アカリ3






 持ち物が無くなるたびに探しに行くのは大変なので、授業の内容を覚えて家で徹底的に予習復習をすることで対策した。

 お手洗いや移動教室の隙を狙って物が消えることが多いので、持ち物を持たないことで対策するしかない。


 上履きはもう見つからないのから、仕方なく学校のスリッパで過ごす。


 時折聞こえてくる陰口、嘲笑。

 教師に相談しても恐らく役に立たない。

 女子のいじめは陰湿だ。

 物が無くなったのも、犯人の候補はいくらでも浮かび上がるが証拠がなかった。


 アカリ一人ではどうしようもない。


 かと言ってこのまま耐え続けるというのも精神衛生上良くない。


 卒業まで一年と十ヶ月も同じクラスで過ごさなければならないという事実が重く圧し掛かる。

 散弾をぶちまけて楽になりたいという思いが、少しずつ頭をもたげた。


「はぁ……」


 アカリは自分のメンタルは強い方だと言う自負があった。

 散々悪口を言われて、物をどこかに捨てられて、クラスのほとんどが敵で、味方が一人もいない絶望的な状況であっても涙一つ零していないのだから。

 しかし、彼女にも限界はある。


 カチカチと、杖の安全装置をつけたり外したりするのが手癖になっていた。

 いけないと思いつつも、中々治らない。


「鈴鹿さん、ちょっと……」


 ある日の休み時間、アカリは担任の教師から呼び出され、生徒指導室に連れ出される。

 最初は虐めに関する呼び出しかと思ったが、どうにも雰囲気に違和感があった。


 生徒指導室には学年主任の男性教師が先にソファに座っていた。


 担任に促され、アカリはソファに座る。


「どういったご用件でしょうか?」


「単刀直入に言うと、この件が教師の間で問題になっている」


 主任がスマートフォンを取り出し、アカリに向けて差し出した。

 怪訝な顔をしてスマートフォンを受け取ったアカリは、目を開けて画面に表示された情報を確認する。


 脳が情報の伝達を拒否したが、ずっと目が画面を捉え続けていたせいで嫌でも理解してしまう。


『パパ募集中です』


 短い文章と共に添えられた無修正のアカリの画像。

 無表情で愛想が無くて、おまけに目を閉じている。普段から目を閉じているアカリだが、それを知らない人から見れば写りが悪い写真だと思われるだろう。

 顔は間違いなくアカリのものだが、背格好は見覚えのないものだった。

 アカリが持っていないワンピースに加えて、背景も記憶にない場所である。


 当然ながら、本人であるアカリはこれが合成写真であると分かるが、他の人には見分けがつかないぐらいによくできた写真だ。

 アカリの顔と合成された身体の肌の色は同じに見えるし、首と身体の接合部も一体どうなっているのか違和感がない。

 最近のスマートフォンは素人でも精巧な合成写真を作れるらしい。

 アカリは苦虫を嚙み潰したような表情を見せる。


 いくら耳が良くても、シャッター音が鳴らなければ気付けない。

 普段目を閉じているのが仇となった。


 アカリは隠し撮りに気付けなかった。


「これは私がやったものではありません」


「本当か?」


「杖が映っていないでしょう? 私は杖が無ければ五百メートルも歩けません」


「君は足に後遺症があるとのことだが本当にそうなのか?」


 主任は疑惑の眼差しをしていた。

 なんて失礼な態度なのだろうか。

 アカリはぴくりと眉を痙攣させる。


「傍から見たら悪くないように見えるようですが、本当のことです」


 はらわたが煮えくり返るような思いで、アカリは力強く言葉を返す。

 

「この写真は合成です」


 男なんて好きなだけ選べる美貌をもってして、なにゆえ援助交際などしなければならないのか。

 そう反論すれば、お金が目的だったのだろうと追及される。

 家は裕福でお金に困っていないと反論すれば、受験のストレスで非行に走る生徒は多いと言われた。

 彼は生徒の言葉を一切信じることなく、アカリがパパ活募集分をソーシャルネットワークサービスに載せたと決めつけて掛かっている。


 学年主任の教師は、合成写真が真実だと信じて疑っていなかった。

 

 話にならない。


「少しは最新技術の知識を仕入れたらどうでしょうか」


 アカリは立ち上がると、強引に話を打ち切ろうとする。

 言い放った本人が精巧な合成技術に舌を巻いていたのだが、これは秘密の話。


「待て、まだ話は終わっていないぞ」


「終わりました。その写真は私ではありません」


 ぴしゃりと告げて、アカリは生徒指導室を後にする。

 担任も学年主任も、追いかけては来なかった。


「ゴミ共が……っ!」


 歯をぎりぎりと噛みしめて、瞼を閉じたまま眉間に皺を寄せる。


 ガンッ。


 一度、床を傷つけるくらいに強く杖をついて立ち止まる。


 鼓膜を破るだけで済ませず、脳漿をぶちまけてやろうか。


 怒りも治まらぬまま、アカリは無断で早退して家で不貞寝する。


 学校に行くことが億劫だ。


 いっそ不登校になってしまえば気も楽になるだろうが、クソ女どもに屈したような選択肢は死んでも取りたくなかった。


 アカリは自身が、難儀な性格をしていると自覚している。


 だが、この面倒な性格だから今日までやって来れた。






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