アカリ2
アカリ吊るし上げの会に突如現れた男は、涼し気な笑顔を浮かべていた。
「なに、揉め事?」
騒ぎを聞きつけてやって来たのは、学校の有名人である
彼とはクラスが違うものの、流石のアカリも千春のことは知っている。
アカリは目を瞑ると、安全装置を掛けて銃口にキャップを付け直す。
「なに? 宮火くんはお呼びじゃないんだけど」
「俺の姉貴、いじめにめっちゃ厳しいけど大丈夫そう?」
「なにが……私たちがいじめてるように見えるって?」
「姉貴にいじめかどうか判断して欲しい感じ?」
千春はスマートフォンを取り出すと、女子たちがアカリに寄ってたかって詰め寄るシーンを大音量で流し始めた。
途端に女子たちは動揺する。
歯ぎしりをする者、青ざめる者、怒りに肩を震わせる者、泣きそうになる者。様々だった。
千春の一つ上の姉もまた有名人だ。
彼の姉である宮火 千冬は、この中学の生徒会長を務めている。
千春が言うようないじめに厳しいという情報は初耳だが、千冬にいじめを把握されるのは良くないことだ。
生徒会長にいじめを裁く権限はないかもしれないが、宮火財閥にはあるかもしれない。
千冬が教師を権力で動かせば、今アカリを囲っているクラスメイト達の立場は一気に悪くなる。下手したら内申に影響が出る可能性さえあった。
生徒たちはおろか、教師でさえ顔色を伺って過ごすような宮火財閥の力は、一般人からすると恐怖でしかない。
そして、千春は容赦なくその権力を振りかざしていじめっ子たちを牽制したのだ。
結局、その日の私刑は千春の乱入によって解散となった。
否、解散せざるを得なかった。
最後の最後まで、女の子たちは憎しみの籠った瞳でアカリを睨みつけていた。
一体アカリのなにが彼女たちをそこまで憎しみに駆り立てるのか、本人にも分からない。
いじめっ子集団が去っていくのを見届けて、千春は振り返ってアカリへと視線を移す。
「またなんかあったら気軽に相談して、俺は美人の味方だから」
「なんですかそれ」
両の瞼を開いて、紫色の瞳を彼に見せる。
これが、千春との初めての出会いだった。
この時にアカリは、千春の存在を”覚えた”のだと思う。
以降、アカリが千春と廊下ですれ違う時は、目を瞑っていても彼だと分かるようになっていた。
個人の足音を判別できるような能力は兎耳にない。にも関わらず、千春の足音が判別できた。
千春のことは知っていても興味は無かった。
助けられたから好きになった、なんてこともない。
今までたくさんの男の子に助けられてきたが、助けてくれた人を意識したことなど一度も無かった。
だが、廊下ですれ違うたびに、千春の姿を追いかけている自分がいた。
薄っすらと瞼を開けて、紫色の瞳が千春を捉え続ける。
生徒会副会長である千春は、生徒会長である千冬と共に書類を片手にどこかへと向かっていく。
周りに寄って来る男子を有象無象の肉壁としか認識していなかったアカリが、初めて一人の男子を意識し出した瞬間だった。
好意とは程遠い、ただ一人の男子を認識するようになっただけ。
それだけなのに、アカリの小さな変化を敏感に感じ取った男子たちは、なぜか次々とアクションを起こし始めた。
連日告白のオンパレードだった。
断っても断っても、本気で愛を告げる男子、度胸試し感覚で告白してくる男子が押し寄せてくる。
告白を断り続けた結果、アカリの周りには誰も残らなかった。
告白してきた男子の中には「これからも友達としてよろしく」と言って別れた者もいたはずだが、どうやら友人としてやっていくのは無理らしい。
肉壁が無くなり孤立無援となったアカリに牙を向くのは、同じクラスの女子たち。
アカリが美しすぎたゆえに散々プライドをズタズタにされ、陰でずっと悪口を言い続けてなんとか負の感情を発散していたクラスメイトたちは、遂に堂々とアカリを攻撃する機会を得た。
クラスの一軍女子たちはアカリから距離を取ったイケている男子たちに、表向きは愛想よくフレンドリーに接して楽しく談笑する一方で、裏ではアカリへの凄惨ないじめを行った。
筆箱が無くなる。
教科書が無くなる。
ノートも無くなる。
上履きが無くなる。
通りがかりに強めに机を蹴り飛ばされる。
よくもまぁ男子の目を搔い潜ってこんな風に悪行を行えるなと、アカリは感心せざるを得ない。
「あれ~? 鈴鹿さんスリッパなの? 上履きは?」
白々しく話しかけてくるクラスのボス猿女。
反応をすればつけあがるだけだと、アカリは無視を決め込んだ。
その態度が気に入らなかったボス猿は、更にいじめをエスカレートさせていく。
かつてアカリに好きだと告白した男子たちは、薄々彼女への虐めに感づいたはいたものの、止めたりはしない。
とてもじゃないが男子たちが女子たちに逆らえる雰囲気ではなかった。
クラスに蔓延る嫌な空気。
触らぬ神に祟りなし。
積極的にアカリに好意を示していたクラスのカッコいい男子たちも、みんなが目を背けて何事もないかのようにやり過ごす。
中学生なんてそんなものだ。
容易に同調圧力に屈してしまう。
いくらアカリが常軌を逸した美人であっても、クラスを固める重苦しい空気を吹き飛ばせるだけの力を持った男子はいなかった。
学校の備品であるスリッパをパタパタさせて、アカリは遠くの空を眺める。
悲しいというよりも疲れたという方が正しいか。
この世から銃乱射事件が無くならないのもよく理解できる。
虐めが続けばもしかしたら銃乱射事件を起こしそうなくらいに、アカリは苛立っていた。
アカリの杖は単発式だから連射はできないけど、一人だけなら肉塊にできる。
安全装置を外し、先端のカバーを外し、このクラスを牛耳るお山の大将の頭を目掛けて引き金を引く。
それができれば、どれだけ爽やかな気分になるのだろう。
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