ソフィア8





 「案内してあげる」と言って、ソフィアに連れられて初心者が集まる最初の街に二人は向かっていた。

 アバターが生まれた海岸から徒歩十分程度の近い位置に、その街はあった。


「なんか変な感じだね」


「まぁねぇ」


 しみじみとソフィアが言うので、千春も同意した。

 普段は片言でもまともに話せないソフィアが、すらすらと流暢に葦原語を喋っている。

 リアルタイム翻訳なので、多少口元の動きと発声のタイミングがズレていたりするが、映画の吹き替えのようで、違和感は無かった。とんでもない技術である。

 ソフィアも、千春が発する言葉は流暢なルテニア語に聞こえているのだろう。


「普段の片言も好きだけど」


「片言って言わないで!」


 足を止めて、頬を膨らませて怒りを表現するソフィア。


「バカにはしてないんだけど」


「私が気にしてるの!」


「俺もルテニア語は片言だからいいじゃん」


「それはなんか違う……」


 他愛もない雑談を交わしながら、少しずつエタガの説明を受けていく。

 ソフィアが言うには、エタガにはメインストーリーのようなものはないらしい。

 最初はレベルを最大まで上げるのを目標にして、上げきったら自分にあったコンテンツを探すんだとか。

 家を作ったり、強いモンスターと戦ったり、強い装備を作ったり、車に乗ってレースをしたり、ドラゴンに乗ってレースをしたり、レアな素材を探したり、行商したり、他の星に行ったり、地下迷宮に潜ったり、他のプレイヤーと交流を楽しんだり、とにかくなんでもできるから、自由に楽しめばいいとのこと。

 

「自由すぎて何をしたらいいか分からないって人もたくさんいるんだけどね」


 ソフィアは気安く、千春の太ったお腹をつつく。


「でもきっと、ちはるが楽しいって思えるコンテンツが見つかると思うから、一緒に探そう?」


「話を聞いた限りじゃ、とりあえずレベル上げかな~」


 大衆向けに調整されているエタガは、レベルを最大にすること自体は簡単らしい。

 効率を考えずにゆっくりやっても一ヶ月あればカンストするとソフィアは教えてくれた。

 誰でもエンドコンテンツへのアクセスが容易なのが、売りの一つなのだとか。


 ソフィアから街の大まかな施設を紹介された後、舞台は低レベルモンスターがうろつく草原へ移る。

 低レベル帯では猛威を振るう強力な装備をソフィア先輩から受け取り、そこら辺を歩いている全長五十センチくらいのでかい兎みたいな獣を片手剣で叩き潰した。

 VRでは例えホラーゲームであっても流血表現は禁止されており、斬っても赤くて四角いポリゴンが飛び散るだけである。モンスターに与えた傷跡も、赤く発光するだけに留まっている。


「そういえばずっと聞きたかったんだけど」


「なーに?」


 前々から気になっていたことを千春は尋ねる。


「ソフィアって卒業できんの?」


「出席足りてれば卒業できるって」


「ずるっこ」


「仕方ないじゃん! 一応数学と英語のテストは受けるし!」


「偉いじゃん」


「あと、新体操部に三年間所属。大会にも出ること」


「なるほど?」


 千春の疑問がここに来てようやく解消される。

 果たして合法なのかどうかは分からないが卒業扱いにはなるらしい。


 会話しながら襲い掛かって来る獣を叩いていると、何度目かのレベルアップの文字。

 ソフィアと相談しながら基本スキルを習得していく。


「スキルの発動は慣れるまでは難しいかも」


 ソフィアの言う通り、スキルの発動は地味に難しかった。

 初期の方で習得できるハイジャンプは、大きく膝を曲げてスキルを意識しながら跳躍することで発動する。発動さえしてくれれば、千春の重たそうなデブアバターでも三メートル近く飛べる。

