セレナ10
学校の休み時間、次の授業の準備をしているセレナの元に、友人のスナコがやって来た。
「ね、セレナちゃん。この動画、すっごく面白かったから見て~」
スナコは髪の毛と同じ
画面に表示されていたのは、飼い主消失ドッキリをペットの犬に仕掛けてるというもの。
大好きな飼い主が突然消えて、慌てふためく犬の様子を映した動画だった。
「こっちのショート動画もね~、凄く面白かったの」
30秒程度の面白かった動画を、順にセレナと共有していく。
立ちっぱなしにさせるのも悪かったので、椅子を半分共有してあげて、二人で窮屈そうに座りながら一つのスマートフォンを眺めていた。
「なに見てんの~?」
「うちらにも見して!」
動画を見ている二人の元に、スナコの友人である
「面白かったショート動画!」
「あ~、これ昨日、うちが送った動画じゃん。うけるよね、これ」
「私が送った動画も見てよ! 面白かったから」
セレナは恋歌と燈子が苦手だった。
外部生のセレナにも親しくしてくれるスナコとは違い、内部生特有の縄張り意識が強い恋歌と燈子からは分かりやすく距離を感じる。
スナコの手前だから仕方なくセレナと仲良くしている振りをしているだけという印象が強く、出会って二ヶ月近く行動を共にしていてなお、友達の友達という距離感だった。
厄介なのは、スナコがセレナを気に入ってしまったことだろう。中等部からの友達である恋歌と燈子よりもセレナを優先し、休み時間のたびに遊びに来てくれるのは嬉しいがはっきり言って居心地が悪い。
セレナをのけ者にしようと、内輪ネタで盛り上がろうとする恋歌と燈子。
どうも中等部で仲の良かった者同士のグループルーツがあるらしく、そちらでのメッセージのやり取りの話をしているようだった。
セレナ、スナコ、恋歌、燈子のグループルーツもあるが、彼女たちは自分からメッセージを送ることはなく、話題を提供するのはスナコだけ。彼女が話題を出さなければ何も動きが無いグループである。
スナコはクラスでもトップクラスに美しい少女だ。
銀髪のソフィアと対をなす黄金色の長い髪。彼女の愛くるしさを引き立てる可愛らしい猫耳と尻尾。可愛いと美しいを両立させた端整な顔立ち。
体つきが華奢で小柄なのもあって、クラスでもっとも愛されている女の子だった。
言葉の壁が高いソフィアと、愛想の無いセレナと違い、彼女は親しみやすく愛嬌がある。
いつも男子と親しくしていて、普通なら同性から嫌われそうな雰囲気を持つ女の子だが、ことスナコに限ってはあまりに人気がありすぎて、敵対するよりも取り入った方が良いと判断する女子は多かった。
恋歌や燈子は特にその傾向が強い。
スナコと一番仲が良いのは自分たちだと存分に見せつけ、大量に集まって来るスナコ目当てのイケてる男子たちに近づき、自分たちの地位を周囲にアピールする。
それが彼女たちの学校内での序列を維持するための動き方だった。
その立ち回りの中心となるスナコが、外部生で絶世の美少女であるセレナとばかり仲良くするのは、恋歌たちからすればあまり面白くないことだろう。
案の定、スナコとセレナの二人は美少女コンビとして学内に名を馳せている。
二人さえいなければ、クラスで一番目か二番目くらいには可愛いはずの恋歌と燈子は完全におまけ扱いだ。
ヒエラルキーで表すなら、二軍である。
学校内でも特に家柄に優れ、中等部ではそれぞれ女子グループのリーダー的な立場だった恋歌と燈子は、今のクラスではとてもじゃないが面子を保てているとは言い難い。
天然で無垢なスナコはそう言った恋歌たちの思惑や立ち回りに気づくことが出来ず、配慮することができない。
ゆえに、セレナが無駄に敵意を集めることになる。
前評判で知っていたことだが、レナ高の内部生は特に仲間意識、縄張り意識が強い。
セレナに対しても排他的だった。もっとも、社交的ではないセレナ側にも多少の原因はありそうだが。
仲良くする気のない内部生と、表面上だけでも仲良くしなければいけない学校生活は、下手したらバイトよりもストレスだった。
セレナは楽しそうに話すスナコ達から目を離し、クラスの端っこにある陸の孤島に目を向ける。
窓際の一番後ろの席。
クラスでも特別な空気感のある空間。
千春とソフィアは、今日も二人だけの世界に閉じ籠っていた。
千春が持っているスマートフォンを、ソフィアが人差し指で操作しているのが見える。
二人で椅子を並べて、ソフィアが甘えるように千春の肩に寄りかかりながら、スマートフォンを眺めていた。
千春とソフィアは、もはや恋人にしか見えない距離感だった。
仲睦まじく寄り添い合う姿を見て、セレナは思わず舌打ちしそうになる。
相変わらず、千春はセレナの方を見ないし、話しかけて来ない。
キスした癖に。
ファーストキスを奪った癖に。
部屋に泊まった癖に。
苛立ちを募らせながら、セレナは一日を過ごす。
その日のバイトからの帰り道、セレナは苛立つ気持ちを千春にぶつけた。
「ソフィアさんとは、随分仲が良いみたいね?」
