ソフィア9
エタガで遊んで次の日の朝。
隣の席でいつも通りお勉強をしている銀の姫君に、千春は朝の挨拶をする。
「おはよー」
「おはよう、ちはる」
昨日ゲーム内でたくさんお話できたからか、朝からソフィアの雰囲気は一変していた。
今までよりも柔らかい表情をするようになり、千春を見つめる瞳も穏やかだった。
「昨日は楽しかったねー」
「楽しい、かった」
「たのしかった」
「たのしかった?」
「合ってる」
「楽しかった」
ソフィアはまだまだ勉強中で、【楽しい】という単語は知っていても【楽しかった】【楽しくなかった】【楽しくない】【楽しそう】といった、派生する言葉の使い分けに苦労していた。
一生懸命なのは十分伝わっているので、そういう不完全さもソフィアの魅力になっている。本人は嫌がりそうだが。
「今日 プレイする?」
「する。夜に」
「わかった」
千春が鞄を置いてスマートフォンを取り出すと、ソフィアが勉強の手を止めて椅子ごと近寄って来る。
普段は恥ずかしがるくせに、千春の肩にぴとっと身体をくっつけた。
「ちはる の」
ソフィアが自身のスマートフォンを取り出して、千春の前に画面を持ってくる。
そこには、キモデブ油ぎっしゅハゲアバターが見苦しく剣を振っている姿が写っていた。
まごうことなき千春のアバターである。
嘘、俺のアバターキモすぎ?! 飛び回るゴキブリを見たかのような反応で、千春は口元を押さえた。
「■■■■■」
ルテニア語で何かを告げて、ソフィアはコロコロ笑った。
十中八九、侮蔑の言葉だろう。
しかし、千春も思わず自分のアバターを罵倒しそうになったから、寛大な心で許してあげることにした。
笑っていて無防備になっている隙を逃さずに、千春はインカメラで彼女の姿を捉える。
パシャリと、ソフィアの笑顔がカメラに切り取られてしまう。
「?!」
「お返し」
許可も無しに突然カメラで撮られて、ソフィアは顔を真っ赤にして抗議した。自分も許可なく人のアバター撮っているのに……。
抗議といっても、ぽかぽか可愛らしく殴って来るだけ。
本当に怒っているわけではなく、じゃれて甘えているだけだった。
流れでソフィアの笑顔の写真を手に入れた千春は、大切にクラウドサーバーに保存する。
今度はアウトカメラに切り替えて、スマートフォンの背面をすぐ隣のソフィアに向けた。
「だめ!」
撮られるのを恥ずかしがったソフィアは、顔を手で隠す。
ソフィアの目元は手で覆われ、真っ赤な耳と、高い鼻筋、口元だけが残される。
なんか逆にエロいだろと思わないでもない。
意図せずして背徳的な写真が撮れてしまったが、これも容赦なく保存していく。
「■■■■! ■■■■ ■■■■ ■ ■■■■!」
撮るなとか消せって言っているのかもしれないが、千春は知らん顔をしてやり過ごす。
「思い出だから。仲良くなった記念」
半笑いでスマートフォンを軽く振りながら、伝わらないことを承知で気持ちを告げた。
朝のじゃれ合いですっかり忘れていたが、千春は本題を思い出す。
『あなたはどの辺りに住んでいますか?』
翻訳した文章をソフィアに見せる。
VR内では現実世界の地図を呼び出せなかったため、現実で聞く必要があった。
デートプランを練るのに彼女の大まかな住所は必要だ。
決めて掛かるのも失礼だが、恐らくソフィアはバスにも電車にも乗れないだろうから。
いったん翻訳した文章を下げて、ここら一帯の地図を画面に出力する。
「分かる?」
「これ」
ソフィアが自分の携帯を操作して、自宅から学校までのルートを強調表示させた地図を千春に見せた。
「結構近いな」
「?」
自宅から学校まで徒歩二十分程度だろうか。
学校だけでなく、千春の家とも割と近い。
千春の人差し指が、ソフィアが持つスマートフォンを操作する。
顎に手を当てて考えながら、地図を上下左右にスワイプさせた。
「ここ」
ソフィアの家から、待ち合わせ場所へのルートを表示させる。
千春がマーカーをセットしたのは出雲自然公園と呼ばれる公園だ。
自然公園としての規模は小さいが、雰囲気は良いし、都心への交通手段も傍にある。
千春の家からもソフィアの家からも徒歩二十分程度で辿り着くので、丁度いい待ち合わせ場所になるだろう。
目的地をタップして、公園の画像をソフィアに見せる。
「明日、来れる?」
「うん」
ソフィアは画面を見た後、千春へ視線を移して小さく頷いた。
迷子になった場合の対処法は、今夜エタガで話し合うとして、とりあえず待ち合わせ場所を彼女の地図に保存してから、スマートフォンを返す。
『詳細を エタガで話します』
翻訳した文章をソフィアに見せる。
彼女は微笑んで、頷いた。
ソフィアとのデートが無事決まった所で予鈴が鳴り、朝のホームルームが始まった。
彼女の美しい横顔を盗み見ていると、同じように千春の様子を伺おうとしたソフィアと目が合う。
慌てて目を逸らす彼女に、千春は笑顔を浮かべながら手を振る。
この調子だと、二回目のデートでキスぐらいなら行けそうだな――なんて邪な思いを抱きながら、千春は明日のデートを楽しみに一日を過ごした。
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