セレナ4






 日曜日のバイト終わり。

 平日と違って15時上がりの千春とセレナは、まだ明るい内から街路樹の下を並んで歩いていた。

 

 普段の帰り道とは違う景色。


 セレナは、千春とのデートに嫌々応じてるような姿勢を貫いていたものの、今日はいつも日曜日のバイトに着てくるようなカジュアルなシャツとズボンではなく、完全に外行を意識したガーリッシュなワンピースに身を包んでいた。

 少しはデートを意識してくれたことを嬉しく思いながら、隣を歩くセレナを横目に見る。

 

 デートを思っておしゃれしてきてくれたセレナは、それでも無言と無感情を貫いていた。

 相変わらずこの子は愛想が無いな、なんて思いながらも千春は楽しそうにしている。


「あそこのカフェとかどう?」


 千春が指差したのは、自然に囲まれたテラス席が目立つカフェ。

 アルバラント辺りの、異国の雰囲気を目指したようなコンセプトのカフェだった。

 16時という微妙な時間帯にも関わらず、店内もテラス席も8割ほどが埋まっており、その人気の高さが伺える。

 

「人気そうね」


「テラス席空いてるし、そこで食べようよ」


「……そうしましょう」


 『デートがあるんだから、まかないは軽いのにしてね~』と最初に言いつけておいたら、セレナはまかないを頼まなかった。

 がっつり食べるわけじゃないから、昼ご飯くらいなにか食べればいいのにとは思ったものの、セレナに習って千春もドリンクバーのジュースを飲むに留めていた。


 店内に入った二人を、ウェイトレスが迎える。


「店内とテラス、どちらでお召し上がりになりますか?」


「テラスがいいです」


「かしこまりました」


 ウェイトレスに二人掛けのテラス席まで案内され、椅子に腰掛けた千春にメニューを手渡す。

 

「ご注文が決まりましたら、お声がけください」

 

