ソフィア13
人間誰しも、まったく興味が無かったものに急に嵌まることが一度や二度くらいあると思う。
嵌まったといっても一日一時間から二時間、ゲーム内時間で言えば四時間~八時間程度のプレイに留めるのみで、廃人のようにずっと浸っているわけではないけれど。
それでも、毎日少しの時間だけプレイするのが日課になるくらいには楽しんでいた。
ソフィアと遊んだり、別のフレンドと遊んだり、ソロで遊ぶことも多い。
レベルもあっという間にカンストして、仮想世界で自分のしたいことを探していた。
そして、ある程度エタガに慣れた千春が真っ先に手を出したコンテンツは、PvP(プレイヤー対プレイヤー)コンテンツだった。
強力なモンスターとプレイヤーを跳ね除け、ハイレアリティな素材を持ち帰るのが目的のPvPvEエリアで、千春は文字通り”舞っていた”
千春はそのあまりにも鈍重な見た目のアバターからは想像もできないくらい機敏な動きで、三人の敵プレイヤーを翻弄していた。
ハイジャンプ(高跳び)、リープ(跳躍)、ダッシュ(疾走)、ブリンク(瞬間移動)、チャージ(突進)等の無敵やダメージ耐性が付いた移動スキルをフルに活用し、敵プレイヤーの攻撃を回避しながら合間にナイフを投擲してダメージを稼いでいく。
「くそっ、無敵うぜえ!」
当たり判定が消失し、無敵になる移動スキルで攻撃魔法を回避され、相手プレイヤーは苛立ったように舌打ちする。
【ポイズンナイフ】;ナイフに回復阻害と、持続ダメージを与える毒効果を付与。
【猛毒】;毒ダメージ強化。毒状態の対象に新たに毒効果を付与すると、効果時間が延長され、ダメージがスタックする。
【ジャンプスケア】;範囲内のプレイヤーの移動速度減少、クールタイム上昇。
【影縫い】;プレイヤーアバターの影にナイフを命中させた場合、短時間の移動妨害効果。
以上のアクティブスキルとパッシブスキルを軸に、後は無敵時間のある移動スキルをガン積みする高機動ビルドで敵をボコっていた。
【ジャンプスケア】が上がるたびに移動速度を遅くさせられ、【影縫い】を食らって動けなくなり、その間に【ポイズンナイフ】を投げられて毒ダメージを食らう。
シンプルながら強力な効果を持つパッシブスキル【猛毒】のせいで、【ポイズンナイフ】を食らえば食らうほどHPの減る速度が増していく。
回復阻害効果もあるせいで、回復もままならない。逃げようにも【ジャンプスケア】のせいで足が重い。
千春のビルドに対するカウンターは毒耐性か解毒だが、残念ながら三人とも対抗策を持ち合わせていなかった。
仮に対抗策を持っていた場合、千春は豊富な移動スキルで早々に撤退出来るという事実も、相手プレイヤーにとっては不愉快極まりない。
結局、千春のナイフを食らい続け、まともに反撃することも出来ないまま、三人とも成す術無く死亡してしまう。
「ざっこwww 初心者に一対三で負けて恥ずかしくないの?w」
幽霊になったプレイヤーに対し、千春の醜悪なアバターがより醜く顔を歪ませて煽る。
死人に口なし。幽霊は悔しそうに何かを喋っているが、千春の耳には届かない。
企業系攻略サイトでPvP最強ビルドランキング上位の構成を参考にした装備とスキルで、プレイヤー三人を同時に相手して勝った千春は――
暴言でレポートされて、三日間のアカウントBAN(利用停止)ペナルティが科せられた。
「はー?????」
アバターを介するとはいえ、人と人が対面して直接コミュニケーションをとるVRMMOでは、不適切な言動の取り締まりが非常に厳しい。
千春はその洗礼を浴びた形となる。
「クソゲーじゃん!」
現実に戻ってきた千春は、乱暴にVR機をベッドに放り投げた。
一緒に遊べないと知ったらソフィアは悲しむだろうな。
それ以前に千春がBANされたという事実に引くかもしれない。
BANされたものは仕方ないと、千春は音楽を聴きながらソファで不貞寝した。
翌日――
「おはよう、ちはる」
「おはよー」
いつも通りソフィアと挨拶を交わす千春。
千春が着席したのを確認すると、ソフィアは椅子ごと身を寄せてきて千春の腕に手を添えた。
切なそうな瞳で、千春の横顔を見つめる。
「ちはる……」
「うん」
ソフィアの呼びかけに短く答える。
許しを得た彼女は、千春に顔を寄せて、頬に軽くキスをした。小さなリップ音が鳴る。