「ずっと一緒にいるから、まぁ仲良くもなる」
「そうね……私のことをほっぽってずっと一緒ですもんね」
「なに? 構って欲しいの?」
「は? 気持ちわる……」
セレナの責めるような、刺々しい冷たい声色に気づいていながらも、千春は飄々とした態度を崩さない。
「この前ソフィアとデートした時の話なんだけど――」
いきなり他の女とのデートの話をしようとした千春を、非常識だと肩を殴って止める。
殴られてなお、千春は不敵に微笑んでいた。
彼の手の平で転がされているような感覚が、不快で極まりない。
「あなた……私にキスしておきながら他の女とデートしてるの?」
「思春期だし」
「死んでくれる?」
「やだ」
――あぁ、なんで自分はこんな男を意識していたんだろう。
なぜ、自分はこんな男を頼りにしてしまっていたのか。
セレナは額に手を当て、溜息をつく。
もう金輪際この男と関わるのはやめよう。
見た目だけに留まらず、中身まで軽薄な千春に関わっていたら、自身の価値を貶めることになる。
母親と一緒で、自分には男を見る目がないらしい。
セレナを身籠った後、父親に逃げられてシングルマザーとして頑張ってきた母親からは、「あなたはママと同じ失敗をしてはダメよ」とよく言って聞かされた。
仲良くする異性はもっと選ぶべきだったのだ。
失敗してしまった。
もっと誠実で、セレナを大切にしてくれるような男を探すべきだった。
少なくとも、
最近、千春に気を許し始めていた自分が憎かった。
千春の行動で心を動かされていた自分に嫌悪感があった。
忌々し気に眉根を顰め、へらへらしている千春を睨みつける。
胸糞悪い気分で帰り道を歩いていると、セレナはようやく自宅に辿り着く。
「一人で大丈夫? また泊まろうか?」
「あなたに心配される筋合いはないわ」
「そっか。でも、何かあったらすぐ呼んでね」
「もうあなたには頼らない」
一緒に帰るのもこれが最後だと、別れを切り出そうとするセレナに千春が先手を取ってキスをした。
身長差があるから、千春はほんの少しだけ身を屈めてセレナに口づけをしていた。
今日は一度では終わらせず、啄むように何度もキスを繰り返す。
「やっ……んっ……♡」
すぐに蕩けたような表情になったセレナは、千春の腰に手を回して彼からの愛情の籠ったキスを熱心に受け入れた。
アパートの前だということも忘れて、ちゅっちゅっと一心不乱にキスを続ける。
千春が顔を離すと、慌ててセレナの方が爪先立ちになって、背伸びをして唇を追いかけた。
「……ちゅっ♡」
愛情たっぷりのキスを交わして、千春へのネガティブな感情は全部吹き飛んだ。
金輪際関わりたくないなんて嘘。
別れたくないし、もっと頼りたい。
誠実な人よりも千春が良い。
ずっと千春とキスしてたい。
帰りたくない。
離れたくない。
本当は今日も泊まっていって欲しい。
セレナは今日、学校でもバイトでも、度々千春とのキスを思い出していた。
お陰で勉強は手につかなかったし、バイト中も大きなミスはしていないけど小さなミスをするくらいには集中できていなかった。
昨日のキスは二回とも不意打ちだったから、次はちゃんと正面から受け止めたい。
そう思って一日を過ごしていたから、今は千春がたくさんキスしてくれて、セレナは歓喜に身体を震わせた。
千春とのキスは気持ちよかった。
幸せと快感が同時にやって来て、脳の理性をドロドロに溶かしていく。
今回も最初は不意打ちだったけど、その後続けて何回もキスしてくれたから、セレナはゆっくりとキスの感触に浸ることができた。
体中に雷が流れるような衝撃。
背筋を這いずり回る甘い快楽。
溢れんばかりの多幸感と安心感。
千春の腕の中で、たくさん愛情を注がれて、嫌でも彼への愛情を自覚してしまう。
「続きはまた明日ね」
「うん……」
千春はセレナの額と頬と前髪に順にキスをしていき、最後にもう一度だけ唇にキスをした。
「あなた、ソフィアさんとはキスしたの?」
「ソフィアとはまだしてないよ。ほっぺにキスされたくらい」
つまり、ソフィアはデート止まりの女ということ。
背筋がゾクリとするような優越の快楽に浸る。
「ソフィアさんともこんな風にしたら、どうなるか分かっているんでしょうね?」
「……ははっ」
セレナが釘を刺すと、千春は乾いた笑顔を返す。
「あなたねぇ!!」
怒りをむき出しにして怒鳴るセレナから逃げるように、千春は距離を取った。
「また明日! ばいばーい」
「覚えてなさい!」
怒りに肩を震わせていたセレナだったが、千春の背中が見えなくなると途端に不安に襲われる。
それでも、唇に残る熱が彼女の不安を和らげていた。
大丈夫だと、自分に言い聞かせる。
千春が注いだ愛情があれば、恐ろしい夜も乗り越えられる。
実際、寝るまでずっと千春とのキスが頭から離れず、悶々とキスのことばかり考えて過ごす羽目になったので、ストーカーの恐怖は頭の片隅に追いやられていた。
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