。
手の平を天井に向けて、テーブルの上に置いた。
「??」
疑問符を浮かべて、千春の手を見るソフィア。
分かりやすく戸惑っていた。
「手、出して」
千春の要求の意味も分からないまま、おずおずと手を出すソフィア。
その手に指を絡めて、ぎゅーっと愛情を込めて握る。
「………」
手を繋がれ、ソフィアが息を吞む。
なんとなく、手を繋がれるのは予想しているような雰囲気だった。
千春の馴れ馴れしいコミュニケーションにも少しは耐性ができたらしい。
ニコニコしながらじーっと、彼女の様子を眺め続ける。
少しは慣れたといっても、すぐに赤面する癖は変わらない。
千春と目を合わせては、すぐ逸らす。繋がった手を真っ赤な顔で見つめては、すぐ逸らす。
最終的に、ソフィアは俯いてしまった。
「お話できない代わり」
「■■■ ■■」
せっかくのデートなのに、二人でスマートフォンをポチポチするのはなんだか寂しい。
かといって、会話も難しい。
だから、手を繋いでコミュニケーションをとった。
会話ができなくても「退屈してないよ」って、ソフィアの手を弄んで伝える。
人差し指を絡めたり、手のひらを重ねたり、恋人繋ぎしたり。
ソフィアはされるがままだった。
そのうち落ち着いたソフィアは、千春の手遊びに応じた。
耳まで真っ赤にして、瞳を潤ませて千春を見つめながら。
「可愛い」
「…………」
そうやってソフィアで遊んでいると、店員がやって来てコーヒーを届けてくれた。
この時、初めてソフィアは抵抗を見せたが、千春が放さなかったので面白いほどに狼狽えていた。後で思い出して笑ってしまいそうなほど、可愛らしい姿だった。
その後、注文したスイーツの品々が順に届く。
メニューの写真と変わらない、ボリュームのあるパンケーキとパフェを見て、ソフィアは期待に満ちた表情で、分かりやすく興奮していた。
スイーツに気を取られている隙に、ぱしゃりと、一枚写真を撮る。
「ちはる!」
勝手に写真を撮った千春に、憤るソフィアを無視して、「いただきます」とフルーツサンドに手をつける。
「へんたい」
不満そうにしながら、ソフィアはパンケーキを切り分けて口に運ぶ。
生クリームとはちみつの絡まった、ふわふわの生地のパンケーキを口にしたソフィアは、一瞬にして不満顔が消し飛んだ。
ほっぺに手を当てて、幸せそうな表情をしているソフィアも、容赦なくカメラに収める。
よっぽど美味しかったのか、今度の盗撮はバレなかった。
周りの賑やかな女性客と違って、千春とソフィアの間にまともな会話はなく、二人で黙々とスイーツを食べるだけ。
だけど二人は、この場にいる誰よりも幸せそうにしていた。
少女は美味しいスイーツを食べて幸せそうな表情を浮かべ、少年は少女の様子を眺めて穏やかに微笑んでいた。
先に食べ終わってソフィアを急かしてしまわないように、コーヒーを挟みながらゆーっくりとナマケモノのような速度でフルーツサンドを食していく。
「おいしいです」
ソフィアは嬉しそうに、千春に向かってそう告げた。
彼女の様子から、それが社交辞令でないことはよく分かる。
千春も嬉しそうにしながら、「よかった」とだけ返す。
ソフィアは中々ボリュームのあるパンケーキとパフェを、時間を掛けて綺麗に平らげた。
ナプキンで上品に口元を拭いている姿は、中々様になっている。
店内は混雑してきたものの、店の席がまだ空いていたので、少しだけ食休みをしてから、「そろそろ出ようか」と千春が席を立つ。
ソフィアも店を出ることを理解して、席を立った。
「会計お願いします」
「はーい」
伝票を店員に渡して、会計処理に入ってもらう。
当然と言わんばかりに格好つけて、ソフィアの分まで全額払った。
ソフィアは奢られたことを理解できておらず、財布を片手に硬直していた。
店員の挨拶を背中で受けながら、二人は店を出る。
「ちはる、お金」
財布を千春の前に突き出すソフィアを無視して、千春は翻訳アプリに文字を打ち込む
『家まで送ります』
翻訳した文章を、ソフィアに見せた。
ソフィアは画面を見て頷いたが、少しだけ寂しそうな表情をした。
当たり前のように手を繋いで、二人は帰路につく。
帰りのバスを待っている間も、ソフィアは財布を千春に差し出したが、「奢りだから」と言って千春は受け取らなかった。
そのうち、ソフィアは納得いかないような表情をしながら渋々引き下がる。
来る時とは違うバスに乗る。
出雲自然公園ではなく、ソフィアの家の近くに向かうバスだ。
ずっと手を繋いだまま、二人とも無言でバスに揺られる。
十分も経たずに目的地へと辿り着き、バスを降りる。
そこから徒歩五分で、ソフィアが住んでいると思われる高級マンションに辿り着いた。
「ここでお別れ」
千春がそう言って、ばいばいと手を振った。
言葉の意味は通じたらしく、ソフィアも手を振った。
「夜 ゲーム したいです」
「はいはい」
「さようなら」
ソフィアが背を向けて、マンションへと向かう。
とりあえず背中が見えなくなるまで見送るかと、ソフィアの長い後ろ髪を眺めていると、唐突に彼女が振り返った。
振り返ったかと思えば、千春の元に速足で戻って来る。
「?」
怪訝な表情で近づいてくるソフィアを見ていると、彼女は千春の目と鼻の先までやって来た。
千春の両肩に手を置いて、小さく背伸びをして、ソフィアは千春の頬にキスをする。
「ちはる。ありがとう」
ただ、相当恥ずかしかったのか、ソフィアは耳まで真っ赤にしていた。
千春の反応を待たずに、麦わら帽子を深く被りなおして走り去っていく。
彼女の背中が見えなくなっても、千春は呆然とその場に佇んでいた。
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