 ハイジャンプの発動に成功するも、着地に失敗して転んだ千春の横で、ソフィアはぴょんぴょん五メートル近いハイジャンプを気軽に出して見せていた。

 何度か試しているが、千春はたまにスキルが発動せずに普通のジャンプになってしまう。


「ちはる、今スカートの下、覗いたでしょ」


「そりゃ、スカートで飛び跳ねてたら見るでしょ」


「えっちなんだ~」


 実際にソフィアのスカートの下の白タイツはえっちだった。

 特に視覚に規制が入るわけもなく、普通に全部見えていたから。

 スカートの下を覗かれても嫌悪感を露わにしないソフィアを見て、千春はこれ全然行けそうだなって思った。

 元々普段の態度から勝算は高いと感じていたけど。


「次は武器スキルの練習ね!」


「はーい、先生」


 右も左もわからない初心者に教えるのは存外楽しいのか、ソフィアは明るい表情で指導を続けた。


 こうして千春とソフィアは、舞台が仮想世界とはいえ、初めて放課後に二人だけの時間を過ごした。

 四時間ほどたっぷり遊んで、千春はそろそろログアウトする旨を伝える。


 千春がログアウトすると伝えた時のソフィアの表情は見ものだった。

 眉を八の字にして、捨てられた子犬みたいな表情をしたのだ。


「そんな顔しないでよ。また明日デートしよ」


「?! え、あ、いや、デートじゃないよ!」


 目を忙しなく泳がせて挙動不審になりながら、今までのはデートではないと否定するソフィア。


「ついでにリアルでもデートしようよ」


「あ……うん……」


 彼女は頬を染めて嬉しそうにしながらも、不安要素があるのか、二の足を踏むような態度を見せる。


「街に出たことあんまない?」


「うん……」


 察して問いかけてみると、当たりだった。


「最初は……二時間だけにしとくか。喫茶店で美味しいもの食べて、ソフィアの家まで送って解散って感じでさ」


 俺もバイトとかで忙しいから丁度いいしと付け加えて、様子を見る。


「……それなら、いいかも」


 千春の提案に、ソフィアは控えめながらも良い反応を示す。


「放課後とか休日とかってどんな予定なの?」


「放課後は火水木がレッスン。土曜日は午後からレッスンがあって、日曜日は暇」


「平日に新体操部ないの?」


「私は大会に出るだけだから。普段の部活動には参加しないよ」


「ずるっこじゃん」


「ずるくないよ!」


 ソフィアが怒った振りをして、千春の肥満体を優しく殴る。


「じゃあ、明後日か。土曜の午前中に待ち合わせしてー、昼に解散ってことで」


「別に明日の放課後でもいいけど?」


「それだと制服デートじゃん。ソフィアの私服が見たい」


 いや、制服デートもしたいけど、と補足しておく。

 ソフィアは呆れた表情をしていたが、溜息をついて千春の提案を受け入れる。


「もう……いいよ、分かった……明後日、楽しみにしてる」


 ソフィアの言葉に、社交辞令っぽさはない。

 それが嬉しくて、千春は笑顔が溢れる。


「パンケーキ食べに行こう、パンケーキ。最近めちゃくちゃ美味しいとこに出会ったから」


「ふふ……良いね。パンケーキは私も好き」


 ログアウトを宣言してからたっぷり十分。

 約束したデートの話で花を咲かせて、二人はようやく別れた。


 現実に戻ってきた千春は、VR機を頭から取り外して大きく伸びをする。

 四時間も遊んでいたのに、時計は未だに十時を指していた。


「千冬があれだけのめり込むわけだ」


 たった一度のゲーム体験で、千春はすっかりエタガの世界に魅入られた。

 食わず嫌いというよりは、興味が無い、無関心といった感じでVRには触れてこなかったが、これは嵌まってしまいそうだと千春は感じていた。


 ソフィアとはデートの約束もできたし、VR様様だ。




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