ソフィアのチークキスを、千春は片目を瞑って受け入れた。
デートの別れ際、ソフィアが千春の頬にキスをした日が契機となり、それ以降、朝の挨拶の時と、別れの挨拶の時に、彼女は千春にチークキスをするようになった。
恥ずかしがり屋の癖に、親愛の挨拶だから恥ずかしくないと言わんばかりに、クラスメイトがいる中でも普通にほっぺたにキスをしてくる。
堂々とキスする割にソフィアのほっぺはいつも桜色に染まっていて、キスをすると恥ずかしそうにしながらも、幸せそうに微笑む。
そのいつも以上に魅力が増した姿に、周囲の男子生徒が思わず見惚れているのをよく見かけた。
この特別な挨拶は一日も欠かさずに行われている。
当然ながら、ソフィアが千春の頬にキスをしているシーンは色々な人間に目撃されており、クラスメイトの男子たちは下唇を噛んで屈辱に震えていた。
特に、女子と親密な関係になったことがない内部生の男ほど、顕著な反応を示す。
「ちはる 今日の夜 レイドしますか?」
「あー、ごめん。アカウントBANされた」
アカウントBANの報告を聞いて、ソフィアは目を丸くする。
「?! なぜですか?」
「レポートされた」
「え……トキシックプレイ 気を付ける」
「気を付けます」
言い逃れが出来ないレベルの暴言でBANされた千春には弁解の余地がないので、ソフィアの説教を素直に受け入れる。
「三日間、プレイできない」
「分かった……」
千春と遊べないという事実に、ソフィアはしょんぼりする。
彼女の萎びた姿を見て、引かれなくて良かったと安堵した。
同時に、精神的にノーダメージの千春よりも落ち込んでいるソフィアの様子に、申し訳ないという気持ちが生まれる。
PvPはついつい熱くなってしまうから気を付けないといけないなと、千春は心の中で己を戒めた。
「今日はバイトないから、帰りにどこか寄っていく?」
「? 遊ぶ?」
「帰り、遊びますか?」
「はい!」
バイトはないし、ソフィアもレッスンがないしと、千春がお詫びの放課後デートに誘うと、ソフィアは嬉しそうに申し出を受け入れた。
千春はいくつかの選択肢を提示し、ソフィアはその中からアミューズメントパークを選んだ。
ボウリングがしてみたいらしい。
放課後、千春とソフィアは手を繋いでアミューズメントパークへと向かった。
人が多いゆえに、異常なまでにソフィアが周囲の人間の目を惹いてしまう。
それこそ、老若男女問わずに。カップルで来ている男女も、複数人で遊びに来た学生たちも、メダルゲームに興じているおじいちゃんおばあちゃんも。店員でさえも。箒で掃いていくように、片っ端から視線を集めていく。
若干の居心地の悪さを感じながらも、千春と手を繋いでいるお陰で平静を保っていた。
千春の隣なら安全だと、全幅の信頼を寄せているがゆえの態度。
ただ、流石に人目が多すぎたからか、手を繋いだまま両腕を絡ませて、千春と腕を組んでいつも以上にくっついていた。
ソフィアに魅了された男たちは、彼女の愛情を一身に受ける千春を憎悪の籠った瞳で見つめる。
女性をトロフィーにする趣味は無いが、男としての性か、どうしても優越感は感じてしまう。
ボウリングのレーンを借りるべく、自動受付清算機を操作する。
その際、ソフィアが無表情で、千春の頬にぐいぐいと財布を押し付けた。
「分かったから」
シューズ代と3ゲーム代は二人で合計3200円。
一人当たり1600円の所を600円だけ引いて、千春は渋々ソフィアに千円を要求した。
本当にこの値段で合っているのか?と疑いの目を向けながら、ソフィアは財布から千円を取り出して千春に渡す。
千春がこっそり2200円を受付に出しているのを見て、ソフィアは「ちはる!」と怒って背中を叩いた。
「ごめんて!」
悪戯がバレた子供のように笑いながら、さっと清算を終えてゲームカードを受け取る。
千春は上機嫌でソフィアの手を引いて、適切なシューズとボウリングの玉を不慣れなソフィアの代わりに選んであげる。
そこら中から鳴り響く、ピンが吹き飛ぶ音が気になるのか、ソフィアは何度もレーンの方に視線を送っていた。
よそ見をしている彼女に、女性向けの軽い玉を持たせる。
「ヘヴィ」
10ポンドの玉でも、初めてだと流石に重く感じるようだった。
