セレナ7
一般的な公立高校と比べて、私立で中高一貫校の
予習復習を怠ったり、授業を真面目に聞かないでいるとあっという間に落ちこぼれてしまう。
家が裕福で、恵まれた環境で育った子供が必ずしも進みの早い授業についていけるわけでも無く、レナ高では毎年必ずそれなりの数の道楽息子と放蕩娘が出現する。
そう言った生徒たちの受け皿になるのが、一年生から進級時に選択することになる普通科と進学科の普通科の方だ。
授業スピードが緩やかになり、難関大学への進学を目的としない普通科は、授業に付いていけなくなった生徒たちの希望だが、残念なことに二年次からしか選べない。
ゆえに、少なくとも一年生の間は勉学に意欲的ではない生徒たちも、ある程度死に物狂いで授業に付いていかなければいけなかった。
麗名高校の補習は長期休みを利用するのでかなりきついし、学校で行われるテストの結果は、全て問答無用で親の元に届けられてしまうから。
親がよっぽどの放任主義出ない限り、レナ高の生徒たちはハイレベルな授業に付いていこうと大なり小なり努力している。
そういう環境だからこそ週に三回ある体育の授業は、多くの生徒に取って良い息抜きになっていた。
身体を動かすのが苦手な生徒にとってはその限りではないが。
体育の授業中、女子はバレー、男子はバスケットボールと、性別ごとに別れて、それぞれ試合を行っていた。
千春は抜群の運動センスで相手チームを躱し、味方にはパスをせず、敵にはボールを奪われることなく一人で突っ込んで一人でシュートを決めていた。
クラスメイトの
雄大が所属するレナ高のバスケ部は並み程度の実力しかないとはいえ、帰宅部の外部生に一方的にしてやられるのは、あまりにも体面が悪すぎた。
「ちはる~!」
隣のバレーコートからは、千春を応援する少女たちの声が響く。
バレーもバスケも一度に全員が試合をすることは出来ないので、男女共に十名前後の生徒たちは出番が来るまで暇を持て余してしまう。
つまり、同じクラスの女子たちが、暇潰しに男子のバスケを応援してくるのである。
有象無象のなんてことはない平均的な女子であれば、男子はまだ平静を保てていた。
しかし、今試合の行く末を見守っているのは、クラスどころか学校内でも選りすぐりの美少女と名高い、ソフィア・エンティア・レヴィアタン、
目を合わせるだけでも精神力が試されるような絶世の美少女たちに見守られて、男子たちは気が散ってまともに試合に集中できないでいた。
仮に集中できていたとしても、千春とまともに戦えるかは疑問だが。
せめて千春だけに良い恰好させないようにと敵も味方も踏ん張るが、努力虚しく千春一人の独擅場になっていた。
素人なだけあってスリーポイントはよく外すが、ゴール付近まで持って行った場合は高い確率でシュートを決める。
加えて、千春のドリブルは鋭く、素早い。
運動部でもない平均的運動センスの生徒たちではとてもじゃないが手が付けられず、サッカー部やバスケ部ですら千春を止めるのに苦労する始末。
関川 雄大だけが、バスケ部としての面子を保とうとなんとか点を取り返して足掻いていた。
雄大のチームは、雄大を含めて五人中三人が運動部所属。対して相手チームはバレー部が一人と後は貧弱な体つきの文化部と帰宅部が三名、そして宮火 千春だ。
チーム全体で見れば雄大たちのチームの方が有利そうに見えるのに、蓋を開けてみれば大差で負けていた。
千春が雄大へのパスをカットし、そのまま凄い勢いで掛けていく。
経験者なのではないかと疑うくらい、淀みのない綺麗な動きでディフェンスを躱し、何度目か分からない二点シュートを決めた。
「ちはる!」
千春がシュートを決めるたび、バレーコートとバスケコートを遮るネットの向こう側で、ソフィアが興奮したように名前を呼んで喜びを表した。
ソフィアの嬉しそうな声を聞いて、敵チームも味方チームも面白くないといった顔をする。
バスケットコートの外側にもう一人、不機嫌そうな表情を隠そうともせずに千春を睨みつけている少女がいた。
千春は試合中、何度もソフィアの方に笑顔で手を振ったり、ピースサインを送ったりしているのに、セレナに対してはそれらが一度もない。
視界には間違いなく入っているのに、セレナの方を見てはくれなかった。
面白くない。
学校にいる間は、面白くないことが多い。
挨拶もそうだ。
初期の席順は五十音順で配置されているため、セレナの席はクラスの入り口側。窓側で一番後ろにある千春の席とは対角の位置にある。
そのせいで、朝の挨拶が出来ないことも多い。
ホームルーム前に偶然廊下で会えば千春は挨拶してくれるが、わざわざセレナの席に来てまで挨拶はしないし、セレナも千春の席まで挨拶をしには行かない。
挨拶はまだいい。
セレナにはもっと強い不満があった。
廊下ですれ違っても、千春が話しかけてこない。
千春の方から話しかけてくるのであれば、少しくらいなら別に会話に応じてあげてもいいと、セレナは女王様気質の上から目線でいるが、千春は全然話しかけてこない。
お手洗いからの帰り道で、前方から千春が歩いて来た時、セレナは彼はきっと話しかけて来ると期待した。
結果、千春は何も言わず通り過ぎた。
放課後だって、本当は千春と一緒にバイト先に行きたいのに、千春は教室でソフィアとだらだら会話してたりして、セレナ一人でバイト先に向かうことも多い。
学校でも話しかけて来ればいいのにと思いつつ、セレナは千春の試合を見守りながら、同性の友人たちと何気ない会話をする。
「今度セレナちゃんのバイト先行ってみたいなぁ……だめ?」
内部生でありながら、外部生のセレナにも分け隔てなく接して、普段から素っ気ない態度のセレナとも親しくしてくれる
「なるべく来ないで欲しいわ……恥ずかしいし……それに、仕事が暇だったとしても話すことは出来ないわよ」
「なんとなく行ってみたいだけなの。ご飯だけさっと食べてすぐ帰るから」
「はぁ……別に良いけど、なるべく忙しい時には来ないで」
「分かった。じゃあ今度、お店の売り上げに貢献しに行くね」
普段と変わらない様子で、セレナは受け答えする。
スナコがスマートフォンに視線を落とした時、セレナは視界の端でソフィアと千春が楽しそうに話している姿を捉えた。
忌々し気に見つめながら、舌打ちしそうになるのを必死に押さえる。
暫くの間、ずっと千春に視線を送っていたけれど、体育が終わる時まで終ぞ目が合うことはなかった。
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