セレナ5







 ある日のバイト帰りの夜。

 千春はセレナと一緒にゲームをするべく、エタガ内で彼女を待っていた。


 ソフィアにログインしているのがバレると、主人を見つけた子犬のように寄ってきてしまうため、VR機の起動段階でログインを隠すスイッチを入れた状態でエタガ内にやって来た。


 なぜか保護区域ではなく、ひと気のない戦闘区域での待ち合わせを求められていた千春だが、その理由はセレナのアバターに会って理解した。


 灰と霧とおぞましい動植物が広がる工業地帯で、腕を組んで工場の壁に寄りかかっていた千春は、霧の向こうから静かにやって来たセレナを見つける。


 セレナは黒い女忍者の恰好をしていた。

 黒いインナーと黒いストッキングの上に、黒いくノ一の装束を着こんでいる形だ。

 漆黒の小刀を腰に差し、黒光のガントレットとレギンスを身に着けた、全身黒ずくめの真っ黒女忍者だった。


 だがその黒で統一した装いの中で、唯一目立つ色があった。


 彼女の頭上に表示されているプレイヤーネームである。


「名前あっかwww」


「…………」


 セレナのプレイヤーネームが赤い。

 エタガに置いて名前が赤いということが何を意味しているのかと言うと、プレイヤーキルを繰り返しまくって悪名値が溜まりまくっているプレイヤーという意味になる。

 プレイヤーキルをすると名前が明るい赤色になり、そのままキルを重ねると徐々にどす黒い赤へと変わっていく。


 セレナの名前はどす黒い、酸化した血液のような色をしていた。


「えぐすぎでしょ」


「言ったでしょ。受験のストレス発散のためにプレイしていたって」


「それでプレイヤーキラーに走るの中々おもろい」


 ストレス発散ならモンスターを潰しまくるとかでもいいのに、わざわざプレイヤーをキルするの怖すぎ、と口には出さずに心の中で思う。

 ここまで来てようやく、セレナとの待ち合わせが戦闘区域でなければいけない理由を知った。


 彼女は悪名が高すぎて、街中だとNPCの衛兵に問答無用で攻撃されてしまうのだ。加えて、街中にいるプレイヤーもノーリスクでセレナに攻撃できてしまう。

 間違いなく、静かに会話が出来る環境にはならないだろう。


「それより、あなたのアバターはなんなの?」


 腕を組んで木に寄り掛かるセレナは、眉を潜めながら千春のアバターを顎で指す。


「どう、カッコいいでしょ?」


「不快すぎて笑えないわ」


 千春の見た目最悪のキモデブアバターを見て、セレナは露骨に嫌そうな顔をした。


 興味深かったのが、セレナのような反応を割と街中でも見かけたことである。

 道行くプレイヤーたちは千春のアバターとすれ違うと、露骨に汚物を見るような目で見てきたり、嘲笑ったりと、見下すような反応を見せることが多かった。


 千春が思っているよりも、エタガというセカンドライフに没入している人間が多いのかもしれない。


「なんか、匂うわ。そのアバター」


「無臭だって!!」


 明らかに臭そうな見た目のアバターなのは間違いないが、仕様上では不快な匂いは出ていない。


「それで、会ったのはいいけど何をするの? レベル上げぐらいしか手伝えないけど」


「せっかくだしプレイヤーキルの仕方教えてよ」


「自分がその道を選んでおいてなんだけど、メリットよりデメリットの方が大きいからおすすめしないわ」


 セレナは首を横に振って、悪名を獲得せずにすむ、いわゆる合法的なプレイヤーキルが出来る選択肢を提示した。


 貴重な素材を探してエリアから脱出するPvPvEの『ルートエスケープモード』や、ギルド単位で行われる『攻城戦』、一対一か小規模なパーティで行う『決闘』などなど。


「それだけ選択肢があって、なんでプレイヤーキラーになったの?w」


 千春の何気ない問いに、セレナは顎に手を当てて深く考え込む。


「さあ、なぜかしら……」


「セレナさんはSっ気強いから、きっと初狩しょがりしたかったんだね」


 セレナが唐突に身を屈め、思いっきり土を蹴って【紫電しでん】を発動した。

 彼女の身体全体から紫電が迸り、千春の視界から紫色の閃光だけを残して一瞬でセレナが消える。

 一拍置いた後、一撃で千春のHPが九割消し飛んだ。


「ちょっと!!」


「確かに、初狩りも悪くなさそうね」


 彼女は不敵な笑みを浮かべて、紫色に発光する短剣の切っ先を千春に向ける。


「思い返してみれば、不意打ちをして相手の反応を見るのは楽しかったかもしれない」


「やっぱSじゃん」


 セレナが無言で【四傷ししょう】を発動した。

 さっきの一撃で千春に付与された【血の刻印】を消費し、追加の物理ダメージを四回与える。

 大量の血飛沫(ポリゴン)を四回放出し、千春は死亡した。

 幽霊状態の千春がその場に漂う。


「あはははははっ」


 セレナが珍しく、声を上げて嗤った。

 口元を押さえて震えながら、低品質な蘇生アイテムを使用する。


 天使の羽が飛び散り、黄金の光と共に、千春がHP1で復活した。


「これが初狩りのセレナか」


 やれやれと肩を竦める千春に構わず、セレナは思いを告げる。


「あなたが後々後悔することになっても私のせいにしないと言うのなら、プレイヤーキラーとしての生き方を教えてあげてもいいわ」


「いいじゃん。一緒に初狩りしよ」


「最低ね、あなた」


 千春のふざけた提案に、セレナはくすくすと笑う。


「よろしく、初狩り師匠」


「教えてあげるけど、最低限レベルはカンストさせないとダメよ」


「結局レベリングかぁー」


「そういうこと。あと、私は初心者狩りしたことは一度もないから」


「さっき俺殺したじゃん!」


「あなたはモンスターだし……」


 その日は一日、千春はセレナに手伝ってもらいながら、モンスターを狩ってレベリングに明け暮れた。

 今更ながら、初心者のレベル上げをレベルがカンストしたプレイヤーが手伝うと、手伝った側は美味しい報酬を貰えるシステムがあることを知る。


「ソフィアさんも、きっとその報酬が目当てであなたを誘ったのね」


「もしそうだったら人間不信になるわ!」


 別にソフィアがそのレベリングお手伝い報酬を受け取るのは構わないが、それ目当てで誘われたのだとしたら千春は泣く自信がある。


 人畜無害で照れ屋のソフィアに裏の顔は無いと信じたいが、散々姉たちの腹黒い部分を見てきた千春からすると、絶対無いとは言い切れないのが怖かった。


 二時間近く狩りをして、セレナが終わりを切り出す。


「今日はこのくらいにしましょうか」


「長々と付き合ってくれてありがとう」


「対価は貰っているから」


 そう言って、彼女はログアウト待機時間に入った。

 即座にログアウトできる保護区域と違い、戦闘区域でのログアウトは緊急離脱に使えないように30秒の待機時間がある。


「また明日ね、宮火くん」


「また明日」


 お互いに挨拶を交わして、二人はエタガの世界を去った。





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