 そう言ってウェイトレスは、店内へと戻っていく。


「セレナさん、何にする?」


「…………」


 セレナは無言で、テーブルに広げられたメニューに目を通す。


「あなたは何にするの?」


「お昼食べてないから、それなりに量があるやつかねぇ」


 千春は頬杖をついて、セレナの前にある逆さまのメニューを眺める。


「フレンチトーストとー、オムライス。あと、コーヒー」


「ふうん……」


 千春が選んだのは、生クリームと蜂蜜が載ったスイーツ系のフレンチトーストと、シンプルなオムライス。そしてオーソドックスなコーヒーだ。


「私は……どうしようかしら……」


 彼女は悩み、真剣な表情でメニューを見つめていた。

 その意外な姿を見て、千春は笑ってしまう。


「セレナさんって、何事も二秒以内に判断しそうなイメージだけど、意外と悩むんだ」


「私をなんだと思っているのかしら?」


「まあでも分かるよ。全部美味しそうだもんね」


「…………」


 意外とメニュー選びに時間が掛かっているセレナをからかうと、刺すような目が返って来る。

 千春は目を逸らして、賑やかな店内へと目を向けた。

 ここら辺のカフェや喫茶店は、とにかく外観や内装のセンスが良い所が多い。というよりも、センスが無ければ生き残れないのだろう。

 リピーターになって同じカフェに通いたい気持ちと、新しいカフェを探したい気持ちが、千春の中でよく喧嘩しているくらいに、素晴らしいお店が多い。


「決めたわ……キッシュと、チーズケーキと、ストレートティーで」


「他に選びたかったものがあれば、次来た時に選べばいい」


「……次はないわ」


 口では連れないことを言うセレナだが、また後日しつこく誘えば行けそうな雰囲気が全然あった。


 注文が決まったので、千春がウェイトレスに向かって目配せすると、察してくれたウェイトレスが席までオーダーを取りに来てくれる。


 一通り注文を終えると、二人はゆったりとくつろぐ。

 五月の温かい日差しと涼しい風が、眠気を引き寄せる。


 セレナはポーチからカバーのついた小説を取り出し、千春をほったらかしにして本の世界に入り込んだ。


 千春は背もたれに寄りかかりながら、読書をするセレナを眺めて過ごす。


「いやらしい目で見ないでくれる?」


「読書が趣味なの?」


 セレナの言葉を無視して、千春は世間話を繰り出した。


「そうよ」


「他になんか趣味ないの?」


「ないわ」


「何読んでるの?」


「月明かりの殺人」


「あー、今話題だよね」


「あら、意外ね。話題になってるなんて、ミステリー好きの間での話なのに」


「まあまあ面白かったよ。途中で犯人分かっちゃったけど」


「む……」


 千春の何気ない言葉に、セレナは眉を潜める。

 セレナは『月明かりの殺人』を既に八割近く読み終えていた。

 未だにネタばらしの展開にはなっていないが、クライマックスはどんどん近づいている。

 容疑者の数もだいぶ少なくなっているが、セレナはまだ犯人が分かっていなかった。


「あなた、私の気を惹きたくて嘘を言っているでしょ」


「え? いや……はい……」


 実は千春も読んでいた『月明かりの殺人』という、新人作家のデビュー作であるミステリー小説。

 千春は100ページ程度で作者が仕掛けたトリックに気づいてしまい、どうか予想を裏切ってくれと祈りながら読み続けたが、結局予想通りのオチになってしまった。

 なので、途中で犯人が分かったというのは本当のことなのだが、セレナは信じなさそうだったので気を惹くための嘘ということにした。

 

「…………ちっ」


 千春が目を泳がせたのを見て、セレナは舌打ちする。

 彼の反応は、セレナの気を惹こうとしてついた嘘がバレた時の反応ではなかった。

 本当に作者のトリックを見抜き、犯人を特定できたのだろう。

 セレナは本を閉じて、ポーチの中にしまう。

 悔しそうな表情を浮かべて、忌々し気に告げる。


「あなたに負けるのは癪だから、私も犯人を特定する」


「セレナさんの新しい一面、負けず嫌い」


 茶化すと、睨まれる。


 その時ちょうど、二人の間にウェイトレスの手が割って入った。


「こちら、キッシュとオムライスになります」


 二人が主食として頼んだ、キッシュとオムライスが真っ先にやって来る。

 次にスイーツ類、飲み物が次々運ばれて来た。


「ご注文の品はお揃いでしょうか?」


「はい」


「ごゆっくりどうぞ」


 注文の品を全て届けたウェイトレスが確認を終えると、軽くお辞儀して店内に戻っていく。


「あなたはどうなの?」


「どうって、趣味?」


「そう」


 それぞれメインディッシュに手を付けながら、雑談を続ける。

 普段は素っ気ないセレナが会話を広げたことに驚きつつ、答えた。


「ジャンルは色々だけど、たまに本は読むよ。有名な奴ばっかだけど」


 後はなんだろうと、オムライスを咀嚼しながら考える。

 口の中を空にしてから、話を続けた。


「こうしてカフェとか喫茶店を巡るのも好きだし、カラオケとかゲーセンとかにも行くし、冬はウィンタースポーツとかもやるし、まあアウトドア全般?」


「一人で?」


「まあ一人の時が多いかな。友達少ないし」


「そうでしょうね」


「ちょっと! 無駄に傷つけないで」


 容赦ないセレナに、千春は笑いながら突っ込む。


「あー、あと最近ソフィアに勧められてエタガっていうゲームに嵌まってるかも」


 千春の言葉に、セレナはキッシュを食べる手を止めて硬直した。


「エタガ……」


「知ってる? 結構有名なゲームだけど」


 VRMMOに興味が無かった千春でも、流石にタイトルくらいは聞いたことがあるくらいには有名だ。


「知っているもなにも……」


 そこまで言ってから、セレナは恥ずかしそうに俯いて言葉を詰まらせる。


「……私も、プレイしてるわ」


「他に趣味あるじゃん」


 千春に半笑いで冷静に突っ込まれて、セレナは初めてソフィアのように顔を真っ赤にして釈明し始めた。


「受験のストレス発散にやっていただけよ……現に、最近はログインしてないし」


「じゃあ、せっかくだし今度一緒に遊ぼうよ」


 千春に誘われて、セレナは戸惑った様子を見せた。

 セレナはストレートティーを一口飲んで心を落ち着かせ、頬に残った熱を冷まそうと努める。


「別に、いいわよ……学業に支障が出ない範囲なら」


 そう言って彼女は、澄ました表情を取り繕って千春の誘いを受けたのだった。 





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