ソフィア2






 一学期が始まり、一般的な学校であればクラスメイトたちが探り探りでなんとかグループを作り始める時期。


 千春も誰かしら友達が出来ればいいなぁ~くらいに構えていたが、クラスでは最初から内部生同士でグループが完成していた。


 千春はいわゆる外部生であり、どうにもクラスメイトたちからは距離を置かれているような雰囲気を感じ取っていた。


 レナ高は金持ちの子息子女が人脈作りのために通わされる私立学校のイメージが強く、一般的な中高一貫校よりも内部生と外部生の壁が厚いという噂があった。

 なんとなくその噂が、真実のように感じられる。


 加えて、千春の趣味は無課金でも遊べるパズルゲームと、動画鑑賞、たまに読書、外に出て身体を動かすくらいしかなく、中々同世代とは話が合わない。


 加えて加えて、新学期が始まってから速攻でアルバイトを始めたので部活仲間もいなかった。


 学校が始まってすぐの頃は社交的な女子が話しかけてくれたりもしたが、男子はさっぱりだ。

 千春の方から話しかけに行っても、やはり反応が薄い。


 つまり、ぼっちだった。

 ついでに隣の外国人もぼっちだった。


 スマートフォンから視線を外し、いつも理想的な姿勢で葦原語の勉学に励むソフィアの横顔を見つめる。


 ソフィアも新学期の初日はたくさんの人に囲まれていた。そう、”初日”は。


 片言でも日常会話ができるぐらいなら間違いなくクラスの人気者になれただろうが、彼女は日常会話すらまともにできない。クラスの皆も千春と同様お手上げだった。


 レナ高の内部生は中学部三年次に第二外国語が選択必修科目で、その中にはルテニア語もあった。このクラスにもルテニア語を履修していた生徒も少しくらいはいそうなものだが、やはりネイティブとの会話は無理があったのかもしれない。


 ソフィアには愛想が欠けており、積極的にコミュニケーションを取ろうという意欲も見えないので、親切で優しそうな女の子も早々に切り上げて撤退してしまった。


 誰にも頼ろうとせず、関わろうとせず、口を閉ざして黙々と葦原語を学び続ける彼女は、ある種孤高の存在のようにも思えた。


 千春だったら、周囲がルテニア語で話す外国人しかいない教室に送られたら一生口を閉ざしてパズルゲームだけをして過ごす自信があるし、多分二日目から学校に行ってない。


 ソフィアは不登校にならず、毎日真面目に学校に通い続けている。中々に尊敬できる図太さだった。


 何はともあれ、初日のソフィアの態度を見て千春は思った「こいつ、一週間で孤立しそうだな」って。


 実際は二日で孤立した。


 そのうち自然と、ソフィアはクラスメイトから空気のように扱われることになる。


 教師でさえもどこかソフィアを”いないもの”として扱っているような節があった。


 流石にこれを虐めとは言えないような気がする。


 ソフィアからコミュニケーションを取りたいという意思を感じられず、クラスメイトも言葉の壁が厚過ぎてどうしようもできないのだから。

 

 むしろ、真に虐めているのは葦原人が蔓延る学校に葦原語が話せない娘を入学させたソフィアの親なのではないだろうか。

 精神的ドメスティックバイオレンスと言われても否定できないと思う。


 ソフィアからは一切身の上の話を聞けていないので、レナ高への入学は本人の意思の可能性もあるが。学校での態度を見るになんとも言えないところである。


 わざわざ学校に来て、全ての授業を無視して必死に語学の勉強をしているのは立派だとは思うが、果たしてどれぐらい持つのか不安であった。

 なんだかんだでソフィアの存在は目の保養になるし、いなくなられるとぼっち仲間が消えてしまう。


 放課後はともかく学校では割と暇だし、パズルゲームもずっとやってれば飽きる。 

 暇潰しに少し遊んでみるかと、千春は思案した。


 学校全体が賑やかになる昼休み。

 千春は机の上に出した弁当も開けずに、スマートフォンを操作していた。


 千春は無料の翻訳アプリをスマートフォンにダウンロードして、高い金を払って機能が強化される有料版にアップグレードする。


 イヤホンを片耳に付けて、軽快なフリック操作で文字を入力していく。

 画面から視線を外してソフィアを見ると、手作りのサンドイッチを口に運んでいる所だった。

 もう一度、画面に視線を戻す。

 パネルを叩いて操作を進めていくと、イヤホンに機械音声が流れる。

 葦原語とはまったく違う発音の仕方。何回かリピートして発音の雰囲気を学びながら、なんとかそれっぽく再現できるようにイメージする。


『あなたの髪はとても綺麗』


 今度は視線だけではなく顔をソフィアの方へ向けて、ニコニコしながら付け焼き刃のルテニア語を放つ。


「!!」


 びっくりしたような表情で、ソフィアが硬直した。

 サンドイッチを口元に持ったまま、上半身をくるりと千春の方へ向ける。

 目をまん丸にして、分かりやすく驚愕の表情を浮かべていたソフィアを見て、千春は悪戯が成功した子供のように笑ってしまう。


『伝わった?』


 予め通じていたかどうかを確認するために覚えておいたルテニア語で続ける。言葉は短く、ソフィアには片言に聞こえるだろうが発音の難易度は低かった。

 千春の問いに、ソフィアは僅かに頷いて応える。どうやら無事に伝わったらしい。


「そっか」


 ソフィアの驚いた顔が見れて満足した千春は、「ばいばい」と手を振って、再びパズルゲームを始める。

 ゲームをしながらも、鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしていたソフィアを思い出しては、千春は吹き出すように笑っていた。


「?、?、?、?……」


 混乱した様子のソフィアはしばらくの間、ゲームに夢中の千春から目を離せず、サンドイッチを食べる手が止まっていた。


 その日から千春は、隣の席からよく視線を感じるようになった。





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