ただ、重く感じるだけで、ソフィアの体躯からすれば難なく持ち運べるはずだ。
千春はもう少し重めの玉を選び、二人並んで借りたレーンへと向かう。
ボールリターナーにボールを置くと、ソフィアも習って同じようにした。
レーンの手前のソファでシューズに履き替える。
モニターには千春、ソフィアの順に並んでいたので、千春から先に玉を投げた。
豪快な音を立ててピンが吹き飛ぶが、ピンが一つだけ取り残される。
カッコイイ所を見せたい場面だが、千春のストライク率はおおよそ二割から三割。今まで何回か来たことはあるものの、平凡なスコアしか取ったことがない。ちょっとカッコつけるのが難しかった。
二投目で、とりあえずスペアを獲得する。
次にソフィアが、少しだけ緊張した面持ちで、ボールを投げた。
ソフィアは、今までボウリングをしたことが無いと言っていたが、フォームは綺麗だった。先ほど熱心にレーンの方を見ていたのは、フォームを覚えるためだったのかもしれない。
10ポンドの軽い玉だったが、真正面から全てのピンを吹き飛ばした。
ストライクを示すマークが表示される。
「やった」
「マジ……?」
ソフィアがぴょんぴょん跳ねて、嬉しそうにしていた。
二投目を投げようとしたので、慌てて止める。
翻訳アプリを駆使して、ストライクの際のルールを教えた。
千春自身も大して経験しているわけでは無いものの、今日が初めての初心者に負けるわけには行かないと、面子を掛けてボールを投げる。
十フレーム投げ終えてゲームが終わり、千春は額に汗を浮かべながら、モニターを見つめていた。
ソフィアのスコア欄には、砂時計みたいなマークが5つも表示されていた。
彼女のストライクはビギナーズラックではなく、本人のセンスであることは見ていて嫌でも理解させられた。
千春も悪くないスコアだったが、ソフィアとの差は20以上もある。
「ちはる 楽しいです」
呆気にとられている千春に、ソフィアが笑いかける。
千春には彼女の笑顔が、男の体面を破壊する悪魔の笑みに見えた。
結局、千春は三ゲーム中、一ゲームも勝てなかった。
女の子とのデートで勝ち負けに拘るのはダサすぎると自覚しつつも、内心面子を潰されて悲しんでいた。
「ドーナツでも食べて帰るか」
「ドーナツ 好き」
ボウリングを終えて、二人は外に出る。
まるでカップルのように仲睦まじく寄り添って、アミューズメントパークのすぐ傍にあるドーナツ店に向かう。
ドーナツ店まで短い距離なのに、ソフィアの方から千春の手を取って、積極的にスキンシップを図りに来たのが嬉しかった。
ドーナツ店では二人で一つのトレイを共有して、ソフィアが食べたいもの、千春が食べたいものを選んで取っていく。
会計の時、ソフィアが予め用意していた二千円を素早く店員に突き出した。
やられたという表情の千春に、べーっとピンクの舌を覗かせる。
「だめ」
「はいはい……払ってくれてありがとう」
商品を載せたトレイをテーブルに置いて、二人で揃ってドーナツに手を付ける。
「おいしい」
もぐもぐと、小動物的な愛らしさを振りまきながら、小さな口でドーナツを食すソフィアを見て、千春は自然と顔が綻んでしまう。
二人の間に人並みの会話は無いけれど、千春は元より、ソフィアでさえも居心地の良さを感じていた。
複数個買ったドーナツをあっという間に食べ終え、二人はドーナツ店を後にする。
もはや手を繋ぐことは当たり前になり、千春がソフィアの家まで送っていくのも当たり前になっていた。
自宅のマンションが近づくにつれて、ソフィアの歩幅は露骨に狭くなっていく。
「家に帰りたくない犬か」と突っ込みながら、ソフィアの手を引っ張った。
彼女の自宅の前で、繋いでいた手を解く。
「ちはる」
ソフィアは悲しさと恋しさがない交ぜになった表情で、いつものように千春の頬にキスをする。
寂しそうな顔を見せながら離れようとする彼女を抱き寄せて、千春もチークキスを返した。
「?!」
突然のお返しに彼女は目を白黒させ、固まった。
「また明日」
硬直した彼女に別れを告げて、千春はダッシュでその場を後にする。
息を切らせて走る千春の表情は、喜色に満ちていた。
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